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ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)
<<Diary>>
ブラッドフォードに引っ越してからの様子をお伝えします(9月)。
2003年9月29日
第二週目が始まる。Security & Post-Conflict Reconstructionの授業にいく。Dr.グリーンは興奮すると早口になるという通り、授業が進むに連れてついていけなくなる・・・。話がいろいろな方面に飛ぶと言うのもあり、聞き取れないというより聞き取れた分も理解が追いつかないと言う感じ。この授業を受けている学生の方も、経験豊富な人がたくさんいた。コソボ・イラク・タジキスタン・ソマリア・エチオピア・アフガニスタンなどなど、いろいろな地域で戦後復興に携わってきた人たちが授業を受けている。「WW2後、最も戦後復興に成功した国」から来た僕も頑張らなくては・・・。日本はその自らの経験と国力からこの分野では最も活躍できるはずの国であるし。
昼食にケバブを食べて、午後からは真剣に勉強した。明日火曜日はセミナーと講義が3つずつある。毎週月曜日の午後から(週末からか?)は気が抜けない。ObligatoryReadingの分は何とか理解したつもり。しかし、セミナーでディスカッションできるほど理解できたかどうかは疑問・・・?明日は初めてのセミナー。内容のみならずそのやり方もよく学んでこなくては。
2003年9月28日
3連休最終日。今日こそはちゃんと勉強をしようと思い、朝7時過ぎからJohanGaltungの"CulturalViolence"についての論文を読み始める。ゆっくりと丁寧に読んだのだが、最後の方がよく理解できない。火曜日のセミナーまでに理解しないと。その後、先日Regional
Security in East Asiaの授業で気づいた自分の無知さを補おうと、第二次大戦直後の台湾での大虐殺事件と日本の領土問題(尖閣諸島・竹島)などについて少し勉強した。
昼から図書館に行くと、PeaceStudiesの友人に何人か会う。けっこうみんな勉強しに来てるんだな。Leeds在住のパートタイム学生であるスティーブとも久しぶりに会った。静かな図書館でけっこう長いこと話をした。昨日の散髪のことを話すと、£2.5という値段にはめちゃくちゃ驚いていた。やはりイギリスでも安いほうみたいだ。また、"ナンバー"について聞いてみると、昨日の推測の通り、バリカンにつけるアダプターによって番号が変わってくるということが分かった。"1"が最も短く、普通"5"ぐらいまであるという。"5"というのは彼によると1.5cmぐらい(彼が指で作った幅による)で、それ以上長くしてほしいときはバリカンを使わないということらしい。うーむ、何とか謎が解けたぞ。
夕方、日本にいる彼女とチャットをする。僕の両親に地元秦野市の名物である「たばこ祭り」に連れて行ってもらったというのでその話しを聞いた。なんでも花火がすごかったらしく、話を聞いてみると、来年ぐらい久しぶりに(15年ぐらい行ってない?)行ってみようかという気になった。エレクトリカルパレードみたいのもあって、なぜか阪神の優勝を祝していたらしい。
夜、隣の部屋にいるundergraduateの騒がしいイギリス人の女の子がノックしてきた。彼女の英語はロンドンの超若者英語で、いつも10%ぐらいしか理解できない。きっと日本で言うと渋谷のコギャルみたいな感じなんだろう。今日も一方的にまくしたてられて全然意味が分からなかったが、エドなる人物を紹介されて、しかも部屋を交換するというようなことを言っていた気がするので、彼女が別の部屋に移動して、エドが隣に引っ越してくるのだろう。だとすれば、ラッキー。僕の聞き取り+推測が間違っていないといいな。
2003年9月27日
散髪に行く。家の近所に「Gents
£2.5(約500円)」と書かれたbarberがあったのでそこに行くことにした。5〜6人待っていたが、順番はすぐに回ってきた。ものすごいスピードで髪の毛を切っているのだ。
椅子に座ったが、言葉が見つからなかった。散髪屋で使う英語表現なんて何もしらない。今までにベトナム・タイ・インド・イランなどで散髪をしてもらったことはあるが、いつもお任せにしていた。しかし、今は留学中であり、めちゃくちゃな髪型にはなりたくなかったのできちんと説明しようとしたが、思わず絶句してしまった。パキスタン訛りの英語で「どうすんだ?」と聞かれたので、「この辺は長く、この辺は短く・・・」などひとつずつ言うことにした。しかし、散髪屋からの次の言葉にまた言葉がつまる。
