AnotherWorldCup
2002夏:佐谷恭

一路平安

「歓迎乗座本次列車
祝大家一路平安!」

中国は変わり続けている。中国の列車も同様で、表面上はどんどんよくなっている。シートはきれいだし、電光掲示板にはメッセージも流れる。
しかし、素晴らしい設備を持て余している感は否めない。美しい車両は乗車率が20%にも満たないし、電光掲示板のメッセージはワンパターンだ――列車名と冒頭のメッセージが繰り返し表示されるだけで、有益な情報は全く提供されない――。

列車は遅れていた。時間が経つに連れて停車する頻度がどんどん高くなり、出発から6時間が過ぎた頃、完全に止まった。なぜ動かないのかは誰にも分からない。電光掲示板は乗車を歓迎し、乗客の「一路平安」を祝い続けている。乗務員はラーメンをすすりながら、乗客からの質問に答える。
「どうして動かないかって?知るもんか。私だって帰りたいんだよ」

出発前から何かがおかしかった。前日から続く大雨のためだと思われるが、僕が洛陽駅に着いたとき、僕が乗る予定の「K761次新空調硬座特快」以外のすべての列車が「晩点未定」と表示されていた。出発間際になり、K761次も「晩点未定」となる。定刻通りには出発しないようだ。
「晩点未定」の正確な意味は分からなかった。晩に出発するんだろうと思い、駅員に尋ねてみると、出発時間は決まっておらず「晩上(夜)」以降になる、とのことだった。しばらくしてから来いと言われたので龍門石窟にでも行ってみようとも思ったが、一駅員の発言を信じるべきではないような気がしたので、待合室に留まることにした。
案の定、しばらくするとアナウンスが流れた。K761次が出発するらしい。午後1時半だった。再び電車を逃さずに進めることにはなったが、波瀾を予感させる出来事だった。

車内は殺気立っていた。向かいに座る男はすでに5つ目のカップラーメンを平らげていた。僕が洛陽駅で買った大袋のひまわりの種も底をつきかけていた。何人かは意味もなく車内を行ったり来たりし、乗務員は箒で掃除を始めた。
列車は数メートル毎に停車する。車輪のきしむ音が消えると、人民の叫ぶ声がする。焦っても、大声をだしても、怒りが増すだけなのに。そして車内の雰囲気はますます悪くなる。乗客と列車は、かわりばんこに溜め息をつく。
電光掲示板はそんな乗客のことなど知らない風だ。相変わらず同じメッセージを流しつづけている。「祝大家一路平安!」

到着予定時刻から7時間以上が過ぎたとき、車掌からようやくアナウンスががあった。早口で、不明瞭だったが、明らかに投げやりな調子で、列車から降りるようにと伝えた。理由は説明されない。

みすぼらしいその場所は「臨憧」という駅だった。乗り換えるべき列車はありそうになかったが、乗客のうちの約半数は駅の外へ、残りは違うホームへと向かっていた。
駅員に言われるがままに、一人の女性に従った。数人の乗客とともに大きめの乗用車に導かれた。駅員の指示であったが、一応西安までタダで行けることを確認して車に乗りこんだ。
他の中国人とともにガタガタの舗装路を揺られた。5分ほど進むと運転席から無言で一枚の紙を提示された――「80元/人」。すでに深夜2時をまわっている。悪質な白タクだ。あまりに疲れていて、怒る気力すらなかった。ただただ呆れて、言葉も出なかった。無言で車から降り、駅に向かって歩いた。後ろから、同乗していたおばちゃんがついて来た。

混雑したホームに戻り、列車を待った。一旦駅の外に出た乗客たちもホームに戻ってきたようで、ものすごい混雑ぶりだった。
30分ほどして、オンボロだがタフそうな列車がやって来た。全車両が無座の旧式列車は、すべての乗客を呑みこんだ。復旧の目処が立たない最新車両をわき目に、オンボロ列車は動き始めた。
車内から目のあたりにした状況は凄惨だった。100メートル以上もある鉄橋が落下し、多数の死者が出た。そんな中をオンボロ列車は進み続けた。

止まらない旧式車両ときれいだがもろい最新車両。
それは中国が本来持つ逞しさと現実に起こっている急激で表面的な変化を如実に表していた。人々は言葉だけで「一路平安」を祈られることに苛々を募らせていた。見かけだけの快適さにうんざりしていた。

ようやく列車に乗り込んだ人々は落ち着きを取り戻した。混雑した車内の様子はさながら車外に吹きすさぶ嵐のようであったが、人々の顔には安堵の表情が見られた。それは彼らが自分たちの場所に戻ったからだった。

午前3時、列車は無事に、西安の駅に到着した。

 

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