ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

<<Diary>>

あけましておめでとうございます(1月)。


2004年1月31日

彼女との会話で「豚汁」の話が出たとき、無性に食べたくなり、映画「Lost in Translation」に一緒に行く予定をしていた友人たちを早めに呼んで豚汁大会をした。イスラムスーパー・アルハラルでばかり買い物をしているので、ごくたまにしか豚を食べていない。
モリソンズで豚を買うと、分厚い皮がついており、全然切れない包丁で(大根もまっすぐ切れないひどさ)皮をはぐのに相当の時間がかかった。今日はキッチンでドイツ人10名ぐらいがパーティをしていたため、こちらの5名と合わせて大混乱であったが、美味しい豚汁を食べながら存分に楽しむことができた。しゃべりすぎて映画に遅れそうになったぐらい。
場所はインターチェンジ駅近くのシネワールド。映画は東京の騒音と光を効果的に表現しながら、日本の特異性と外国人が感じそうな孤独感を見事に抉り出した作品だった。日本語の多い作品で、言葉の問題と日本を知らないと理解しにくい微妙な表現とで、外国人には理解が難しいかと思われたが、一緒に行ったドイツ人とマレーシア人もそれなりに楽しんでいたようだった。外国人が描きがちなステレオタイプの日本ではなく、自分がその中にいたことがあるような錯覚を起こさせるような場面も多い、なかなかの作品だと思った。知っている風景ばかりが写っていたので、久しぶりに東京に帰ったような気がしたぐらいだ。

 

2004年1月30日

昨日キャンセルになっていたPolitics of Grobal Environmentの補講に出かけた。Owenは話し出すと止まらず、二時間の講義中、ものすごい勢いでマシンガントークを繰り広げていた。しかし、タイムマネジメントは相変わらずめちゃくちゃだった。この授業は取らないことに決めた。
学校帰りに電話ボックスから東京に電話をかけた。今週初めから彼女が風邪をひいていて辛そうだ。こちらからは電話をかけることぐらいしかできないけど、まぁ少しは気が紛れたかな。病気のときの一人暮らしはなかなか大変だからな。
夕方から先週の旅行についてのまとめを始めた。さっと仕上げるつもり、だが、あっという間に深夜になって、未完成。また明日。

 

2004年1月29日

深夜2時に火災報知器で起こされる。かなり深い眠りだったので、寝ぼけたまま外に飛び出し、30分も寒空の下にいるハメになった。雪が降った後で、かなり寒い。天気予報では-3℃とのことだったが、そんなものじゃないだろうというのが皆の共通の見方だった。横断歩道の押しボタンも寒さで凍っていた・・・。
その後、再びベッドに行き、起きると9時45分だった。10時から始まる授業に行くため、ものすごいスピードでシャワーを浴び、ダッシュで学校へ向かった。教室へつながる階段を駆け足で登っていると、何人かの友人が逆行してくる。聞いてみると「休講」とのことだった・・・。授業が休みであることは昨日の晩にメールで伝えられたらしい。しかし、僕の住むアパートは一昨日からネットがつながっていないからそのことを知る由もなかった。講師はOwen Greene。前期に彼の授業を2コマ受けていたが、頻繁に時間や内容の変更・延期・中止があった。今期はどうだろうと思わないでもなかったが、初回からこんなのか・・・。まだ一週目の授業なのでとりあえず聴講してから授業を取るかどうか決めようと思っていたが、やっぱりやめようか。明日、代講があるので一応行くか?(起きれたら!)
午後からArms Controlの特別セミナー(War on Terror: Afghanistan)と講義があった。Paul Rogers氏の講義は途切れることなくまとまった話が出てくる。難しいまたはマニアックな話ばかりではあるが、ものすごくまとまっている。彼の頭の中はどうなっているのだろう。授業内容もさることながら、人に語りかける姿勢などでも学ぶところのある講師だと思う。Human Rights and DemocracyのS氏とは対照的だ。
講義の後、UNITAにかつて勤務していたゲストスピーカーの話を聞いた。今日は盛りだくさんだ。彼女自身の体験に加えて、平和に対する考え方などを語ってくれて非常に魅力的なスピーチだったのだが、なんせ前の時間に頭を使いすぎたので、1時間半のうち前半40分ぐらいで集中力が完全に切れてしまった。
夜は同じアパートの上のほうに住むミホさんの主催のキムチ鍋&餃子大会に行った。平和学MAの日本人半分ぐらいと日本滞在経験のある(または親日っぽい)外国人とでにんにくのよく効いた料理を存分に堪能した。これだけ食べてれば風邪もひかないだろう。

