AnotherWorldCup
2002夏:佐谷恭

西トルキスタンへ

車窓からの眺めはいつまでも飽きない。
砂漠や草原を走る列車は単調で退屈だという人もいるが、僕はその意見には同意しない。景色は雄弁である。
灼熱の砂漠の中に人の影を見ることがあるし、草原の緑は太陽の傾きによってあざやかに色を変える。新宿の明るすぎるネオンはしばしば見逃されるけれど、自然の中で光を受けて微かに瞬く草露は、僕の脳裏にいつまでも残っている。

中国の烏魯木斉からカザフスタンのアルマトィまで、列車では37時間、バスならば24時間以内で行けると聞いた。僕は迷わず列車を選んだ。オンボロのバスは「いかにも旅をしている」という感慨にひたれて悪くないのだが、24時間耐えるのはキビシイ。列車ならば、少々長い時間でもあまり疲れない。足を伸ばして眠れるし、歩き回ることもできるし、ゆっくりと流れる景色を堪能でき
るからだ。
アルマトィまで列車でゆっくりと移動し、休息を取る。なかなかタフだと噂される西トルキスタンの国々の旅に備えるための判断だった。

列車の旅は、快適に始まった。4人部屋のコンパートメントを2人で使うことができたし、同室の中国人も愉快な人だった。新型車両の広めのベッドは寝返りもうてるし、足を伸ばして寝れる。シベリア鉄道のプラツカートニーとは大違いだった。
間もなく僕は深い眠りの中にいた。列車の揺れはまるで揺りかごのようであった。

翌朝、ものすごい物音で目が覚めた。
夜明けとともに目を覚まし、のんびりとまどろんでいた僕を叩き起こしたのは中国の出入国審査官だった。列車は国境へと来ていたのだ。ベッドから無理矢理起こされ、注意事項を言い渡された。
「すべての手続きが終わるまで、このコンパートメントを出てはならない。トイレもダメだ」
早朝の清々しい雰囲気も、列車の旅のワクワク感もこの一言で台無しになった。窓外の広大な大地を横目に、2畳ほどのスペースにしばらくの間留まらなければならない。軟禁状態である。
ストレスを感じ始めた僕に、同室の中国人がさらに追い討ちをかけた。
「中国側とロシア側でそれぞれ3時間、車軌の交換に4時間。あと10時間はトイレにも行けないぞ」
10時間!? 止まったまま、日が暮れてしまうではないか。

列車は止まった。そして時間までも止まっているかのようだった。
同室の中国人と会話をしようにも、共通の言語を持たず会話が続かない。次第にお互いのことがストレスになる。何度も時計を見た。ひどい時には、前に見てから30秒しか経っていない。

荷物検査は他の人と関われるという意味で、少々息抜きにはなった。しかし、検査内容が尋常でない。全ての荷物をひっくり返され、持っている本の内容まで確認された。
中国側ではサッカーボールが問題になった。「もう一つのワールドカップ」について説明したが、全く通じない。友人の結婚式に向けてユーラシア大陸をドリブルで横断するなんてことは、彼らの頭では理解できないようだった。イランで日本人カップルが結婚するということも信じてもらえない。まぁ仕方ないか。危うく大事なボールをナイフで開けられそうになるのを制止して、検査は終わった。
カザフ側ではさらにひどい扱いを受けた。荷物チェックはもちろんのこと、コンパートメント内のエアコンやランプの蓋をドライバーを使って開けていた。
密輸入が多いのだろう。それにしてもやり過ぎだ。僕1人のために3人の検査官が調べている。
「お前は荷物が少なすぎるからアヤシイ・・・」
放っといてくれ!

20分に及ぶ荷物チェックが終わろうとしていた、その時。

机の上に置いてあったピーナツがターゲットにされた。
「これは何だ!」 ―― 「ピーナッツだよ!」
「一応、確認する」―― 「 ? ? ? 」
3人掛かりでピーナッツを調べ始めた。殻をめくり、中身を確認する。1つ食べ、2つ食べ・・・。
このままではマズイと思った僕は、ピーナッツの検査に協力することにした。それを見て、同室の中国人も加わった。気のいい彼は自分の荷物から缶ビールを取り出して振舞ってくれた。その後の展開はご想像にお任せする。

列車は再びアルマトィに向かって動き始めた。この先、ますます楽しいことが起こりそうな予感がした。


◆西トルキスタン
旧ソ連の5ヶ国(カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン)の総称です。
◆車軌
レールの幅が国によって異なるので、国境付近で交換をする場合があります。
中国−モンゴル国境では乗客を全員降ろして作業するため、待っている間近くの町で食事や買い物をすることができます。中国−カザフスタン国境では乗客を載せたまま車軌の交換をしていました。したがって、軟禁状態は続いたわけです・・・。
◆結局、10時間の間に無理を言ってトイレには行かせてもらいました。が、監視が2人もついて落ちつきませんでした・・・。

 

トップページへ次へ