「短くするって、何番だ?(Which number do you want?)」え・・・?番号?何の?と考えているうちにせっかちなその男はバリカンで僕の耳の上あたりを刈り上げた。そして言う。「こんなもんかい?」
番号というのはバリカンにつけられているみたいだ。つまり、番号で長さを表現するようなのだ(推測)。そんなの知るかよ・・・。その後も「Neck
Spuare?(と聞こえた・・・)」とかわけのわからないことをたくさん言われたが、聞き返しても全然意味不明なのでひたすさ「Yes」を繰り返した。髪の毛はバサバサと切られ、10分も経たないうちに全ては終わった。
アパートに戻り確認するともみあげと襟足がそろっていなかったので自分でやり直した。腕は悪くないように思う。10分/1000円の日本の床屋よりは出来がよかったように思う。
2003年9月26日
金曜日に授業がないのはいい。週末は3連休なのでこの間にじっくり勉強ができる。・・・と思ったのだが、やっぱり何にもしなかった。
同じ平和学のMAにいるミツくんを訪れるため、AllSaintsHallに行った。少し高いだけあってKirkstoneHallとは違って広々としていた。机もなかなか大きくて使い勝手がよさそうだ。しかし、この寮もやっぱりインターネットをするためにはダイアルアップしなくてはならない。少し使わせてもらったが、やっぱりものすぐぉぉ〜く遅かった。
ミツは昨年も9ヶ月イギリスにいたとかで、生活に何が必要かをよく知っており、夏に一時帰国した際に日本食をたくさん持って来たという。親子丼の素というのがあったので、ご飯を炊き、親子丼を作った。味噌汁もかなり久しぶりに飲んだ。う、うまい・・・。
2003年9月25日
第一週が終わった。PeaceStudiesでは金曜日には授業がないため、木曜日が一応週の終わりということになる。授業の準備にも慣れず、実際の講義にも慣れず、なんとなく過ぎてしまったような一週間だった。あっという間に過ぎた感じ。
夜、学生事務局企画の食事会があるというので大学の近くのフェアトレードカフェへ。「予想よりたくさんの人数が来たから・・・」という理由でほとんど食べるものがなかった・・・。飲み物は持参。
その後、大学から町の中心方面に向かったところにあるLoveAppleというパブに行った。先週のレジストレーションの後にも来た所だ。どうやらPeaceStudiesの溜まり場のようになっているところらしい。入場料(たぶん午後10時以降)を取られるのと午後11時以降値段が上がるのだが、これはこの辺りで共通してるのだろうか?
みんなで遅くまでしゃべったり、飲んだり、踊ったりして楽しんだ。
2003年9月24日
昨日から授業が始まった。突然山のようなReadingListを渡され、パニック寸前!
一応、参考文献を少し読んで準備して授業に向かったのだが、急に英語が聞こえるようになるわけでもなく、断片的にしか理解できない。完全に予習しないとマズイな、これは。少しずつ慣れるのだろうけど、英語力が足りていない分を努力で補わなければ・・・。おぉ、日本での大学生活とは全く違うね・・・。
まだ少しの授業を受けただけだし、理解している割合は少ないが、各授業で基本となる事項を理論的にレクチャーされる。理論的なことを学んだ経験がほとんどないので(というか、ちゃんと勉強したことないのか?)、授業内容が新鮮で興味深い。今まで国際情勢にしろ何にしろニュース等で具体的なことを知識にすることはあっても、体系的に整理したことがあまりない。授業で聞いたような内容をしっかりマスターできれば、断片的な知識を知恵に変えることができるだろう。不安半分、期待半分!
2003年9月22日
朝から銀行口座開設の準備、NHS(健康保険)への加入、インフルエンザの予防接種に奔走した。インフルエンザの注射はあっというまに刺されて驚いた。「腕まくって」から針を抜くまでの時間、約0.5秒。血管とか関係ないの?接種前の消毒もないし、うった後に抑えたりもしない。
昼から図書館の利用について説明を受け、3時からTutorに初対面した。PaulRogers教授が僕のTutorだった。ウェブサイトでイラク問題についてのストリーミング放送を聴いたとき、この先生が話をしていた。その他、テレビや雑誌等にも出る有名な人らしい。ありがたいことだ。
明日から授業ということで、Indicative Reading Listsの中から4冊の本を借りて見た。全然、読み進まない!Zzz...