 

2004年1月28日

朝9時からの授業に行く。
昨夜降った雪で道路が凍っていた。注意しながら教室へ急ぐと、教室は鍵がかかっていた。教室は結局、9時半まで開かなかった。シラバスには9時からと書かれているが、9時半に変ったそうだ。それならそうとはっきりアナウンスしてくれればよいのに・・・。大学からは大量のメールがくるけれども、こういう肝心な連絡はメール以外の手段で伝えられることが多いのはなぜだ?
時間があったお陰で友人たちとたくさん話ができたのはよかった。アフガニスタン人と天皇制の話をし、韓国人とデモクラシーの話をした。授業後もしばらくしゃべった後、図書館に行ったのだが、借りるべき本は全て貸出中。来週のセミナーの準備をしたいけれども、それらの本が返ってくるのはセミナーの翌日ということだった。・・・。
その後アパートに戻ったが、霙が降ったり雪が降ったりし、日没前は太陽が顔を出すと言うものすごい天気だった。デモクラシーについてのやさしい本に目を通し、親子丼を食べ、三島由紀夫の『金閣寺』を読んで夜を過ごした。『金閣寺』は大学に入って京都に引っ越すときに持っていった本なのだが、気がつくとブラッドフォードにも持ってきていた。数年おきに繰り返し読んでいるお気に入りの本の一つだ。
今日はものすごくたくさん星が見えた。雲が全然ないので、明朝もかなり冷え込むだろうな。
今日もネットが不通。上のほうの階では二日連続停電らしいし、僕が旅行に行っている間にはボヤ騒ぎもあったらしい。何かと問題の多い状態は全く改善されていないようだ。

 

2004年1月27日

午前中、二つの授業に出た。聞き取り能力が少しは向上したのか、教授たちの話が意味を持つかたまりに聞こえた。全て分かるわけではないが、集中して聞いたところは以前より分かる気がする。しかしまだ残る問題として、集中力が続かないこと、そして、一度集中力を切らしてしまうと、流れに戻るまでに時間を要することだ。
今日は久しぶりに寒い日だった。授業が終わってすぐに帰ろうと思ったのだが、同じクラスのアメリカ人デビッドと30分も話したら、凍えそうだった。デビッドは面白いやつで、「旅行が嫌い」と断言する。僕は旅行を愛しているし、旅行が好きな人は多いが、「嫌いだ!」と断言する人は少ないと思う。そういう人にはあまり会ったことがない。そういう意味で彼は僕にない価値観を持っている人物だ。
しかし、冬休みの話を聞いてみるとフランスとイギリス南部に行ったという。リルやドーバーで僕とニアミスしていた。旅行は嫌いだが、友達が行こうと言うから仕方なく行ったという。そういえば冬休みに入る前にも「行きたくないけど、行かなきゃならないかも」などという意味不明のことを言っていたな。なにはともあれ、いやいや(?)旅行をし、それなりに楽しんだようだ。「移動は面倒だけど、まぁまぁだったよ」というような事を言っていた。そして「やっぱり旅行は好きじゃない」と。そんなデビッドと一緒に旅行したら面白いかなとふと思った。いつか無理矢理でも連れて行こう。
夕食はマトンスープを食べた。ほどほどではなくたくさんと意識して食べてみたら、いつもの2倍以上食べられた。いつも腹五分目ぐらいだったのか?だったら痩せていくのも納得。それにしてもマトンスープは美味しすぎた。このマトンスープは以前50代のインド人女性を唸らせたこともある絶品。
夕食後、授業の準備でも・・・と思ってパソコンに向かう。が、久しぶりにネットが不通でやる気をそがれたので、DVDで「Four Weddings and a funeral」を鑑賞することにした。ローワンアトキンソンが出てきたのだが、ミスタービーンの印象が強すぎてもう少しやらかしてほしいと思ってしまった。内容は全体的に無理があるものだったが分かりやすかった。まぁ、英語の勉強になったかな。

