ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

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ブラッドフォードでの生活にも慣れてきました(10月)。


2003年10月31日

日記をサボりすぎたな。しかし、これと言って特別なことはなかった。ひたすら初のエッセイを書き続けていた。
英文エッセイは思ったより難しかった。プレセッショナルで1300語ぐらいのエッセイを一本書いてそれなりの評価を受けていたので「なんとかなるだろう」とずっと思っていたのだが、これが難しい。苦しみぬいた一週間だった。パソコンに向かって、文献を周りにおいて、適当にページを開き、思いつきでパソコンに打ち込む・・・。書きたいと思った内容があると思って書き始めたのだが、中途半端な理解だったと言うのもあって、それを英語で表現するのがなんと困難だったことか。しかも、たくさんの(約15の文献を参照した)資料のどこに何が書かれているか把握できておらず、書いている間ずっと途方に暮れていた。もっときちんと読む必要性を感じながらも、語数を埋める必要性ばかりに気を取られて、文献をきちんと読み直すことができなかった。情けない話だが、一応完成させて提出したものははっきり言って今までの人生の中で最もひどい文章だった。しかし、いまある知識や方法論を駆使してできたものがそれであった。今回は戦略なしでひたすら前進を試みたという感じだった。4000語というのは闇雲に走って到達できるレベルではない。それが痛いほどよくわかった。
英文でエッセイをきちんと書けるようになることも留学の目標の一つだが、その第一歩としては大事なプロセスだったと思う。無理に英語をひねり出して、提出の前日に4168語のエッセイを書き上げた。A4ダブルスペースで表紙と参考文献のリスト(Endnote/Bibliography)を含めて27枚!内容はともかく、よく書いたものだ(自画自賛)。ホッチキスで留めると内容なんてどうでもよかった。とにかく一つ目のエッセイを提出すると心が晴々とした。2週間後に下される評価なんてどうでもいい。そんなものは大きな問題じゃないんだ。提出したことと英文と格闘することで得られたヒントを今後に生かせればいい。「再提出」を命じられたら、こなすべきエッセイが一つ増えるだけのこと。
午後、ずいぶんと散らかった部屋の掃除をしながらふと高校に入学したばかりのことを思い出した。もう13年半も前の話だ。数学の試験で0点を取り、再テストでも5点しか取れなかった(いずれも100点満点)。当然クラスでは最下位だったし、再テストは同じ問題を課されたのに解けず、クラスメートとの差はさらに開いた。しかし、そのときは真剣にやっても全く理解できなかった。何をどうすればいいか見当もつかなかった。担当の先生は二学年上に在籍するヨクデキル兄と比較し、僕を必要以上に悔しがらせた。悔しかったけれども、その試験を受けているときはただひたすら途方に暮れていたのは確かだった。何をどうすればいいか検討もつかなかった。課された問題を前にしてなにもできない無力感。今回のエッセイを書いているとき、そのときと同じような感覚があった。
と、この話を思い出したのはおそらくその「無力感」のためではない。高校のとき、僕は途中から数学がとても得意になった。得意どころか、どんな問題でも解ける気がしていたぐらいだ(高校レベルですが・・・)。悔しさも手伝って、僕は数学の授業は真面目に聞いた。その先生から目を離さなかった。その甲斐があったのだと思う。今思えば、悔しさをバネにした体験と言えるだろう。エッセイに関しても、きっとこの苦しみが生きるのだろう。そしてめっちゃ得意になるのだろう!いやぁ、我ながら楽観的だなぁ。ははは。次のエッセイが楽しみだ。
夜はPeaceStudiesで一緒のアイルランド人ドナの家でハローウィンパーティがあった。50人ぐらい参加してて、盛り上がった。部屋中水浸しだし、棚とか壊れるし、大変だったけど、みんなエッセイの終わりを祝して楽しんだ!久しぶりに携帯電話を携帯したら置き忘れてきた。もう携帯したくない・・・。

 

2003年10月26日

日本から送ってもらった長期保存できる豆腐を使って麻婆豆腐を作った。それ以外はずっと机の前にいた。進まん。
BBSラジオで語学講座のようなものをやっていた。何語だろうと思って聞いていたのだが、全然検討もつかなかったのだが、最後にそれがアイルランド語であることを知った。へぇ、あんな言葉をしゃべってるのか?!