2003年9月21日
リーズに買い物に行った。ショッピングモールが至るところにあり、買い物好きにはたまらないところかもしれない。チャイナタウンがあると聞いていたが・・・。一応あるにはあったがかなり規模の小さいものだった。チャイナタウンというより単なるチャイナショップ。しかし、お目当ての商品(麺類・豆板醤・オイスターソース)などは買うことができた。これで食生活が格段に充実する!
早く買い物をしすぎて、荷物が両手いっぱいになった。少しは観光をしようと思ったが、荷物が多すぎるのとリーズについて調べてこなかったのとで、行くべき場所がわからなかったので観光はやめた。まぁ近いからいつでも来れるだろう。
昼ごはんを食べようとして難儀した。ランチの表示のある店に入っても「厨房が壊れた」とか言うし、15種類のメニューを£3でという店に入ると、「サンドイッチしかない」といわれる始末。ようやく数件目で落ち着くことができた。と思ったのも束の間、半分ぐらい食べ終わった頃「俺のミスで注文を間違えて出してしまったから、差額を払って欲しい」というわけの分からない主張をされる。食事の中断を余儀なくされ、口論になる。相変わらずイギリス人の英語は早口で分からないが、こっちとしては「何を言ってるんだ、俺のミスじゃないから払わない」という以外言うべきセリフはない。「払うか帰るかどっちかにしてくれ」などと言われたときには本当に腹が立ったが、顧客を大切にしない国ゆえのことだとぐっと我慢した。結局店長がどうのと口ばっかりで店長は出てこなかったが、やがて「悪かった、全部食べていい」ということになった。全く・・・。まぁフィッシュアンドチップスの料金でローストビーフを食べられたのだからよしとしよう。
ブラッドフォードに戻り、図書館の利用者登録をした。早々と勉強に着手しようと図書館で本を検索してみたが、日曜日は6時に閉まるということで、借りる前に追い出された。せっかくやる気になったのに!!
その後、InternationalDevelopmentを専攻予定のアキコさんとマサとKirkstoneHallで話をし、その後僕のアパートに招待して昨日作ったカレーをふるまった。薄味だし、食材も限られていたので、「最高のカレー」とは程遠いが、二人ともおいしく食べてくれた。遅くまで三人で話した。いろいろ授業に対して不安はあるけれど、ガンバロウじゃないか!!
2003年9月20日
2時過ぎに火災報知器が鳴った。「またか」と思い、Tシャツにサンダルで外に出ると・・・。
外は大騒ぎだった。本当に燃えていた。パソコンとか貴重品を取りに帰ろうかと思ったが、できるわけもない。外から見ると自分のフラットの台所から火が出ているのかと思った。が、そうではなく、一つ上の階の台所だった。本当にボヤが起きるなんて・・・。にわかには信じがたかったが、これからは火災報知器の警報を真剣に受け止めなくてはならない。ますますストレスたまりそうだな。
結局消防のチェックと排煙が終了するまで2時間以上中には入れなかった。すぐに終わると思って薄着で外に出ていたのでとても寒かった・・・。次からはしっかりと準備してから避難しなきゃな。
2003年9月19日
おっと、昨日と一昨日は書き損なった。一昨日は朝からまたもや新居でも火災報知器がなった・・・。なんなんだ一体。ブラッドフォードに一年以上住んでいる人に聞くと、アパートは初めの年に出て、家をシェアしている人が多かった。理由は知っている仲間だと寛げるということと、火災報知器で起こされたくないこととか・・・。そんな頻繁なんかい!鍋や包丁など、生活必需品を買い揃えた。自分でご飯炊いたら、めちゃくちゃうまかった!
今日は大学院へのレジストレーションの日。朝9:30からAshfieldBuildingに集まる。ものすごいいろいろな地域から学生が集まっている。年齢もさまざまだ。最初にしゃべった人は初め教授かなんかかと思ったぐらい。それぞれのバックグラウンドも面白く、今後一年すごく期待できそうだ。
午前にコースでの登録を済ませ、午後から大学への登録に行ったのだが・・・。極めて非効率的なシステムで2時間以上も並ばされた。もう少し何とかできない?
3時から簡単な懇親会をし、夜は1時過ぎまでみんなでPub巡りをした。楽しい一年の始まりだ!