 

2004年1月26日

セカンドセメスターが始まった。今日は午後からConflict and Change in Contemporary Latin Americaのイントロダクションがあった。中南米は以前から漠然とした興味がありながら、未だに訪れていないし、ほとんど知識もない。この授業を通じていろいろ学んでいきたいと思う。
久しぶりの授業だった。約一ヵ月半ぶりだ。初回の授業ということもあり、あまり難しい話をしていたわけではないのだが、やっぱり授業についていくのはなかなか大変だと思った。とくに、聞きなれない固有名詞等が出てくると理解が止まってしまうので、最低限の予習はしなくては。
授業の後、久しぶりにアルハラルへ行った。たっぷりと食材を買い込んだ。約一ヶ月ぶりに多くの友人と会ったがみんなから「やせたね」と言われた。運動もしていないのに痩せるということはよく頭を使っている証拠(!)かもしれないが、頭をフル回転させるためにもたくさん食べようと思ったのである。しばらく腹八分目を心がけていたが、多めに食べることにしよう。

 

2004年1月20日〜25日

オランダ・ベルギーに行ってきました。
詳細はできるだけ早く、サイトにアップします。

English Heritage Clubというのに入会したので、国内旅行の機会も増えるかも。

 

2004年1月19日

朝から図書館に行き、エッセイをプリントアウト。図書館ではいろいろな人に久しぶりに会い、エッセイを終わらせたことを称えあった。たまに「あと一つ終わってない!」と焦り気味の人もいたが、どこかに笑顔が見えた。きっと締め切りの3時までには出したことだろう。
課題が終わると言うのは本当に嬉しい。 解放感がある。エッセイが書き終わった時の安堵感ともまた違う。「出しちゃった」というのは、取り戻せないという事実であるが、それこそが気持ちいいのだ。
軽く祝杯をあげて、アパートに帰宅した。日本に連絡をして、美紀の誕生日を本格的に祝う。テレビ電話ができるインターネットの環境というのは素晴らしい。時間と空間が共有できる。花屋の友人ひろりんに頼んで送ったプレゼントがどんなものであるかも確認できたし、それを受け取った彼女の表情までわかる。友人の助けと文明の利器のお陰で、遠くにいながらも誕生日のお祝いが十分にできたと思う。ありがとう&おめでとう!
夕方からスキヤキをした。アルハンブラシアターの(というかコメディアンのボタンの)素晴らしさをシェアするためエッセイ終了後に観に行こうと誘った結果集まった5人(ナオ、ヨシマリコ、ノリコ)だった。残念ながら今日はシアターが休みだったが、せっかくエッセイが終わったと言うのもあり、一緒に食事をすることにしたのだった。渡英以来初のスキヤキ。味は上々。イギリスでは薄切りの肉が売られていないので、自分たちで切らなくてはいけない。少しぶ厚めではあったが、工夫次第でなんでもできるとまたしても思った。
引きこもり生活からの解放というのもあって、久しぶりにいろいろ話をした。マリコは相変わらずよくしゃべっていたので、「どのくらい黙っていられるか」挑戦させてみたのだが、黙っていてもジェスチャーで自己主張する姿が面白かった。ナオはイギリスに来てから飲んだくれ生活になっていると少し悩み気味だったが、うまいグラタンを作ってくれ、みなが楽しんだ。ヨシは全ての行動をネタにして(注:当人の意思と関係ない部分もあるけれど、当人の資質であることは間違いないでしょう)、笑わせてくれた。ノリコは冬休みの話でいろいろ笑わせてくれたが、訪問してきたという彼女のお父さんとお姉ちゃんの話がかなり面白かった。「フセインが好物だった」という事実を知って大量にバウンティを買って帰ったらしい。いいぞ!
そんなこんなで今日は一日があっという間に過ぎた。帰宅寸前、同級生のBINから電話をもらい、彼も急遽アムステルダム行きを決めたと言う。明日からの一週間、ベネルクスを旅する予定だが、初日からいきなり珍道中になりそうで楽しみだ。明日7時のフライトで、アムステルダムに行ってきます!!

