ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

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論文書いてます。(8月) ==> 留学生活終了しました(8月31日)


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2004年8月31日

正午過ぎにコンクルージョンを書き終え、修論のドラフトを書き上げた。かなり強引に書き進めたにも関わらず書くだけで1ヶ月、資料を集めはじめてからは約2ヶ月が過ぎている。当初思い描いていたように書くことはできなかった。漠然とした思いは、文章というカタチに表そうとするとその中に論理の飛躍や思い違いがあることに気づく。アカデミックな内容にするために識者の意見を引用し、新たなことを学ぶと、思いもよらない方向に論理が展開されることもあった。それでもある程度割り切って進むしかない。完璧なものを求めようとすると、全然書けないのだ。実際書いている期間中に、起きた瞬間からアイデアが浮かぶことがある。しかし、そういう日に限って、夕方頃まで7〜8時間も言葉にならないことがある。
とくに最後の3週間はしんどかった。書いても書いても終わりが見えなかったからだ。3000語程度の課題なら、5日も苦しめばなにかが出てくるが、15000語というのは僕にとってとてつもないく高い壁だった。最初の一語を書き始めてから終わりが見えるまでに1ヶ月以上かかっている。いくつかの課題があるときは、たとえ一ついい加減に終わらせてしまっても、次の課題に入るときに心機一転できる。しかし、一つの課題を2ヶ月も以上も続ける場合は、語数をカウントすることによる達成感しか得られない。そして、カウントするたびに、残り語数の多さに絶句していた。
それでも、とにかくA4約90ページが英語で埋め尽くされた。 終わったときには感無量。昨年10月から4000語、6500語、8000語、9000語と少しずつ分量の多い課題を無理矢理にでもこなしてきた結果、15000語に達するまで諦めない精神力は培われたのだと思う。これから読み直したり、体裁を整えたりしなくてはいけないが、とりあえず引きこもり生活は今日で終了。
明日からは論文以外のさまざまな活動をしていきたい。ロカ岬と立科での結婚式およびパーティーの準備は楽しみだ。今までほとんど全てをやってくれた彼女に感謝したい。それから、結婚関連の一連の行事が終了したころから仕事を始めなきゃと思っているので、そのための準備をしなくてはならない。また、この一年間で学んだこと、思いついたことをさらに生かすために、それらをまとめて、そして実行していきたい。論文執筆中にpieceofpeace.orgというドメインを取得したので(まだサーバーを借りてないのでつながりません)、今後は僕が思う平和学をここにカタチにして行こうと思う。その作業はおそらく一生続けられるし、できればNPOとして事業化もしたい。
スーパーバイザーの意向によっては(また無視されないことを祈る)大幅な書き直しなどで論文をすぐに製本して提出できるかどうかは分からないが、明日からは論文以外の活動を中心にしよう。したがって、本日を以って留学生活を終了!平和研究センターの枠内での日記も今日でおしまい。しかし、記録を残すことの重要さ、面白さをこの一年で体感したので、明日からBlogを始めようと思う。

 

2004年8月30日

アテネオリンピック終了。総集編みたいのを少し見たが、日本選手団の活躍ぶりはすさまじかった。中西号は無事にロシアを脱出!エストニアで28カ国有効のグリーンカードを取れたとかで、今後越境の問題もなくなるようだ。すごい。ユーラシア車で横断のゴールは見えた。
論文も15000語を達成。まとまっていないのでかなり見直す必要はあるだろうが、一応後はコンクルージョンを残すのみ。一晩寝て、すっきりした頭で明日の午前中一気に書き上げたい。

 

2004年8月29日

中西号、サンクトペテルスブルグに到着との報告あり!やった!今日は興奮して眠れないかも。

 

2004年8月28日

4〜5時間睡眠を続けていたのだが、昨日はリビングの椅子に座っているだけで眠ってしまうほどだったので、久しぶりに7時間半寝た。ここ数日軽い疲労感と激しい眠気を覚えたまま起きる日が続いていたが、今朝はすごく気持ちよく起きることができた。睡眠は大切だなぁ。

 