 

2003年10月25日

エッセイに取り組む・・・つもりなのだが、なかなか気が乗らない。全然進まないのに、焦りもしない。この余裕はどこから生まれるのだろうか。
図書館に行き、昨日調べていて必要だと思った論文をコピーした。 コピーしただけで満足しちゃいけないはずなのだが、手元に資料がそろってくると安心してしまう。焦りを感じないのはこのためなのか?
昼食にマッシュルームとトマトのスパゲティを食べる。チェダーチーズを振り掛け、ボーノ。超スローフードを楽しんだ。その後最近かなり汚れてきている共用キッチンを掃除。最近よく料理をするようになった香港人が信じられないほどキッチンを汚す。そして決して片付けない。自分の部屋はしょっちゅう掃除機かけているくせに、パブリックスペースの汚れは気にしないというその神経は分からない。一方で、自分の部屋は一度も掃除機かけたことがないのに、僕は何度もキッチンを掃除している。いつも食事をする場所だから、それなりにきれいだと気持ちがいい。僕以外の人はみんな調理はキッチンでするものの、部屋で食べる人ばかりなので気にしないのだろうか。
夕方になると毎週土曜日恒例の買出しにモリソンズへ。途中文房具屋や本屋、グリーティングカード屋に寄ったのだが、年配のイギリス人のおばちゃんに文房具屋で話しかけられたのだが、訛りがひどすぎて全然分からなかった。「それ取って」みたいなことを言っていたのは(ジェスチャーから)分かったけど、何度聞き返しても知っている単語らしきものを聞き取ることができなかった。これぞヨークシャー訛りかな?これに比べられたら、イギリス人はやっぱり英語喋ってるんだなぁと思った。
晩はミツの家を訪れ、電話線を借りてftpした。二週間ぶりにサイトの更新ができた。彼の寮から近いShimlaというインド料理屋に行き、VegetableThallとうのを食べた。「これはターリーか」と聞くと「そうだ」と答えたのに、ターリーではなかった。しかし、味はかなりよかった。ブラッドフォードに来てから食べたカレーで最も美味しかった!
というわけで、帰宅して11時からエッセイを始める。もう寝る時間だ。

 

2003年10月24日

早起きは断念。しかし、朝10時ごろからエッセイにどっぷりつかる。今日もなかなか進まない。用意したドキュメントを読むたびに、気づくことがある。何をどうまとめればいいんだ?!
午後は気分転換にとサッカーをしに行く。2時過ぎにグラウンド着。しかし、誰もいない・・・。あれ?2時からじゃなかったっけ?今日はないのかな?
晴れていて気持ちがよかったので、その後周辺をゆっくり歩いて図書館へ。スウェーデン人のシャロットとタイ人のダンに会ったのでエッセイについて話す。みんな苦労しているようだが、先が見えてきたと言っていた。シャロットは英語でエッセイを書いたことはないが、英語の文献はたくさん読んだことがあると言う。ダンはアメリカの大学を出ている。イギリスのアカデミックスタイルにうまく適応できるかというのが一番の心配ごとだったらしい・・・。
僕にとってはまず、英語の文章を大量に読むという壁があり、それを理解するのにもまだ困難が伴う。英語でエッセイを書くのも実質的に初めてだから、それも大きな壁だ。その上、アカデミックに仕上げなきゃならない。道のりは長い。しかし、昨日からずっとエッセイに取り組んでいるうちに一つのテーマについてずっと考え続けることに喜びを感じてきた。こんなに長い時間机に向かったことはないが(もちろん、たまにメールしたりネットで遊んだりもしてるのだが)、不思議と苦痛は全く感じない。予定より全然進まず、ようやく1000wordsに達したぐらいなのだが、根拠もなく「時間をかければ終わる」という実感が湧いてきた。なんとかなるだろう。

 

2003年10月23日

今日はIPSSの講義とゼミがあった。講義ではODAについて学び、ゼミでは国際法関連の議論をした。ゼミではまたしてもおとなしくしていたが、講義の後半に行ったディスカッションではいろいろと意見を述べることができた。英語力もさることながら、内容を知っているかどうかで授業にコミットしていける割合は変ってくる。英語は徐々に慣れていくとして、授業の準備を可能な限りすべきだな。まぁ今日は講義の方はついていけたので気分は上々。
図書館に寄ってから帰宅すると玄関のところでMphilのトシに会った。彼はブラッドフォードから一時間ほど離れたハワースというところに二ヶ月前から住んでいたのだが、大学に遠く効率が悪いので、僕と同じアパートの同じフロアに引っ越してきたのだ。話しやすい友人が近くに来てくれて嬉しい。今後ちょくちょく一緒にご飯など食べることだろう。早速、昼も夜も一緒にご飯を食べた。昼はシティセンターのフィッシュアンドチップス屋を教えてもらい、よく晴れた空の下でイギリスの伝統料理を食べた。夜は引越し祝いということで僕がトシにご飯をふるまった。先日から煮込んだ角煮、イランサラダ、鶏肉と茄子のオイスターソース炒め、トシがくれた味噌汁と豪華な食事になったが、なかでも「せっかくだから」と思って炊いた日本米(先日TESCOで購入)は絶品だった。日本の米がこんなに美味しいとは知らなかった。イギリスに来てから長粒米でも大丈夫だから日本米でなくてもいいと思い込んでいたが、やっぱり日本米は美味しい。またまた美味しいもの発見!
今日はついにエッセイをちゃんと書き始めた。午後二時から始め、深夜まで食事の時間を除いて結構真面目にやってみたが、全然進まない・・・。文章を読めば読むほど、当初の構想と違うことを書きたくなったりして・・・。まだ理解が不十分なのもあって、いろいろ迷うし、考えを英語にしていくのにも時間がかかる。最低1000words、あわよくば1500words以上と考えていたが、目標の半分もかけなかった・・・。エッセイって大変なのね、やっぱり。
あ〜、疲れた!寝よう!