 

2004年1月18日

睡眠をたっぷりとって、午前中一気に書き上げることにした。イントロダクションとコンクルージョンで約2時間半。なんとかひねり出したボディ部分を、無理にまとめた。正午過ぎに終了。
昼食を食べ、久しぶりに外を歩く。天気はどんよりしているが、心は晴れていた。空気が美味しい気がした。そりゃ、家の中よりは新鮮だろう。19日になることを見計らって、日本に電話をかけた。19日は美紀の誕生日。鐘の音で祝ってあげようと思い、シティホールの時計台に一番近い電話ボックスから電話をした。
エッセイを提出するまでに24時間ほどあるので、見直しをしたいと思った。でも、できなかった。形にしたことで満足していた。読み返したほうがいいだろうということは頭では分かっているのだが、全然読む気がしない。何度かファイルを開いたのだが、数分以内に閉じることになった。「今更直しても・・・」と思ってしまう。完璧主義者になれない。明日、プリントアウトする前に、なんとか一度だけでも目を通そう。

 

2004年1月17日

難しい・・・。進まない・・・。とりあえず、埋めることにした。10月末に陥った状況に非常に似ている。進歩は・・・?
精神的にはあのときほど辛くない。初めて書くわけではないから。しかし、理解した上で纏め上げる作業はまだできていないようだ。いざ書こうとすると言葉が出てこないのは、理解した「つもり」になっているだけだからなのだろう。
今日は久しぶりに火災報知器が鳴った。夜中の3時、朝11時に外へ出るハメに。3日ぶりに外出。夕方6時にも鳴るが2分ほどで止まった。頭に浸透する大きな電子音は精神的によくない。
三度目のサイレンでやりきれない気持ちに。同じ階のトシのところに行った。自衛隊のイラク派遣の話や日本の政治システムについて議論をする。だからと言って何ができるわけでもなく、エッセイやるしかないんだよなぁ・・・と同意しつつも、「それでも」何か行動をする意味についても話しあった。
結果、「平和のためにできること」に誘った。トシからも毎週一言ずつぐらいもらうことになりそう。

 

2004年1月15日

今日も外出せず。夕方から本格的にエッセイに悩み始めた。TruthとJusticeについての説明をするために本を読んでいたのだが、knowledge、acknowledgement、recognitionなどなどという単語をきちんと理解しないと進めないことに気づき、焦る。英語だとニュアンスが良くわからない。しかも、日本語で文献を見つけるも、それぞれの差異が明確でなくますます混乱する。インターネットで見つける文献はときにいい加減なのでこわい。夜中3時ごろまで頑張ってみた。ほんの少しだけ進展があり、ほっとする。締切が近づき、いよいよやる気になってきたぞぉ。
月曜日の夕方に日本に送った郵便物が、早くも届いたと連絡があった。出してから約60時間で届いた計算になる。なかなか優秀だ。

 

2004年1月14日

エッセイを書いているとナッツを食べたくなる。とくに胡桃とピスタチオは美味しい。食べ始めると止まらない。エッセイは止まっているけど。
今日は全く外出しなかった。ずっと宇宙船の中にいた。この狭い空間でいかに気分転換をするかが重要。 ナッツはそれにふさわしい。とくに胡桃などは食べるのに両手を要するからエッセイから完全に離れずには食べられない。それがいいのだろう。
その他、先日アルハラルで購入したバラ水を空中にまいたりもしてみる。ピスタチオにバラ水って、ここは本当にイギリスなのだろうか・・・。どちらかと言うとザクロに近い・・・。

 

2004年1月13日

図書館に行った。試験期間が始まったため、たくさんの学生を見かけた。エッセイの締切が近いので平和学の学生も焦りながら本を読んでいた。
僕もそろそろ焦るべきだが、まだまだ危機感を感じない。なかなか進まず、200語しかかけなかったが、全体の理解は深まったのではないかと思う。
太陽が出ていたのでしばらく散歩をした。最近、あるく距離が短く、日によってはフラットから出ないこともあるぐらいなので、なんだか身体が重い。宇宙から帰ってきたばかりみたいな感じ(なのか?)。