2004年8月25日

昨年、イギリスに向かって出発した日からちょうど一年が過ぎた。あっという間の一年だった。いろいろなことを考え、吸収した一年だったと思う。イギリスでの成果を今後生かしていくために、まずは留学生活の総仕上げをしなくては。はやく終わらせたい!辛いぜ。

 

2004年8月24日

アテネオリンピックが盛り上がっているが、もう一つのアテネも盛り上がっている。
アテネというのはネット上のサービスへのアクセスを一元管理しているもの。SCIRUSなどで論文を検索した後、いくつかのジャーナルにアテネ経由でアクセスすることができる。最近の僕のアテネ使用回数は世界でも上位にランクに属すると思う。もしかして金メダルかも。

 

2004年8月23日

昨日大台を達成したが、そこからほとんど進まなかった。少し前を見返したところ、これから書こうとしていることの一部はすでに書かれていて、このまま書き進めると重複しストラクチャーに問題が生じると思われる。どうすべきか?戻るのか?限られた時間の中で対応を決めなければならない。焦ってきたぞ。
気がつくとポルトガル行きの飛行機に乗るまであと一ヶ月を切っている。時が過ぎるのは早いなぁ。

 

2004年8月22日

あゆるちゃん昨日は姪のあゆるちゃんが遊びに来た。まだ11ヶ月なのによく歩く。お出かけで興奮しているのか、あっちに行ったり、こっちに来たり。地元の盆踊り大会の見学にも一緒に行ったが(小学校以来か?)、音楽に合わせて身体を揺らしている。こりゃ来年は上手に踊るだろうな。子どもの成長は目に見えて早いものだ。愛想も振りまくようになって、きっと来月、ロカ岬では人気者になるだろう。いやー論文漬けの毎日だけど心が潤うなぁ。久しぶりに出かけて疲れたのか(て言っても盆踊りの行われた公園までは歩いて3分だけど・・・)、夜中論文に取り組んでいたらこてっと寝てしまった。
そして今日もパソコンに向かった。力づくで単語をひねり出す日々だが、継続は力なりでついに大台10,000語に達した。とにかく書き進めているだけで、内容的にはまだまだ改善の余地があるだろうけど、ここまで進んできた。今月中になんとか書き上げて、スーパーバイザーに送りつけてやろう。その後は修正に入らねばならないが、そのときには引きこもりからは脱却するぞ!外に出て飲んだり、映画みたりする生活が恋しい。
おっと、マラソン女子、野口みずきが金メダル。本当に今年の五輪は日本選手が活躍しているなぁ。

中西号、昨日付けでノボシビルスクに到着。今はすでにオムスクにいることだろう。

 

2004年8月20日

今日はブラッドフォードでの同級生ゆみさんと絵美に広島の平和研究家数名を加えて飲み会があった。2ヶ月ほど前から決まっていたこの飲み会をずっと楽しみにしていたのだが、論文終わらず無念の欠席。まだしばらくは広島に辿り着けそうにない。美紀が参加して楽しんだようだ。いいなー。宴会したい。

 

2004年8月19日

いやぁ、はっきり言って辛くなってきた。朝起きてすぐに3日ぐらい寝たいと思う。論文の進捗は芳しくないし、朝から晩までずっとコンピューターに向かっているのは疲れる。月曜日に新宿に行って以来、外出はしてない。雨戸を閉めるために今日の夕方ちょっと庭まで出たぐらいだ。
今日はストラクチャーの見直しをした。重複している部分をリストラし、不必要と思われるメモもワードファイル上から消去した。すると(本文だけではないが)ワードカウントでは10,000語を超えていたはずが、スリム化されて7,000語弱になってしまった。その後頑張って書き加えたが、語数にしてまだ半分に満たない・・・少し凹む。
シベリア横断道路イヤイヤでも仕方なく執筆作業を進めていたのところ、夕方「ユーラシア大陸車で横断」のサイトを見ると、中西号がクラスノヤルスクまで到着したと書かれていた。すでにウランウデやイルクーツクを通過しているとは夢にも思わなかったので驚いた。シベリア横断道路で最も過酷と言われている場所を難なく通過したようだ。ハバロフスクからクラスノヤルスクまではおそらく4000kmぐらいだから、舗装もされていない道路を一日平均700kmも走ったようだ。すごい。中西はそんなにタフだったか・・・?これから先は道路の問題はないだろうから、車の故障や事故、ロシア警官の悪さに十分気をつけて安全な旅をしてほしい。応援してるぞ!
中西の旅の経過を知って、勇気付けられた。僕も僕にとってはかなり困難な道のりを進んでいるが、ゴールすることには大きな意義がある。休んだりやる気を失うことは簡単だが、そんなことをしてもその分ゴールするのが遅れるだけだ。よっしゃーやったるぞ。とにかくまずは完走を目指そうじゃないか。