2003年9月16日
AccommodationOfficeに行く。噂に違わず、不親切だった。
寮の条件がよくないという話をすると、「あなたは一年間契約したのだからそれを解除することはできません」と言われた。学生が抱えている問題など知らぬ存ぜぬという感じの対応だった。あまりに腹が立ったので、あることないこと適当にまくしあげて、勉強するためにわざわざこんなFarWestまで来たのに、勉強する環境を整えてくれないというのはどういうことだ、と詰め寄った。
しつこく話を続けていると、対応が「私にはどうすることもできない」から「あなたにはオプションがある」というものに変わった。契約は破棄できないが、大学が紹介するaccommodationになら変更してもよいとのことだった。昨日見たプライベートアコモデーションは確かによかったが、それに準じるところならよしとしよう。とにかく、ネットが使えることが第一条件だ。
不親切なマネージャーに言われるがままに、紹介された物件を見に行った。大学から坂を下りてセンターに向かう途中のところにそれはあった。立地条件としては悪くない場所だった。部屋もそれなりに広く、ベッドも大きい。そして希望通りとはいかないけれども、ADSLが2Mbpsとのことだった。値段は£66+光熱費£4=£70。一年分一括で払うと5%引きなので、大学所有のアコモデーション(の高い方と)変わらない値段だ。他にあてもなかったので、そこに住むことに決めた。住居を即決するのは僕のいつものやり方である。「住めば都」なのだから、ネットさえ使えればいい。
それにしても、ここの大学の職員の対応はなんとも理解しがたいことが多い。自分の職責以上の仕事をしたくないという気持ちは理解できなくもないが、彼らの仕事は「学生のため」にはデザインされていない。留学生を多く受け入れているとか、インターナショナルな雰囲気があると謳うのは勝手だが、職員が大学が目指すものに対応できるように教育されてほしい。
夕方、寮生が集まって消防職員から火災の際の対応についての話を聞くため、DennisVallemyHallへ行った。FreeMealがつくというのが本当は大きな目的だが。相変わらずまずくて少ないイギリスの食事を文句を言いながら食べた。その後、一緒に食事をした数人とサッカー観戦のために大学ユニオンのパブへ。ここも高くはないのだが、値段は決して安いわけではない。ま、パブまで安くする必要はないか・・・。
今日は一日忙しかった。休む暇もなかった感じ。まだ10時半なのにすごい眠い・・・。寝よう。・・・隣の部屋、うるさいかも。夜なのに音楽でかいし、ドアの開け閉めもっと静かにできないかねぇ。
阪神が優勝したらしい。やった!それにしても阪神ファンの勢いはすごいな・・・。
2003年9月15日
留学生用のオリエンテーションがあった。向かいの部屋に住んでいるインド人のグルーと待ち合わせをし、同じ寮に住むイタリア人とガーナ人の女の子らとともに会場であるRichmondBuildingに向かった。このオリエンテーションはマスターだけでなく学部生も含まれているということでものすごい人数だった。モヒカンの学生もいた。いろいろ個性あるのはいいことだとおもうけど、モヒカンはどうなんだろう。
オリエンテーションにはこれからの生活に必要な事項の説明を期待していたのだが、学生ユニオンのメンバー紹介と歓迎の挨拶、そして治安の悪さの説明だけで終わってしまった。このあたりは現金と携帯の強奪事件が絶えないらしい。3割以上の学生が被害に遭うとか・・・。危ないところだなぁ!
昼になるとランチが支給されるとことに移動し、混乱の中、健康保険(NHS)や電話・ネット事情について聞くことができた。ちなみにランチの内容はツナマヨサンド(おいしくない)、ポテチ(まずい)、クッキーのできそこない(甘すぎる)という、期待を裏切らないひどいものだった。何人かの学生と自己紹介をしあうことができた。また、けっこう日本人がいることが判明した――平和学は毎年10名程度、開発学も5〜6名いるようだ。予想していた人数の2倍ぐらいだなぁ。平和を志す日本人が多いのかな?