 

2004年1月12日

近頃天気が変りやすい。雨が降ったと思ったら急に太陽が出たり、狐の嫁入り状態になったり・・・。昨日は霙も降った。
熱心な読者から「近頃食事についての記述が少ない」と指摘があった(と書くと人気作家みたい?)。食事について書いていないので手抜きをしていると思われたのかも知れない。実は、正解。年明けはあまり料理に時間をかけていない。
マトンカレーを大量に作ったので3日に2回ぐらい食べていた。ゴーヤチャンプルをいろいろアレンジして、3度ほど食べた。昨日は鏡開きを意識しながら、残っていた餅を食べてみた(サトウの切り餅です)。そういえば今年は七草粥を食べなかった。イギリスでは七草そろえるのはちと難しいか。その代わり、パクチーばかり食べている。
理由は時間を惜しんでエッセイに取組んでいるから、と言いたいところだが、そうでもないか。10月末にエッセイに取組んでいるときは、心の余裕を保つために食事の時間を意識的に確保するようにした。しかし、今は一応ほぼ一日中エッセイのために机に向かっているものの、進んでも進まなくても、焦りをあまり感じない。結構慣れた証拠かもしれない。適当に息抜きはできているから食事に無理矢理時間を割く必要性は感じないのだと思う。
昼間はシティセンターに買い物に行き、大学近くの郵便局にも行った。今日から大学では試験期間が始まっており、たくさんの学生がいた。夕方にはエッセイ執筆のためのアウトラインを作成した。また、その後先日書き終えたエッセイのEnd noteとBibliographyを整備した。二つ目のエッセイは明日から5日間で書き上げ、日曜日には二つのエッセイを見直そう。月曜日に提出したら、火曜日はアムステルダムに飛ぶ。またしても片道1ペニーの航空券を手に入れたのである(注:ペンスの単数形はペニーであるため、1ペンスではなく1ペニーと言うことに最近ようやく気づきました・・・)。

 

2004年1月11日

早朝から生物テロの脅威にさらされた。
8時半過ぎに台所へ行くと変な虫が大量発生していた。昨日数匹見てなんだろうと思っていたのだが、一気に増殖していた。台所をいつもいつも汚く使う香港人かアフリカ人に端を発するに違いない。気分が悪くなったが状況を悪化させるわけには行かないので目に見える500匹ほどを駆除した。駆除した後、原因を調べるためいろいろな箇所をチェックしてみた。5分ほどして棚にしまってある豆が原因ということが分かった。あまり見たことのない種類の豆だった。料理のヘタクソな香港人は豆を調理するような技術はあるわけがないから、原因はアフリカ人に違いない。後で聞いてみるとやっぱりそうだった。原因は一応取り除かれたけど、虫はまだ潜んでいるだろうな。また増えるだろうか・・・。それとも特殊な豆にだけつく虫だろうか・・・。後者であって欲しい。
害虫駆除をしてすっかり気分が萎えてしまった・・・。というのを言い訳にしてベッドに再びもぐりこんだ。エッセイをやらなきゃいけないのはわかっているけれども、全然始める気にならなかった。 昨日も休んだし、こんなんじゃいけないのだが。
3時過ぎから、ようやく文献を読み始めることができた。始めは集中力がなかったが、読んでいるうちにエンジンがかかってきた。年末にも少しだけ勉強した南アフリカのTruth Commissionsについて書こうとしているのだが、Justiceの定義とamnestyの扱い方で迷い、まだストラクチャーも決定できていない。難しいものだ。
夕食後ごみを捨てに表に出て、6日以来恒例となったごみ捨て場の片づけをした。雨が降っていたのだが、今溜まっている量を片付けないと(20袋ぐらい?)取り返しがつかなくなると思って取組んだ。
イギリスには分別収集という考え方は(ほとんど)ない。瓶だろうが、缶だろうが、驚くべきことに電池だろうが、分別の方法を聞くと「はっ?」と聞きかえされてしまう。「何で分けるの?」と。というわけで、瓶が大量に入ったごみはとても重かったりする。雨で重量の増えているのもあり、けっこう大変だった。
しかし、大変なのは単にごみが重いからだけではなくて、ダストビンにごみを入れるために重いふたを開けて、それからごみを中に入れなければならないからであった。僕の身長で少し苦労するぐらいだから、背の低い人にとってはこの作業は結構大変だろう。ごみをきちんと捨てられないモラルの低さはどうしても肯定しえないが、非常識に大きいダストビンを設置しているアパート側にもごみが散らかる原因があるなと思った。
部屋に戻り、このことをレポートするために、物件を管理しているUnipolにメールを書いた。ついでに他の件も報告しておこうと思い、思いつくことを書いてみたが、「フラットの表札プレートがいたずらで取り替えられている」「らくがきがひどい」「エレベーター内にごみを捨てている」「エレベーター内で煙草のにおいがひどい」などなど、書いてみると改めてレベルの低すぎる住人の多いアパートだと思い、がっかりした。
まぁ、モラルの低い人たちの中でも自分の中の基準を落とさないことは、自己を律するためのいいトレーニングになるかもしれない。いちいちため息をつくのはやめ、この状況を自分のために利用することにしよう。