 

2004年8月18日

ブラッドフォードにいる友人のウェブサイトでブラッドフォード大学平和学部が、イギリス軍のオフィサーたちに、トレーニングをするというニュースを知った(Peace Studies News, issue 35, University of Bradford)。講座内容と平和学部の性格に関する議論はまたそのうち書きたいと思うが、ふと思った。
僕の修論のスーパーバイザーはまさにこの講座を受け持ちそうな専攻の人だ。しかも以前軍にいたという噂もある。僕からのメールを無視しているのはこの講座の準備が忙しいからかな。
他の数名の友人とメールで修論の進捗状況を交換したりしている。直接連絡を取っている人はなぜかみんなぎりぎりまでかかりそうな人ばかりだが(類友?)、すでに終わった人の噂も聞こえてきた。すごいな。で、スーパーバイザーとのコミュニケーションについて聞いてみると、ほとんどの人はしばらく会っていないどころか、メール上のコンタクトもないのだとか・・・。返事をもらえないというのがアタリマエのようになっているらしい。
学部の発展のため(?)に新しいことに取り組むのもいいけれど、その取り組む内容については精査すべきだと思うし、すでにやっていることを疎かにするのはどうなのかな。大学の財産は人間でしょう!

 

2004年8月17日

オリンピックで日本のメディアは加熱しすぎている。沖縄の一部が米軍により抑えられたり、世界で暴力が続けられているのに、テレビを観て、新聞を読むと、そんなものはまるで存在しないかのような印象を受ける。
論文には相変わらず苦しんでいる。この数日はネットサーフィンをする時間もほとんどなくして、パソコンの電源をつけたらすぐに論文に取り組んでいるので、一日12時間ぐらいは論文に関したことをしていると思う。書けていないわけではない、ゆっくりだが、少しずつ語数は増えている。しかし、ゴールが全然見えない。15,000語とは・・・。

 

2004年8月16日

新宿へ行った。
ポンドを円に両替した。論文が終わったわけではないので留学生活はまだ続いているが、イギリスに戻る必要はないのでポンドを手放すことにした。188円ぐらいで買ったのだが、200円を超えているうちに売りたかったからだ。銀行によってレートはほとんど変わらないと思っていたが、シティーバンクが£1=\202.04に対し、みずほ銀行が£1=\199.39。徒歩一分圏内にあるのに2.65円も違うのかと驚いた。少し歩いて4000円をゲット。
その後、カカルビッタで会って以来8年ぶりにリングホファーさんに再会し、ランチを食べた(8月7日の日記参照)。8年分の旅とその他の活動について話をしたのだが、偶然の出会いと人と人との結びつきに関して僕と同じような考えを持ち、しかも僕よりもはるかに多くの経験を持つ人だった。彼の口から飛び出す言葉の一つひとつが興味深かった。結婚式に関するこだわりかたも似ており(彼は24年前だが)、なんとも面白い。
彼の研究テーマは異文化・少数者・教育であり、数多くの活動の中でとくに力を入れている活動でブータン難民の支援について詳しく話してくれた。ブータンと言えば鎖国していて、禁煙国家であるということしか知らないし、訪れたことのある数人の話からは長閑で理想郷のような国だと言うイメージを持っていたが、90年末頃から人々への弾圧が始まって大きな問題となっているとのことだ。政権を握る者たちが権力を維持しようとして疑心暗鬼になっているのがその根本的な原因であり、人口の伸び率の高いネパール系住民を中心に迫害されている。この件をもとに明るみに出たことの一つとしてブータン政府のずさんな管理体制があるが、例えば統計が年によってばらばらで、1994年に関する統計では100万人の誤差が出ている。推定人口約70万人の国家である。
DemocracyとHuman Rightsがブータン難民問題の根底にある。ブラッドフォードでの授業ではこの二つを中心に学んだが、理論について多く考えた。今日、この話を聞いて、学んだことをさらに実践に生かすために、ブータン難民問題をもっと知りたいと思った。最近、外務省の渡航情報の中でブータン南部の情報が出ていたようなかすかな記憶があったが、この問題に関しては全く日本のメディアで報道されていないため、全く関知していなかった。リングホファーさんにいくつか論文をもらったので、研究してみようと思う。
今日はかなりエネルギーをもらった気がする。またいろいろ勉強をして彼の大学を訪ねたいと思う。