 

2003年10月22日

今日はスタディスキルの授業でリファレンスとビブリオグラフィーの作り方を学ぶ。内容的に難しくないので、気が楽だった。久しぶりに講義の全ての内容を理解できた。
エッセイは相変わらず進んでいない。やってないもんな、ほとんど。まぁ明日からやろうと思っている。すでに2週間近く「明日やる」と言い続けているが、今度は本気だ。というか、この週末に一気にやらないと締切には間に合わない。
今日はチュートリアルがあったので、チューターにエッセイのストラクチャーを恐る恐る見せてみた。チューターはいつもいつも忙しそうなので恐縮してしまう。今日も話そうとすると電話がなり、来客があったりして・・・。しかも「2〜3分後に行くから」なんて言ってる。俺の時間は2〜3分かよぉ。彼が目を通している間、構成についての補足事項を少し説明したが、聞いてなさそうだった。しばらくして、ふむふむという感じになり、「よし、ストラクチャーはいいぞ。さぁ書け」と言われた。忙しいから適当に流された感がないわけではないが、「The structure of your essay is very good」と言った言葉は忘れないぞ。エッセイで最も大事だと言われるストラクチャーに関して、お墨付きをもらったということにしておこう。
後はストラクチャーにしたがって、4000語以上の英語を埋めていく作業だ。さぁ、やるぞ!明日から!

 

2003年10月21日

五週目に入ったと言うのに授業の理解度が上がらない。どうしてこんなに分からないんだ?初めより理解度が下がっている気さえする。大学に行くのやめようかななんて本気で思ったりした。寒いしね。今朝の気温は氷点下だったらしい。
とは言え、本当にサボってしまうほどではない。とにかく、参加することに意義があると信じている。内容が理解できなくたって、その授業のハンドアウトや聞こえた単語をもとに後から勉強すればいいのだ。単語を一つだけ覚えることだって進歩である。後退ではない。
エッセイが進まないのでその状況を打開しようと、同じテーマで書いている日本人のノブさんに話しかけた。彼は僕よりいくつか年上だし(推定)、経験もあり授業もよく理解しているようなので、いろいろ話を聞いてみたいと思っていたのだ。30分ぐらいしか話していないが、エッセイを「どのように書いたか」とか日本語で書くときとの違いなどを意見交換した。その他、授業の準備についてや日々の生活についても話をして、気が紛れた。いくつかの疑問点も解消し、とにかく規定の語数に達するまで文字を埋めていこうと思った。
帰宅して、おいしい炒飯を作った。2日間煮た角煮を上に載せると感動的だった。最近食事の話をよく書いているな・・・。おいしいご飯を食べることが最高のストレス解消なのかもしれない。そういえば昼過ぎに同じコースのノリコとしゃべったときも同じこと言ってたな。これだけ美味しいご飯を食べているのだから、食事に頓着しないやつらに負けるわけがない。最高の食事は日本人のプライドということで維持していこう。

 

2003年10月19日

Leedsに出かけた。第二次世界大戦後の戦争で亡くなった2300万人を追悼する記念碑がリーズ・広島・長崎の三都市の市長によってたてられたということで、その序幕式と市長たちのスピーチを聞くためにParkSquareとCivicHallを訪ねた。広島の市長の秋葉さんは具体的でわかりやすく説得力のあるスピーチをした。今年の8月6日の平和宣言と同じように感銘を受けた。英語もかなりうまい。世界平和を訴えかける都市の首長としてふさわしい人だと思う。一方で長崎の伊藤市長は、英語を話さないし、秋葉さんとはかなり差のある印象を受けた・・・。秋葉さんには軽く自己紹介してみた。
昼過ぎに会場を後にし、平和学の仲間と10人で一緒にランチを食べにいった。ショッピングセンター付属のフードコートでソーセージつきヨークシャープディングを食べたのだが、不味過ぎた!人間の食べる食べ物とは思えなかった。塩辛すぎるグレイビーソースとパイ皮に似たヨークシャープディング、できそこないのソーセージでまずさ100倍。もう絶対に食べたくない
帰りにチャイナタウンに寄った。味噌とわかめと八角を買った。やっぱり自炊に限る。ますます外食が嫌いになっているが、食材が充実してきているので問題なし!さっそく豚の角煮と麻婆茄子を作った。お・い・し・い!
夜9時になってようやくエッセイに取り組んだ。とりあえず、イントロダクションを書いてみようと思ったが、これがなかなか難しい。無理矢理書いてみて200語ぐらいになったが、このペースだと締切に間に合わない・・・。

