ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA

Back to Asia

バスがサンクトペテルスブルグに到着した。午後6時過ぎだった。
ロシアに関しては分からないことだらけだし、何の情報も持っていないので、早い時間に到着するつもりだった。そのために、タリンを朝一番に出発するバスを選んだ。
しかし、当然の如くバスは遅れた。乗客はきちんと時間までに集まる。そしておとなしく座っている。しかし、出発の時も、休憩の後も、予定の時刻になっても運転手はやって来ない。10分ほどして悪びれもせずに運転手がやって来る。
その積み重ねで、バスは少しずつ遅れていく。これがロシアなのか。ふと、商品の少ないスーパーに列をなす人々の姿が思い浮かんだ。この国では、人々は待ち、人々を支配する者が傍若無人に振舞う。それがいまだに慣例として残っているのではないか。

緯度が高く、白夜に近いため、午後6時でもまだまだ明るい。
気温は30℃近くあるだろうか。日差しが強く、雑踏の中を人々が行き交う様子はアジアのバザールを彷彿とさせた。サンクトペテルスブルグはロシアのパリと評される都市であり、欧風建築が多くみられるのは確かだった。しかし、商店から流れる大音量の音楽や空中に舞う砂埃は、まさにアジア的と言えた。
久しぶりに「帰ってきた」という感じがした。気分も落ち着いてきた。

宿を探すために現在地を把握したかった。また、両替も早めに済ませておきたかった。しかし、驚くほど英語が通じない。人々は立ち止まり、親身になって話を聞いてくれるのだが、話し掛けた20人以上の中には英語を理解する人はいなかった。
とは言うものの、しばらくして自分のいるところが「リガ」だということが分かった。リガと言えばラトビアの首都である。初めてそれを聞いたときには、全く理解できなかった。ロシアに入ったはずなのにどうして今更「リガ」が出てくるのか??言葉が通じないなりにいろいろ訪ねてみたが、誰の口からも「リガ」という単語が聞こえた。

僕のいた場所は「リガ駅」だった。それをはっきりと認識した瞬間、どこかで耳にしたことが頭に思い浮かんだ。ロシアでは行き先がそのまま駅名として付けられる。つまり、サンクトペテルスブルグにあってもバルト三国方面に行く列車が発着するこの駅は「リガ駅」であり、モスクワ行きの列車に乗るためには「モスクワ駅」に行くことになる。東京に大阪駅があるようなもので変な感じだ。

自分のいる駅名はわかったものの、地図がなかったのでどこへ行けばよいかがイマイチ分からなかった。宿について聞いてみても要領を得ないので、モスクワ駅方面を目指すことにした。首都に行くための駅の周辺は間違いなく発達しているだろうし、宿も豊富にあると考えたからである。

モスクワ駅に行くのにも苦労した。言葉が通じない。こちらの主張がなかなか理解されない。そして、向こうが言っていることを理解できない…。何の情報もなく、人を頼りにするしかない僕は、それでも根気強く聞き続ける他にはなかった。そんなときロシアの人たちは本当に優しかった。たくさんの助言をもらい(ほとんど意味が分からなかったのだが…)、サンクトペテルスブルグの地図を書いてもらった。
言われるがままにトロリーバスと地下鉄を乗り継ぐと、なんとかモスクワ駅に到着した。そして、さらに道行く人々を頼りにし、無事安宿を発見できた。

しかし、その過程において駅員や警官は僕の行く手を幾度となく阻んだ。人々から得た情報を確認しようと駅員に尋ねると、聞く度に違うことを言われ、混乱した。警官は僕からの質問に答えるどころか、職務質問をして去って行った。旅行者のためにサービスすべき立場にある(と日本人の感覚からは考えられる)者たちは、僕に何ももたらしてくれなかった。彼らは僕の時間を奪い、代わりに不快感を与えて去って行った…。