その後、開発学を専攻するというアキコさんに導かれて電話とネットの申し込みに行った。512kbps(下りは128kbps)のEthernetが£80/年で使えるようなことが書いてあったので、100Mbpsを使っていた僕としては不本意ながらも、この一年は我慢しようと決意した。が、この決意はすぐに破られた。詳細を問い合わせに行くと「KirkstoneHallにはこの設備はないから、ダイアルアップを利用しなさい」。え〜!!冗談でしょう?この時代にまだ56kbpsでネットしなきゃならないの?失望のあまりその場を去ってしまった。数千人が学校の寮に住んでいると言うのに3〜400回線しかないという現状も知った。
寮の部屋に戻り、これからのひどい一年のことを考えた。このままでは日本とネット電話するどころか、チャットすらも危うい状況。考えているうちに眠ってしまい、あっと言う間に夕方になる。この状況はなんとかしなければならない!
お腹が減ったのでスーパーに買い物に行くことにした。初めは学校の裏にある一番近い(と思われる)スーパーに行こうと思ったが、玄関でフラットメートのグルーに会い、「スーパーならMorrisonsがいいぞ」と言われたので行ってみることにした。Morrisonsは学校から中心部に近いほうにあるので予定していたのと逆方向にあるのだが、行き先を変えてみて正解だった。
Morrisonsがかなり大きなスーパーで結構な品揃えであったのもよかったことの一つだが、その道中でムネヒロ君という平和学部でConflict
Resolutionを専攻する予定の日本人と会ったことが何よりもラッキーだった。彼はプレセッショナルに参加していたため、すでに1.5ヶ月ブラッドフォードに滞在している。周辺についてもけっこう知っているようだった。電話とネット事情の悪さについて話すと、彼は大学のアコモデーション係の対応と寮の内容の悪さに辟易して、プライベートアコモデーションに住んでいると教えてくれた。大学の寮とそれほど変わらない金額で、部屋は広いし、ADSL10Mbpsがひけるという。魅力的な話だったので彼に部屋を案内してもらった。エクセレントだった!
ネット環境は絶対に欠かせない。連絡用はもちろんとして、調べものをするにも不可欠である。10年ぐらい前の学生スタイルに戻らざるを得ないのではないかと半ば諦めかけたが、明朝一番に行って、そこの部屋を当たってみようと思う。寮のコントラクトにサインしてしまったので何か言われるかも知れないが、きちんとした住環境をそろえることが生活の第一歩なので、とにかく闘おう。明日はすることがないなぁと思っていたが、これですべきことができた!
2003年9月14日
ついにブラッドフォードに行く日が来た。
駅まで見送ってくれるというフラットメートのPinと一緒に10時過ぎに出発した。今日もよく晴れている。
北へ向かう列車の発着駅であるKing'sCrossSt.Pancras駅へはQMULの最寄り駅のMileEndからTubeのHammersmith&City線が直通で結んでいる。・・・はずなのだが、待っていても一向に来る気配がない。15分ほど待った後、アナウンスがあった。「今日はエンジニアリングトラブルのため、Hammersimith&City線は運行しません」。またか・・・。仕方がないのでCentralLineとNorthernLineを乗り継いで行くことにした。King'sCross駅に着くとPinが興奮し始めた。「ここはハリーポッターの駅だよね」と。そういえばそうだったかな?
YoungPerson'sRailwayCardというのを申し込んだため(£18/年)、£62.9のチケットを£41.5で買うことができた。それでもまだまだかなり高い。Pinとイギリスの物価の高さに改めて驚いた。(列車に乗った後、同席したドイツ人ビジネスマンに聞いたところLondon-Leeds往復で£37だった。僕の片道より安いじゃないか・・・。7日前までに申し込めばいいとか言っていたが、どうなんだろう?よく調べなきゃ・・・。なんかすごく損した・・・)
列車はゆれも少なく、かなり快適に走ったが、シートがもう少し柔らかければいいなと思った。乗るとすぐに眠りに誘われ、ほとんどの時間を寝て過ごした。乗換駅のLeedsが終着駅でよかった。列車の遅れはたったの10分だった。「まともに運行してない」というような話を英語コースの先生から聞いていたので、却って拍子抜けした。
Leeds駅でBradfordInterchangeへ向かう列車に乗り換えると、その列車のあまりのひどさに驚いた。シートはものすごく汚れていた。床にはごみが散乱していた。列車は電化されておらず、ディーゼル車だった。客層もかなり変わった。黒人の車掌の英語は訛りが強く、何を言っているか分からなかった。検札の際にもめている人が多かった。出発から5分ほどで列車は動かなくなった。しばらく待ったが、「この先運行不可能」というようなアナウンスが流れ、結局Leedsに戻ることになった。
駅でブラッドフォード行きの列車について聞いてみると、BradfordForsterSquare線というのがあるのでそれに乗れと言われた。こちらは電化されたきれいな列車だった。20分ほどでBradfordForsterSquare駅に着いた。周りはなにもない田舎だった。同じ列車に乗っていた中国人カップルに話かけると、「ブラッドフォードは何もかも安い。物価はロンドンの半分だ」という話をしていた。これが本当ならいいな。
右も左も分からないので、タクシーで大学に向かうことにした。あまり遠くなかったのだが、£3.7かかった。初乗りは£1.5ぐらいだったが、メーターの上がり方が早かった。100メートルで10ペンスぐらい?タクシーの無線を聞いていると会話は全てインド英語で行われていた。ここはやっぱりインドなのかな、などと思いながら、チップについて考えていた。どうしよう。渡してみようかな。£5出して、おつりをもらうときに£1だけ受け取ろうか。うーーん。いろいろ考えたのだが、おつりは速やかに僕の手の中に渡され、チップを渡すタイミングが分からなかった。チップを欲しそうなそぶりも全くなく、あっと言う間に去って行った。タクシーはいらないのかなぁ?