 

2003年10月17日

15日から3日間、コウイチくんが遊びに来た。彼は僕の弟がインドのアグラで出会った親友であり、僕が主催するパーティや花見に弟と一緒に何度か来たこともあるので、話はよく聞いているし何度か会ったことはあるのだが、長いこと一緒にいるのは初めてだった。彼はLSEでのマスターコースを先月終えたばかりでもあるので、渡英後にできるだけ早く会いたいと思っていたのだが、帰国前の忙しい中、わざわざブラッドフォードまで来てくれた。約2年半ぶりの再会が実現した。
修士論文を出した後、オーストリアやドイツ、チュニジアを旅してきたという彼はよく日に焼けて元気そうだった。せっかくだからブラッドフォードの町を観光しようという話になったのだが、僕自身観光スポットなど知らないし、以前ツーリストインフォメーションからもらった観光ガイドを見ても、ろくなものがなさそうだった。二人で地図を見ながら相談し、フィッシュマーケットとリスターパークに行ってみることにした。
フィッシュマーケットはここへ来たばかりのときに通ったことがある。そのときは閉まっていたし、寮にいたときの友人から「フィッシュマーケットは開いていたためしがない」という話を聞いていたが、この日もやっぱり閉まっていた。残念だ。そのままリスターパークへ向かう。リスターパークはあまり大きくもなく、それほどきれいでもなく、不忍池をさびしくしたような池があった。タイガースが日本一になってもここには飛び込みたくない。観光という意味では全く成果がなかったが、道中にバングラディッシュ人の経営するマーケットを見つけたのが大きかった。大根や茄子、殻つきの海老など、スーパーでは手に入りにくい食材を手に入れることができたからである。
夜はブラッドフォードらしいところに連れて行ってあげようと思い、知っている限りで一番美味しいカレー屋であるOmarに行き、ChickenKormaとLambMasalaを堪能した。近くのPubに寄って一杯だけギネスを飲み、この日はおとなしく帰ることにした。
16日はIPSSの講義があったので、朝9時から二人で講義を聴きに行った。その後久しぶりにrefectoryに行ってランチを食べた。やっぱりまずかった!夕方、同じコースの韓国人Moonheeと日本人あつこさんと待ち合わせをし、買い物をしにいった。コウイチくんがロンドンから魚団子やうどん、キムチを持ってきてくれたので、水炊き+キムチチゲパーティをすることにしたのだった。炊飯器を保温状態にしておくことによって鍋ができるという荒業をコウイチくんが指導してくれ、Moonheeの炊飯器を借りて鍋を始めた。だしや味ぽんのおいしいこと!野菜も肉もたっぷり食べた。後からもう一人の韓国人HeeWongが合流し、Moonheeと一緒にビビンパを作ってくれた。「キムチ→韓国人」という単純な発想で企画したパーティだったが、大満足な結果になった。
10時過ぎに友人たちをそれぞれの寮まで送った後、二人でTESCOに行くことにした。TESCOには日本米(しかも無洗米!)や寿司酢が売られており、歩いて行くと少し遠いがそれだけの価値があると思った。夜中なので店の中はずいぶんすいていた。僕らは売り場を物色したり、プレステのゲームで遊んだりして楽しんだ。気分がハイになっていたのもあったのか安いラジカセ(£19.99)を衝動買いしたが、これは大正解だった。一週間ぐらいネットの調子が悪く、ネットラジオが聞けない状態だったが、ラジカセがあれば音楽もニュースも手軽に聞ける。もっと早く買ってもよかったぐらいだ。
12時過ぎにはアパートに戻ったのだが、その後話が盛り上がって、気づくと朝5時ごろになっていた。イギリスの大学院を終えた先輩として彼の経験から学ぶものも多いし、その他にもお互いに面白い経験を持っているので話が尽きなかった。愉快愉快。
というわけで、今朝起きたのは11時ごろ。キムチチゲの残りでキムチうどんをつくり、タラの残りをオリーブ油で炒めてまたまた美味しい食事を楽しんだ。食後もしゃべり続けて乗る予定だった電車を3本ほど逃したものの、15時半ごろの列車で彼はロンドンに戻った。
エッセイの提出を控え、今まで以上のプレッシャーに不安を感じ始めていたのだが、いろいろなことをこころおきなく語り合ったことで、やる気と余裕がでてきたと思う。いい気分転換のできた素晴らしい3日間だった。