 

2004年1月10日

一本エッセイを終えたら気が抜けた。そんなに時間があるわけではないのだが、今日は休むことにした。
予約してあった本を図書館に2冊取りに行ったのだが、見てみたら2冊とも昨日書き終えた台湾関係の文献だった・・・。いまさら遅いよ。次に書くエッセイに少し関係のある文献を似たようなテーマでエッセイを書き終えたノリコにコピーさせてもらった。
図書館では久しぶりにアメリカ人のリチャードと会ったので、立ち話をした。よくよく考えると英語で長い会話をするのはすごく久しぶりかもしれない。それほど英語を忘れていなかったのでほっとした。
冬休みにしたことや最近学校周辺で多発しているという強盗についてなどの話をして家路につくと、「ブラッドフォードで最も強盗が多発する銀行ATM」の前に人がたむろしていた。なんだか危険なにおいを感じたので素通りしようとすると声をかけられた。
見てみるとシエラレオネ人の友人マチュリとピータルだった。怪しい集団かと思ったよ〜と言うと、このATMは危ないから友達がお金を下ろすのを見守っていたんだと言う。危ないと思ったら他の場所でお金を下ろせばいいのにと思うが・・・。
その他、ちらかった部屋を少しだけきれいにして、明日からの戦いに備えた。ラジオで聞いて最近気にいっている曲をダウンロードしたり、ピスタチオや胡桃を食べてゆっくりとした時間を過ごした。

 

2004年1月9日

一気に1500語書き、ちょうど3000語で一本目のエッセイを一応終了。朝から深夜一時まで。なかなか頑張った・・・。かなり強引にまとめあげたので内容的・英語的にはかなり不安な出来であるが、提出できる形にはできたので、精神的にゆとりをもって二本目に取組むことができる。二本目を早めに終わらせることができれば、見直しもしてみよう。
やはりエッセイにはまだまだ慣れていないということがよく分かった。たったの二本目だから当たり前だけど、前回のエッセイを終わってからしばらく経っていたし、前回のエッセイが奇跡的にいい評価をもらっていたので、いつの間にか「エッセイはそれほど難しくない」みたいに思い込んでいたけど、やっぱりそんなことはなかった。
まず、文献をいくつか読む。メモは苦手なのですらすらと流し読み。すると概要が理解できる。そして頭の中で流れを作り、その流れに基づいて書き始める・・・ と、いきなりストップしてしまう。どの文献のどこに何が書いてあったか、探しなおす。そして、発掘できたものから、ワード上に貼り付けていく。
探しているうちに、知らなかった事実がたくさん出てくる。混乱する。いくつかを読み直そうとするが、焦って頭に入らない。分からないところは無視することにし、分かったつもりのものを見つけては、貼り付けたり、パラフレーズする。
今回は文献が理解しやすいものだと思ったのに、前回と変わらぬ過程を繰り返してしまった。そして、よくよく読み直すと、細かいニュアンスがよくわからない・・・。分からない部分は使わない主義で通しているけど、重要な部分を理解していないのだとしたら、まずいな。
僕のいままでのエッセイの書き方はパッチワーク的作業だ。流れを作った上で、サブタイトルになりそうな単語だけ書く。そして、前から順番に書こうとするも、書けないので、気になった文章などを当てはまりそうなところに貼り付けるのだ。かなり行き当たりばったりだ。重要な部分に行き当たっていれば、それなりのものができる可能性はある。しかし、外れていたら・・・、ということは考えないことにするか。
時々、手元にある本を適当に開いて、そのときに見かけた文章をエッセイにそのまま取り入れたりもする。自らのハンドパワーを信じるしかない。そして、信じるものは・・・救われたい!
明日から取組むエッセイはストラクチャーをきちんと作ることをまず一つ目の目標としよう。実際に始めたら、どうなるかわからないけど。まぁ、机にかじりつくことで実力と運が両方伸びていくものなのだろう。あと10日間、とにかくやるべし!