 

2004年8月15日

今日は寒かった。Tシャツではとても過ごせず、長袖を羽織る。
疲労が蓄積しているのか、今日は資料を読みながら3度も寝てしまった。畳の上で勉強しているため、伸びをして油断すると眠りに落ちてしまう。
資料を眺めながら論文に書くべきことを抽出したが、内容的に収拾がつかなくなるのではないかと少し心配だ。しかし、今あるネタでは到底15,000語には達しないのだから地道にこの作業を進めていくしかない。パソコンという便利なものがあるので、ネタを集めさえすれば構成を変えることだって不可能じゃない。15,000語の論文というのは長すぎて頭の中だけでは整理しきれない。とにかく打ち込んでみて、それを整理するしかないのだろう。毎日少しずつ進めている作業は、この意味において正しく行われているはずだ。
終戦記念日にしたかったが、戦いはまだまだ続く。

 

2004年8月14日

「世界ふしぎ発見」をみた。高校ぐらいのときはどのクイズも絶対に分かるわけない難しいものだと思っていたが、最近は2問に1問ぐらいは答えが分かる。馴染みのある土地や話を聞いたことがある場所が増えているからだろう。似たような番組で同じ製作会社が作っている「うるるん滞在記」があるが、無理に感動を誘おうというのがミエミエでたまに興ざめする。
どうでもいいことを書いているが、今日したことは昨日と同じ。書いても書いても、道のりは長いな。

 

2004年8月13日

ここ二週間ほど起きている時間の半分はパソコンの画面を見ている。自分の周囲に散らしてあるたくさんの文献をめくり、ネットで何か検索し、悩み、茶を飲み、何かを打ち込む。完成にはまだ程遠いが、語数を数えて見ると4,500語ほどになっている。今まで書いたエッセイの最高は4,300語ぐらいだっただろうか。詳細はよく覚えていないが、今書いている作品は、現時点で今までに取り組んだものの中で最も長いものとなった。初めの一単語を打ち込んで以来全然進んでいる気がしていなかったが、この事実に気づいて少し楽になった。
とは言え、反省すべき点もある。大学側が図書館の紹介状を8月になるまで届けてくれなかったし、頼りにしたいスーパーバイザーが僕のメールを無視し続けているとは言え、一度は決めた8月13日という締め切りが今日なのである。イギリス時間であと7時間ほどあることはあるが、その間に10,000語以上を書くことはできそうにない。風の噂でブラッドフォードの級友たちの数人は計画通りに進めてすでに終わっている人もいるようだ。彼らのようにできればと思う。僕は結局、あまり信用していないスーパーバイザー定めた締切よりも、大学で定められている9月10日という締切にしか本気になれていないようだ。
あと1時間ほどでアテネオリンピックの 開会式が始まる。このままではついつい見てしまいそうなので、布団に入ることにしよう。

 

2004年8月12日

小田急線に乗って論文に必要な資料を読み始めると、突然頭の中にアイデアが湧き出してきた。ノートを取り出して書いてみた結果、5ページがびっしりと埋まる。論文を書き終えたらこのアイデアをきちんとまとめたいと思う。そう、今書いている論文には今のところ関係のないアイデアが浮かんだのだ。早く論文を終わらせて、このアイデアを発展させたいと本気で思った。この熱い気持ちがあるうちに論文を仕上げてしまいたい。

 