 

2003年10月14日

Human Rightsのセミナーと授業がまたしてもほとんど分からない。先生の言葉はほとんどキャッチできないし、他のイギリス人学生の話もたまに単語が聞こえてくるだけだ。内容が難しいのか、このセミナーでは半分ぐらいの人しかしゃべらない。僕も完全に沈黙。
一方で、Introduction to Peace Studiesの方は授業もセミナーも何とかついていけている気がする。「文明の衝突?」についての議論をしたのだが、ハンチントン礼賛という感じで話が進んだ。納得できず。8つの文明があると大きく挙げておきながら、結局西洋vsイスラム以外はええ加減なことしか言ってない大雑把な論文だと思うのだけど、欧米人から見ると理解しやすいものなのだろうか。
全ての授業が不完全な理解しかできていないが、全てのことがヨーロッパの視点から論じられているので、日本人からは理解しがたいようなことを言っていることもあるみたいだ。もう一つの視点を学ぶという意味では貴重であるが、理解が及ばないと混乱を招く可能性もある。
Regional Security in East Asiaは日本の安全保障の話だったが、今日はAustinという軍人みたいな恐い先生が教えてくれ、なんだかビビった。日本の話だし、知ってることばかりなのにすごくわかりにくい。
授業の後、よく発言をしている超マチュアースチューデントのアイルランド人Nickと話をした。ちょっとした授業の隙をついては笑いをとるような発言をしているので(ほとんどいつも僕は理解できない)ずいぶん余裕があるのだと思うが、聞いてみるとそんな彼でも授業の準備に追われてやはり大変だという。家に帰るとまたしても火災報知器がなって入れなかったので、一緒に帰ってきたやはり超マチュアースチューデントのインド人警官Rhedyと誰もいないPubに時間潰しに行って話した。「週が始まって月曜日かと思ったら、あっという間に木曜日が終わっているんだよ」という話で合意したのだが、やっぱり彼も必読文献だけ読んでても時間が足りないと感じていることがわかった。
MAのメンバーのなかでもかなりデキルと思われる二人でもそれなりに苦労しているのだなぁと改めて知った。

 

2003年10月13日

4週目が始まった。
授業の準備もさることながら、本格的にエッセイを始めなければ・・・何から始める?SPCRの授業内容がまたしてもわからない。今日の午後から英語の特別クラスが始まった。こちらはずいぶんとやさしい。基本的な授業をしっかり受けておくことによって、難しい授業を理解する素地を作っていかなくては。それに理解できる授業を週にいくつか受けることは精神的にとてもいい気がする。
夕方、PeaceStudies主催の映画鑑賞会で「No man's land」を見た。戦争映画なのだがとてもユーモアがあり何度も爆笑した。しかし、国連の介入が争いを止められないことや戦争の当事者がその原因をお互いのせいだと決め付けようとするシーンがシニカルに描かれており、とても考えさせられる。ラストシーンで荒野に残された兵士は、戦争の虚しさと戦争が残す致命的な禍根を表現していた。平和を欲するなら平和に備えよ。

 

2003年10月12日

朝起きたら3日間使えなかったインターネットが使えるようになっていた。しかし速度がものすごく遅い。電話線以下じゃないかな。ネットラジオなんてぶち切れていて聞けたもんじゃない。といいながら一応流しているのだが、そろそろ不快になってきた。
今日は図書館に行って、エッセイ用のドキュメントを読んだ。全然進まない・・・。

 