 

2004年1月8日

ようやく1500語まで来た。ゆっくりゆっくりとでも進むのは確かだ!とにかく、やるしかない。
今日も気分転換に夜出かけた。 同じコースのあつこさんが日本から帰ってきて鍋をするというので行ってきた。中国の火鍋風。あつこさんは旦那さんがヨルダンで働いている。それぞれ違う場所で頑張っているようだ。夜はエッセイが全くかけなかったけど、やっぱり誰かと話をするのはいいものだ。話をするというのは意識をしなくても頭を使うことであり、また、エッセイを書くときの頭の使い方と違うので、すごくいい気分転換になる。明日からまた張り切っていこう!

 

2004年1月7日

エッセイ進まん!やっぱり難しい!今日も500words書くのが精一杯だった。金曜日までに9日までに一つ目のエッセイを終わらせるという目標は少し厳しいか?
今日は少しだけ気分転換ということで今まで行ったことのないカレー屋を訪問。Great Horton Rd.沿いの「Bharat」にいった。今年の目標であるカレー研究センターの開設にはまだ時間がかかりそうなので感想を簡単に書いておくと、少々高いだけあって味はよくまとまっていた。注文したのは「Keema Masala」。欲を言えば玉葱とトマトのの甘さがもう少し欲しい。★★★☆☆

 

2004年1月6日

なかなか集中できない時間もあったが、一日中エッセイに取組んだ。「それほど難しくない」と感じたのはつい昨日のことなのに、書いてみるとやっぱりまとめるのは難しい。一つひとつ事実を確認したり、検討したりしているうちに時間ばかりが過ぎていく。結局450語程度しか書けなかった。内容の全てに「論拠」をつけようとするととても時間がかかる。内容についてはある程度理解したつもりなので、テーマについて流れや意見を述べることはできるけれども、「誰がどう言っているか」を重視するエッセイを組み立てるのは大変な作業だ。
台所が本当に汚い。香港人は米粒や野菜くずを散らかし、チュニジア人が鍋を思いっきり噴きこぼす。新年早々、台所は驚くほど汚くなった。
今日の外出はごみを捨てにアパートの裏に行っただけ。晴れているのにもったいない気もするが一日エッセイに取組んだという満足感が残る。ごみ捨て場も汚くなっていた。ごみを決められたケースに入れずに、ごみ捨て場付近に放置する人がなんと多いことか。アパートの居住者のモラルの低さに改めて驚く。見て見ぬふりも嫌なので、15袋ほどあった散らかったごみを片付けたら気分がよかった。

 

2004年1月5日

朝11時頃からエッセイに取組む。今日も文献に目を通すが、Democratic Peaceについて書かれた文献に比べてどれも読みやすい。台湾が民主化した過程という「事実」について書かれているし、基礎知識があるからこんなもんだろうか。たいしたことないと思うと集中力が切れる・・・悪い癖だ。
とりあえずエッセイを仕上げることはそれほど難しくないと感じた。途中で混乱することはないだろう。しかし、評価されるエッセイをこのテーマで書くにはどうすればよいのだろう。何かインパクトのある展望をひねり出すべきなのであろうか。前回のように賛否両論分かれたものを分析するというのは実はかえってやりやすかったんだなと気づいた。
フラットメートのチュニジア人が帰ってきた。隣の香港人も大晦日に帰ってきてしまったので、台所が汚れる要因がそろってしまった。嗚呼。