2004年8月11日

久しぶりに亜細亜料理屋「サイゴン」に行く。名前からベトナム料理専門店だと思い込んでいたが、アジア料理全般を扱っていて、ベトナム料理のほか、韓国・インド料理が食べられる。ベトナムに行ってからもうすぐ9年が経つ。随分変わっているのだろうな。僕がカンボジアやベトナムを旅行したときは「変わったところに行く人」と見られてたのに、今じゃ大ブームだし。
中西号」が無事ウラジボストクに着いたようだ。今のところロシア人にも領事館の人にも親切にしてもらっている様子。

 

2004年8月10日

夕方、48時間ぶりぐらいで数語追加した。ほっとした。まだ15000語に到達する姿を想像できないでいるが、自分の頭の中で描いている論文の流れが少しは具体的になった。
スーパーバイザーからは連絡がない。完全に放置されている。忙しいのか夏休みなのか知らないけれど、こちらはメールを出しているのに完全無視と言うのはどういうことなんだ。職務怠慢だな。Tuition fee返せって訴えるぞ。

 

2004年8月9日

昨日の夕方から停滞している。まだ少しは書くことがあるので無理矢理進めることもおそらくできるが、それをやっても6000語ぐらいで全部終わってしまうような気がする。では、論文をどのように肉付けするか・・・というところでアイデアが出てこない。手元にある論文を読み直してみたり、ネット上でMA Dissertationをいろいろ検索してみて眺めてみた。結構同じことの繰り返しで語数を稼いでいる(?)論文があるなぁ。しかし、繰り返すつもりで書いたらやっぱりレベルの低い論文になるだろうし。どう対処していっていいのかよく分からない。
同時並行で進めている結婚式の準備は堅実に進んでいる。ついに招待状を投函した。また、長野の会場設営に必要な布類を調達しようとインドの友人に連絡したところ、メールを出してから1時間ほどで調べてもらえた。は、早い・・・。仕事中なのにすごいな。

 

2004年8月8日

うぉ〜、マズい。完全に行き詰った感がある。どうまとめていいかわからんぞ。今日は国家の外交政策が旅行産業をいかに利用するか/できるかについて書いていたのだが、だんだん本論と関係ない気がしてきた。というか、うまく本論に絡めて書けない。ふぅ・・・。
15000語というのはとてつもなく高い壁だ。どうしたらそれだけの語数が出てくるのだろう。スーパーバイザーに指定された13日までにあと11000語はさすがに無理か。相談しなければいけない。困った。

 

2004年8月7日

今日も朝7時から論文に取り組む。7時起きは完全に定着した。
集めた資料のどこを読んでもインスピレーションを受ける。しかも書こうと思うことのイメージもある。それなのに、全然筆が進まない。漠然としたものをきちんとしたものに書き上げるにはものすごいエネルギーが必要だ。書いては読み、構成を練り直し、一歩ずつ進むことにする。牛歩だし、たまに後ろに戻っている気もするけれど。
8年以上前にネパールとインドの国境で出会った人と、今度再会することになった。先日、たまたま平和学関連のメーリングリストを読んでいて、その人の名前がでてきた。旅行中に出会った人はたくさんいるので、その後連絡を取っていない人はきっとどんどん忘れてしまっているのだろうが、その人は名前を見てすぐに思い出すことができた。日本の大学で教鞭を取る外国人ということで、インパクトがあったのは確かだが、立ち話をしただけで、その時間はほんの数分だった。しかし、名前を見ただけでそのときに話したことと彼の顔が思い浮かんだので自分でも驚いた。
さっそくそのことを彼にメールをしてみると「覚えています。会いましょう」との即答が。不思議な縁がまた一つ復活することになる。ブータン難民を支援するNGOの代表をしているらしい。平和学を学んできたことも話の種になりそうだ。とても楽しみ。

 

2004年8月6日

広島、原爆の日。市長のスピーチの中で「想像力の欠如」という言葉が印象に残った。さまざまな問題を自分のものとして捉えること。これは難しいことであるが必要なことだ。僕が10年ほど続けている活動――旅は、この想像力を養うのにふさわしいものだった。他にはどんな方法があるだろう。世界で起こっていることを身近なものとして解釈すること、これは重要な仕事になりうる。
論文が進まず、結婚式やロカ岬ウェディングツアーで解決すべき課題が出てきて焦る。大変だけど一つずつこなしていこう。二人でデザインした招待状が完成間近となり、やれば進むことを実感。少し落ち着いて眠れそうだ。