2003年10月11日。

友人の寮で電話線を借りてファイルをサーバーにftpした。一ヵ月半ぶりにサイトの更新ができた!まだ自分のアパートにその環境がないのがイタイが、限られた条件の中でタスクをこなしていく訓練をしていると思えばいいか。とにかく環境には順応している。
スーパーで買ったKormaペーストを使って、ココナツ系カレーを作った。既製品だからか、イギリス人の舌にあわせているからかは知らないが、甘すぎた。豆板醤に似た唐辛子ソースを加えて味を調えた。いつも作るカレーより日本のカレーに近いものができた。
ほんの少しだけビールを飲んだが、そういえばイギリスに来てから酒を飲む機会がかなり少ない。寒いのでビールを飲みたいと思わないのが一番の原因だと思うが、僕にとって、これまでに飲んだイギリスのビールは全般的にまずいものだというのも原因の一つだろう。プラハやパリで飲んだビールが懐かしい。日本のビールもおいしいよなぁ。その他、思ったよりパブに足が向かない原因を考えてみると、大学院生としてはするべき課題が多いためであり、パブの方にその理由を求めるとすると、音楽がうるさすぎて雰囲気が僕好みでないことやパブから帰ると服や髪の毛が異常に煙草臭くなってしまうことがあげられる。落ち着いた(ワルシャワで初日に行ったところはものすごくよかったな)、禁煙のパブがあれば毎日でも行くだろう。ま、学生の本分(なんだか懐かしい言葉だな)を全うするためには今の生活のほうがいいはずだし。
禁煙といえば、ブータンが完全な禁煙国家になりつつあるらしい。引っ越そうかな。

 

2003年10月10日

早起き計画失敗。たっぷり寝た。エッセイのためのドキュメントを読んだが、短いのを一つだけ。
3時からはサッカー。試合形式で2時間も。けっこうタフだな。またしても全身が痛い。グラウンドが人工芝で滑りやすい上、転ぶと火傷するので危ない。今日は3箇所流血してた。それでも身体を動かすのは気持ちいい。今日はかなり寒かったけど、問題なし。運動後のビールもうまい。
昨日の夜からネットに接続できない。また問題発生か・・・。

 

2003年10月9日

今日はInternational Politics and Security Studies(IPSS)の講義(2時間)とセミナー(1時間)があった。IPSSの講義はいろいろな教授がリレー形式で教えてくれるのだが、今日はRSEAとSPCRの担当でもあり、早口で有名なOwenGreeneがレクチャラーだった。今週3度目である・・・。彼の話はいつも全然理解できないので、授業が始まったときにはため息が出たが、一生懸命聞いているとなんだかいつもよりよく理解できたような気がした。細かいところで分からないことはもちろんあるが、授業が何をやっているのかが把握できた。Owenの英語に慣れたということなのだろうか・・・?何はともあれ、授業が分かると楽しい。
その後のセミナーもやはりOwenが担当だったのだが、セミナーでもそれなりに話題に頭がついていったような気がする。突然たくさんしゃべれるようになるわけはないが、ちゃんと存在をアピールすることはできた。今日の体験は貴重だ。こういうのを繰り返して自信と実力をつけたい。
午後からは週末に突入!関西人のミツと韓国人のムニと3人でドネルケバブを食べに行き、その後エッセイのための資料を図書館から借りた。明日から(今日からではない)頑張るぞ〜!!
今日はリラックスしようと決めた。東京の彼女にメッセンジャーで呼びかけ、チャットした。授業について明るい展望を見せることができたのが嬉しい。毎日の出来事に一喜一憂している自分が我ながら単純だとも思うが、悪いことは忘れ、良いことを増幅させて覚えていることによって全ての経験をポジティブな方向に持って行きたい。彼女は何も言わずともそれをサポートしてくれる。
今日はネットラジオで同じ番組を聴いてみた。距離の離れた東京とブラッドフォードで一緒にポルトガルのラジオを聞いた。接続した瞬間2人でよく聞いたCorrsが流れており感激したが、その後も音楽についていろいろ話せていつもに増して楽しかった。CraigDavidがStingのメロディをパクっているのかと思い込んでいたが、そうではなくて一緒に作ったのだということも知った。単にメッセージを伝えあうだけでなく、こうした形で体験が共有できるインターネットはやっぱり便利だと改めて感じた。
うーん。今日はいつもに増していい一日だったぞ!!!

 

2003年10月8日

今日はStudySkillsのみ。エッセイのトピックをどうアウトラインに落とし込んで行くかというような話を聞いたけど、よく分からなかった。難しいぞ。
今月末までに提出する最初のエッセイについてそろそろ気になってきた。あと3週間しかないじゃないか・・・。不安・・・というか、何から初めていいか分からん。普段の授業もついていってないし、月末にエッセイなんて仕上がるのだろうか。
・・・なんていっている場合ではないので喝を入れてもらおうと、TutorのPaulRogers先生のところに行った。とにかく授業は分からないし、エッセイもどこから始めればいいか・・・というような話を正直にした。とにかく、たくさん聞いて、たくさん読むこと、授業の準備は誰でも大変だからやるしかない、とアドバイスを受けた。いつも心がけていることであるが、改めてそれを言ってもらうことで、「とにかく時間をかけて慣れていくこと」にこれからひたすら邁進できそうだ。来週、エッセイのアウトラインを見てもらう約束をした。
その後図書館に行って、文献の検索やコピーをする。慣れない作業なので時間がかかったが、やってみたらどこにどういう資料があるか分かったし、拾い読みの訓練もできた。やってみれば、何かが得られる・・・じゃないか!