 

2004年1月4日

朝9時に起きて、エッセイの準備を始めた。冬休みは図書館の本が長期間借りられるので、参考になりそうな本を適当に借りておいたのだ。実際に使えるかどうかはよくわからないけれど、とにかくまずは手元にあるものに目を通すしかない。
まずはじめにSamuel Huntingtonの'The third wave: Democratization in the Late Twentieth Century'に目を通した。「台湾の民主化と紛争予防に対する影響」に関するエッセイのイントロ部分に使えそうだ。この本はものすごく読みやすかった。前回のエッセイでDemocratic Peaceについて書いたため、また、Democracyというものを意識して勉強をしているため、少しは知識がついてきた証拠だろうか。
昼食後、インターネットで日本語と英語の文献を読み漁った。メモを取ると時間がかかるので(メモを取る訓練をしたことがないため、いまだにメモを取ることができない・・・なんとかせねば・・・)、とにかく関係ありそうなものに目を通した。
夕方、気分転換に表に出たのだが、やっぱり行き先はアル・ハラルだった。相変わらず英語以外の言語が飛び交っているこのマーケットで野菜や肉を購入した。今日は僕もウルドゥ語で買物をしてみることにした。「ムトン、エック・パウンド」(羊肉、1lb下さい)。店員は普通に理解してくれた。

 

2004年1月3日

ヒースロー空港まで工藤さんに送ってもらう。重ね重ねありがとうございます。
13時のVS900便で美紀が帰国する。素晴らしい2週間だった。楽しいときはあっという間に過ぎるものだ。しばらく空を眺めた後、16時のバスでブラッドフォードに戻った。
これから二週間で、課題のエッセイを2本書かなくてはならない。しっかり遊んだ分、集中してきちんとしたものを仕上げよう。しっかりと充電できたので頑張るぞぉ。
帰宅後、何度も成田空港のFlight Informationを調べた。VS900便は31分遅れて日本時間10:31に成田に無事到着したようだ。確認できたので、寝ます。おやすみ。

 

2004年1月2日

ロンドンまで列車で向かい。キングスクロス駅で富士通時代の先輩工藤さんと待ち合わせた。
リーズ城に行く予定をしていたが、冬の間は15時で閉まってしまうということを知り、急遽グリニッジに行き先を変更。三人で標準時とカティーサークなどを楽しんだ。昼食を食べているときにちょっとしたミスで車がレッカー移動されてしまって、工藤さんに迷惑をかけた。それにしてもイギリスのやり方は本当に融通が効かない。
夜はウィンザーにあるサフロンというインド料理屋に行った。ブラッドフォードで今までに行ったどのカレー屋と比べても断然美味しかった。2004年はカレーやスパイスについてきちんと研究しようと決意した。工藤さんの家に泊めてもらった。本当にありがとうございます。

 

2004年1月1日

史上初のロカ岬での結婚式についての詳細を公開
ブラッドフォードで最も古いというPeel Parkに行った。センターから東にある小高い丘の上にあるのだが、広くて見晴らしがよく素晴らしい公園だった。公園の展望台からブラッドフォードが見渡せる。周りの住宅地もハワースよりも落ち着いていて美しい。いい初詣になった。
センターに戻る途中、少し雰囲気の違う場所があった。元旦なのに普通に店が営業しているし、麻薬の売人もいた。
この日は彼女にとってブラッドフォード最後の夜ということで、二人で料理を作った。鶏の唐揚、めちゃくちゃうまい。

 

2004年の目標:

・納得のいく成績で平和学の修士を取得する(具体的にはMeritで卒業<2月14日追記>
・カレーとスパイスを極める ―BEEMANetカレー研究センターを開設予定
ポルトガル、ロカ岬における史上初の結婚式を成功させる

 

 

 

12月

11月

10月

9月(14日〜)

ロンドン滞在中の日記はこちら

渡英前の日記はこちら

トップページへ


Copyright (c) 2000-2003 BEEMANet All Right Reserved.