 

2004年8月5日

Ticket-Alpha先週借りた本を返しに立教大学池袋キャンパスへ。いくつかの文献もコピーしてきた。
8月6日 0:00 中西、ロカ岬に向かって出発昼から手に入れたての文献を読みこみ、夕方から執筆を再開。とにかく埋めていくことを目標に4時間で700語ほど書いた。昨年9月にロンドンのQueen Maryで受けたプレセッショナルコース中に書いたエッセイの一部を利用した。ぎりぎりになってから論文に取り組んでいるような気もしてたが、このテーマについては渡英直後から、いや、少なく見積もっても、一人旅を始めた10年前から考えているのだよなぁ。
夜9時半過ぎ、ウラジヴォストクからロカ岬までのユーラシア大陸横断ドライブに出発する中西がやって来た。桜神宮の旅行安全祈願と交通安全祈願のお守りを手渡し、鍋や米、レトルトカレー、薬、正露丸(!)など役に立ちそうなものをあげた。
スパイスマジックで一緒にカレーを食べ、車にチケットアルファ宣伝用のステッカーなどを貼り、送り出した。明日夕方のフェリーで富山からウラジヴォストクへ渡る。ぜひ安全運転でよい旅をして欲しい。

 

2004年8月4日

7時起床。今日も進まないがなんとか少しずつ捻り出しながら机に向かった。
同時並行で進めていた長野での結婚披露パーティーの招待状もほぼ印刷が完成。いい感じだ。昨日今日は気温があまり上がらず快適だった。

 

2004年8月3日

朝8時前からずっと論文に取り組んだ。スーパーバイザーから指定された最初の締切まであと10日なのだが、まだ1500語を超えたところ。書きたいことはたくさんあるつもりなのだが、どのようにまとめるか悩む。とりあえず適当に言葉を連ねてようやくこの語数。まずいな・・・。しかもスーパーバイザーにメールしても返って来ないぞ。少しはスーパーバイズしろ!
でも、今日は一日書き続け、悩むことにより、「やっぱり書けないんだよなぁ」と再認識したのが大きな成果か。今まで書いたエッセイ8本すべてそうだった。 進んでいる気がしてないながらも6ページ目に入ろうとしてるし。7月はなんやかんやで論文に取り組まない日も結構あったけど、そろそろ進まなくても最低10時間は机に向かうべきときが来た。
寝坊しないことが最も重要。午前中5時間勉強できると乗ってくるからな・・・。

 

2004年8月2日

体調不良につき、論文に集中できず。まずい・・・が、じたばたしても始まらないので、今日は読書をした。アマゾンからようやく届いた『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』を読む。友人の本なので期待しすぎた。途中がやや冗長。光文社の特徴らしいが、意味不明な英単語を羅列して読みにくくなっていた。分析もあまり目新しくない。
しかし、自分の考えたことを書籍として発行した彼のエネルギーを尊敬する。自分の考えをきちんとカタチにしたその姿勢を見習おう。

 

2004年8月1日

中西君、行ってらっしゃい友人の壮行会をするため新宿へ出かけた。会場はとり鉄。予約した客はどれだけ食物や飲物を注文していても2時間で追い出そうとするかなり強引な店。僕らほど飲む客も少ないんだから融通を利かせればよいのに。時間で杓子定規的に切るのではなく、飲んだ量や使ったお金で決めてくれ。印象悪し。
友人Kは5日に千葉を出発して富山からウラジボストックにフェリーで渡り、車で50日後にロカ岬に到達するという壮大なチャレンジをしようとしている。9年前にソウルで出会ったKが、彼自身の冒険によって僕らの結婚式に花を添えてくれるというのだから嬉しい。チタへ到達するぐらいまでが結構な悪路で、初めの2週間が勝負らしい。ぜひ成功してほしい。
壮行会にはBEEMAN時代からの友人たちとイスファハン組の元少年といなパパなどが参加。Kの偉大なチャレンジを肴に楽しくお酒を飲んだ。昨日に引き続き世代を超えた酒席。BEEMAN結成時から目指していた世代を超えたネットワークができてるなと思い感動。会うたびにエネルギーを高めている友人たちと過ごせることを幸せに思う。

 

 

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