 

2003年10月7日

今日はタフな日。講義3つにセミナーが一つ。
昼食後時間があったので部屋に戻って調べ物をしようとしたが、またしても停電でネットが使えなかった。最悪・・・。夕方のEastAsiaのセミナーではまたしてもおとなしい人になってしまった。準備をした甲斐あってか他のセミナーに比べてよくわかったような気がしたけど、瞬発的に考えを英語にすることができない。議論が活発になればなるほど、ついていくのが難しくなる・・・。無念。
夕方、去年のMAで今年MPhilをやっているトシとビールを飲む。彼は同い年なので気安いし、先輩として経験を聞けるのでありがたい。飲む約束をしたときは先週の一番凹んでいるときだったので、初めはいろいろ相談しようと思ったが、実際会って相談というよりひたすらいろいろな話をした。彼は熱い男だ。バルセロナねぇ・・・(内容は秘密です)。

 

2003年10月6日

夜中3時過ぎ、火災報知器で起こされる。
眠い目を擦りながら表に出る。前の経験を活かして厚着して外に出たのが正解だった。報知器が鳴った原因は説明されないが、消防隊員がずいぶん長いことアパートの点検をしたため、結局部屋に戻れたのは4時を過ぎてからだった。寒いし、睡眠を妨げられるし、最悪だ。「イギリスではよくある」ことらしいが、勘弁して欲しい・・・。
Security and Post-Conflict Reconstruction(SPCR)の授業があった。途中まで理解できた気がしたが、だんだん何を言っているかわからなくなる。
昼からはガリ勉。本を読んでもなかなか理解できないけど(難しすぎるんだよぉ、英語も内容も)、とにかく常に本を眺める事で、英語に慣れ、内容を理解し、知識を吸収できると信じるしかない。あまりにわけわからないとウトウトしちゃうのだが、シエスタと読書を繰り返す。
夕方、今度は停電。しばらく待つが、復旧しないので図書館に行くことに。今朝から雨と風が強く、寒すぎる。風の強さはまっすぐ歩けないぐらいなので、傘をさすこともできない。図書館まで5分強歩くだけで、凍え死にそうだった。
11時過ぎに戻って少しするとようやく復旧した。4時間も電気が止まったままだなんて、ひどすぎる。やっぱりここはインドなのかな?せっかく頑張ってるんだから、勉強の邪魔しないでくれよぉ。やる気なくすぞ。

 

2003年10月5日

「東アジアの安全保障」のセミナーに備えてミツとアティと3人で勉強会をした。授業にちゃんとついていけるようにということで初めてやってみたのだが、それぞれあまり準備しておらず、おしゃべり会みたいになった。次からはちゃんと準備しようということだけ決め、あとは「自分の見たアジア」の話になった。
今日もまたトルクメニスタンのニヤゾフ大統領の話が受けた。彼は本当に人気のある政治家だ。誰もが興味を持つ。本当に偉大なる首領様だ。
15時から勉強(?)を始め、終わった後夕食を食べにいった。日曜日なので空いている店がほとんどなく、たまたま通りかかった江山楼という中華料理屋に入った。3日前にオープンしたとかで客は少なかったが、店長らしき人がしきりに話しかけてきた。店からのプレゼントとかいって勝手に野菜炒めをだしてくれたり、食後だらだらとしゃべっていたらデザートも出してくれた。麻婆豆腐があまり(いや、全然)美味しくなかったが(豆板醤が悪い)、好印象の店であった。

 