16時半頃、DennisBellamyHallのレセプションに着いた。新入生がたくさん到着しており、かなり混雑していた。6月に大学から受け取ったレターにはInternationalPostgraduateStudentだと言えば"the
Duty Porter will immediately provide you with a temporary room
for you to rest, and arrange an appointment for you to see a member
of accommodation staff to discuss your individual accommodation requirements."そして"viewing
will be arranged."だと書かれていたが、やっぱり全くの大嘘だった。レセプションに話しかけると、「我々はundergraduateの世話で忙しいから、その辺の椅子で待ってなさい」と言われた。「そのうち世話係が来る」というのだ。40分ほど待たされた後、ようやく「世話係」が来た。寮についての希望条件を聞かれた後(聞かれた条件は5月に提出した書類に書いたことと全く同じ内容だった!)、書類にサインさせられた。「部屋は見れるのか」という質問に対する答えは「No」だった。こんなんだったらここに来る前に部屋を決めておいてくれればいいのに。日本から何度も「部屋は見なくてもいい。荷物を送りたいので住所を教えて欲しい」という内容のメールを送ったのに、全て無視されていた。部屋を見て納得してから寮を決めるという良心的なシステムなんだなと好意的に解釈していたのだけど、やっぱりそうじゃなかったみたいだ。
その後、鍵をBradfordHallに取りに行けと指示されたが、新入生ウェルカムキャンペーンのTシャツを着た学生に尋ねると「私の仕事は5時までです」と言われるし、地図を見て辿り着いてみると「鍵はないので30分待つように」言われるしで、疲労は蓄積する一方だった。19時前にようやくKirkstoneHall
Rm.H7に荷物を入れ、落ち着くことができた。これから一年間ここに住むのかぁ。
夕食は近くのRoyalBaltiという店でカレーを食べることにした。店を選ぶ際に周辺をうろうろしたのだが、この町が人口45万人もいるとはとても信じられなかった。少し歩いた限りでは小さな田舎町としか思えない。キーマカレーとガーリックナンで£5.3。全然安くないぞ!!味はイギリス料理に比べれば全然いいが、インド料理の店としてはかなり劣ると思う。その店でしばらくインドのMTVを見て、(おそらく)ブラッドフォードらしい夜を過ごした。おあいそした後、机の上にチップとして20ペンス置いてみた。10%が相場というので額としては少ないが、別にサービスがよかったわけじゃないし、いいだろう。席を立ち、店を出ようとすると後ろからものすごい大きな声が飛んできた。「Thank
you very much!!!」これはチップに対するお礼だったのだろうか。チップに関しては、これからも悩むだろうなぁ。ご飯を食べて部屋に戻ると、購入した布団セットを開ける前に、すぐに眠りに落ちた。
(到着してから3回ほど、銃声のようなものが連続して聞こえたのだが、一体なんなのだろう。銃声だとするとものすごい銃撃戦が頻繁に起こっていることになるが、まさかねぇ。8年前にカンボジアで時々銃声を聞き、ひどく恐怖を感じたことを思い出したが、同じような音を初日にして100発分以上聞いた。パトカーもけっこう多いし、けっこう物騒なのかな?)
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