親切すぎる人々とユニフォームを着た冷酷なオフィサーたち。
両者の態度があまりにかけ離れていたため、ロシアとロシア人に対してどのような感情を持つべきか判断が難しかった。道を歩いていても、切符を買いに行っても、ツーリスト登録に行っても…。どこへ行ってもオフィサーたちに待たされ、不快な思いをさせられる。そして、直後に、他のロシア人から優しい言葉や笑顔をもらう。

オフィサーたちの手続きは長い。執拗な取り調べにより貴重な旅の時間が削られて行く。一方で、優しい人たちとの接触の時間は短い。したがって、印象としてはユニフォームから受けた嫌がらせが心に残りやすいし、ロシア人は最悪だ、との意見を他の旅人聞いたこともある。
しかし、そうした社会の状況の中で人々が見せる優しさがあった。自分たちもユニフォームには苦しめられているはずなのに…。
どんなに短い時間であろうと、いや、短い時間にも関わらず、瞬時に癒しを与えてくれるロシア人の微笑みと懐の広さに、感動した。

◆ツーリスト登録
ロシアを旅するためには、ビザに基づいて宿泊地で「ツーリスト登録」をする必要がある。ホテルやレジストレーション・オフィスなどでスタンプを押してもらうのだが、無駄な手続きにしか見えない。ホテルやオフィサーになんやかんや理由をつけてボられているだけにも思える。
ただし、絶対必要であるという決まりがあるようで、レジストレーションを怠ると、ポリスに捕まり、罰金を取られる。
2週間ロシアにいたが、この仕組みは全く理解できなかった。知っている人がいれば誰か教えてください。 

ロシアの警官

警官やパトカーを見ると緊張する。
後ろからパトカーが来ると何となく自分が交通違反を犯しているのではないかと思ってしまうし、警官から高圧的に話しかけられると自分が犯罪者なのではないかと思わされる。別に悪いことをしているわけではないのに、不思議なものだ。

ロシアではそれに輪をかけて緊張する。
話しかけられたら最後。面倒くさいことになる。彼らは何かといちゃもんをつけ、お金を巻き上げようとする。だから歩いていて警官を見かけると、できるだけ目を合わさないようにする。呼び止められても、聞こえないフリをする。

社会主義時代には警官は人民を取り締まるために存在した。今でも非情なまでに高圧的で、偉そうな顔をして人々を取り締まろうとする。パスポートやビザをチェックして、あらを探して文句をつける。そして、金をせびる。
ビザは全てロシア語で書かれている。理解できない。また、警官もロシア語しか話さないことが多い。理解できない。しかし、パスポートやビザのある部分を指差し、金を出せというようなことを言ってくる。断ると、それならお前はブタ箱行きだ、という感じのことを宣告され、意味の分からない書類を書き始める。焦った旅行者はお金を払ってしまう。

僕も何度か警官に捕まり、時には連行されたものの、運良く、この手の賄賂を払わずに済んだ。しかし、多くの旅行者がロシアの警官に捕まり、やむなく賄賂を払わされている。
イルクーツクで出会った日本人はビザにいちゃもんをつけられ、もめているうちにパトカーで誰もいない空地に連れて行かれた。二人の警官は銃を出して、金を要求した。支払いが済むと急に友好的になり、空地からそのときの目的地まで送ってもらったという。彼がパトカーから降りたとき、ちょうど僕はその場に居合わせた。「高いタクシー代だったよ」と彼は言った。
サンクトペテルスブルグの宿で一緒だったチェコ人4人組も、帰国後に送ってくれたメールの中でロシアの警官について触れていた。宿で僕がロシアの警官について話したときは、彼らは「東洋人は狙われるんだよ」などと言っていたのだが、その後3週間ほど旅行するうちに警官にさんざんいやがらせを受けたという。彼らによるとロシア語を話せると却ってつけこまれるとのことだった。主張は理不尽でも、何をするか分からないので結局賄賂を払わざるを得ないという。

ロシアでは警官に注意。
まずは、目を合わさないこと。そして、出来るだけ話をしないこと。最後に、決して彼らの主張を理解しないこと。
警官とはコミュニケーションを取らないに限る。

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