2003年10月4日

PC用のスピーカーを購入した。
Argosという安売りの店があるというので、CityCentreへ行ってみた。この店は変っている。店内にたくさんカタログが並べられており、そのカタログを見て買いたい商品を選ぶ。申し込み用紙に記入して支払いを済ませた後、商品を受け取る(このときまで商品を直接見ることはない)という仕組みだ。通信販売の店舗版というところだろうか。食器でも電気製品でも洋服でも何でも買える。そして、割安と言うのもあって、かなり混雑している。
Argosに行ってみたが、スピーカーに関してはそれほどいいとは思わなかったので、Dixonsという電気屋に行った。スピーカーは£15ぐらいから£100以上するものまでいろいろあった。奮発して高いのを買おうかとも思ったのだが、規格がイギリスの電圧にあっており、一年限定であるので、やっぱり一番安い£14.99のにした。早速取り付けてみたのだが、PCに備え付けてあるスピーカーとは格段に違う!部屋の音楽環境が一気に改善した。
帰りにいつものMorisonsに寄り、食材の買い物をした。開発学専攻の友人マサに会い、お好み焼きパーティをするというので夕方KirkstoneHallを訪ねる約束をした。
10日ほど前にマサと一緒に食材や台所用品の買い物に行ったことがあって、 そのときに「スパゲッティは○○だ」とか「米を炊くときは・・・」というような話をしていたので、彼はけっこう料理がうまいのかと思っていた。が、実際はほとんど未経験だということだった。お好み焼きだというのにアター(全粒粉)を買っていたことにまず驚かされた(小麦粉にいろいろ種類があるのを知らなかったと言う。しかし、全粒粉で作ったお好み焼きもなかなか美味しかった!)。そして焼くときにフライパンと油を熱しないまま食材を放り込む姿に驚かされた。しかし、日本でお母さんにつくり方を聞いてきて果敢にチャレンジし、異国の友人のためにふるまおうという彼のスピリットにはとても共感できる。ナイスガイである。
同じ場所に居合わせた中国人に茶叶蛋(卵のお茶煮)やビーフスープなどをもらった。また、マサが用意したお茶漬けを食した。お茶漬けってこんなにうまいのか!
食後、紅茶を飲みながらインド人やエチオピア人たちを加えて話をしていたらあっと言う間に12時を過ぎてしまった。寮のいいところは話し相手に事欠かないことだ。みんなとだらだらしゃべっているうちに夜が更けてしまうというデメリットもあるが、仲間がいるというのはやはりいいことだな。またときどき遊びに来よう。

 

2003年10月3日

朝から、来週のゼミのために資料を読んだ。流し読みをすると頭に入らないので、単語を調べたり戻ったりしながらゆっくり読む。30ページ弱を読むのに4時間ぐらいかけた。それでもまだ理解しきれてない。同じコースのインド人警官は、1時間ちょっとで読んだとか言ってたのに。今はとにかく時間をかけるしかない。徐々に慣れよう。
昼から友人宅にお邪魔した。10月末に一つエッセイを提出しなくてはならないのだが、その課題に関連する講義をレコーダー(盗聴器みたいなやつ)に録ってもらい、そのファイルをCD-Rに焼いてもらった。いやぁ、助かります。ありがとう。
その後、Peace Studiesのサッカーチームの練習に参加した。人工芝のグラウンドでたくさん汗を流した。やっぱりスポーツはいいなぁ。休憩無しで1時間半もやったのでとても疲れたが、気分爽快だ。明日は筋肉痛だろう。練習後のビールがうまかった!帰宅して、野菜あんかけ焼飯を作った。うますぎ!

 

2003年10月2日

いろいろなことが盛りだくさんで、数日日記をかけなかった。
30(火)、講義3つとゼミ2つで合計6時間もクラスがあった。授業には全然慣れず、講義はほとんど聞き取れない。初めのうちは一生懸命ついていくのだが、途中から意味が分からなくなり、最後のほうには眠くなってしまう。これがゼミではもっとひどくて、いろいろな人がどんどん違う話題を話すので、途中から何の話をしているか全くつかめなくなった。一つ目のゼミでは完全に沈黙し、二つ目のゼミでは2回ほどつぶやいた感じ。うぉ〜!難しすぎる!さすがに凹んだ。これからついていけるのか不安だぁぁぁぁ。
翌日はStudySkillsという自由参加の授業のみしかなかったので気が楽だった。Essayの書き方などを学んだ。難しい授業がないと凹むこともない。夕方からDeartment of Peace Studiesが主催するディベートというのがあった。"Occupation or Liberation"というタイトルでPeace Studiesの教授(ビデオbyRealPlayer:そのうちの一人、僕のTutorでもあるポール・ロジャース教授)たちが主にアメリカのユニラテラリズムとイラク戦争についてのコメントを述べ、 その後グループに分かれていろいろな話題で討論した。なんともアカデミックな、といたく感動した。その後、Peace Studies Partyと言う名のイベントがいつものLoveAppleというPubであった。Partyがある、というのでみんなで大挙しておしかけたが、PeaceStudiesのPartyという感じではなく、ただその場所にPeaceStudiesの人がたくさん集まってるというだけの話だった。学生をまとめるかかりのCatさんがこの店が好きなだけなんだろうな(しかも、きっとこの店ではいつもドリンクはフリーだろう。それだけではなく、店からキックバックしてもらってるかも)。
今日は眠い目をこすりながら9:00からの授業に出席した。うん、やはり難しい。昼からは何も予定がなかった。東京にいる彼女から公衆電話に電話をしてもらって、いろいろ話をした。いつも暖かい言葉をありがとう。早く部屋に電話をつけたい。いつになったらこのアパートの電話工事は終わるんだろう(というか、始まるんだろう?)

 

9月(14日〜)

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