旅人を動かすもの

ブリュージュのユースホステルにはほとんど宿泊客がいなかった。同じドミトリーに泊っていたのは僕とメキシコ人ヘラルドの二人だけだった。
泊った日の晩、お互いに遅くまで出かけていたためあまり話す時間がなく、軽く挨拶をしただけに終わった。翌朝、閑散とした食堂には他に人がおらず、ヘラルドと僕は一緒に朝食を食べることになった。

固いパンとコーンフレークを食べながら僕らは自分のしてきた旅について話をした。ヘラルドは初めての一人旅で、3ヶ月前からヨーロッパをぐるぐる回っている。まだ旅人としては初心者だが、今まで未知だった体験をたくさんし、「この旅が人生を変えたよ」と何度も繰り返していた。僕は彼の話を聞きながら、自分自身がしてきたさまざまな体験を思い返したり、僕自身の今までの面白い体験を話し、ヘラルドをそそのかした。

なかなか話が合ったので、ブリュージュの駅まで一緒に向かうことにした。彼は旅の初心者らしくルートをきちんと決めていて、ブリュージュからフランスのカレーを経由してドーバーへ渡る予定をしていた。一方で僕はオステンデからホバークラフトにてラムズゲートへ渡り、ブラッドフォードに戻る予定をしていた。
駅に着いてそれぞれの行き先に向かうため別れを告げあったのだが、なんとなく思いつきで、「オステンデからイギリスに渡ったほうがきっと早くつくぞ」と言ってみた。すると彼は予定を急に変えることに少しためらいつつも、「そっか、じゃあ、俺もそうしてみようかな・・・」。かくして一緒にオステンデへ向かうことになった。

オステンデに着き、ホバークラフト乗り場を探した。5分ほどで運営会社を見つけたが・・・倒産していた。
近くにいる人に聞いてみると、ここからイギリス行きのホバークラフトはもはや存在しないとの旨のことを言われた。ヘラルド・・・ごめん・・・。止むを得ず、二人でカレーまで列車で向かうことにした。

オステンデへの往復で時間をロスしたので、カレーに着き、船でドーバーに到着したときにはすでに真っ暗になってしまった。行き先をケンブリッジに決めていたヘラルドは、駅員にケンブリッジに着くのは早くて23時過ぎと告げられ、ショックを受けていた。
僕はブラッドフォードまでは辿り着けないと言われたので、「ドーバーに泊ることにするよ」とヘラルドに言った。彼はガイドブックをめくりドーバーのページを見て、「宿情報が載っていないぞ。どうするんだ」と返事をした。予定通りにケンブリッジに行きたいが、すごく遅く着くのは避けたいし、ドーバーなんて辺鄙なところに泊りたくないというのが彼の思いのようだった。

「大丈夫だよ。宿のない町なんてない。すぐに見つけてやるよ」
いつまでも駅の近くで無駄に時間を過ごすのも嫌だったので、僕はそう言ってヘラルドを促した。もちろん、宿がどこにあるかとか町の中心がどこにあるかなどは知らないが、旅人としての勘には自信がある。明らかに不安そうな顔をしているヘラルドに「早く来いよ、宿のにおいがするぞ」。
ほどなくしてB&Bが並ぶ通りに出た。が、シーズンオフということもあり、閉まっているところばかりだった・・・(少し焦った)。駅を出てから10分ほどして、ようやく営業中のB&Bを見つけた(ほっとした)。

疲れた顔をしていたヘラルドを連れて夕食を食べに行き、そのままパブ巡りに引っ張っていった。さすがラテンの血が流れているだけあって、アルコールの血中濃度が上がるにつれて、彼のテンションはどんどん上がっていった。僕らはフレンドリーなドーバーの人と語り、パブの人に無理を言って常連客用のギフトを無理矢理もらい、大いに笑った。

翌日、ドーバー・プリオリ駅で別れ際にヘラルドが言った。
「お前について行ったせいで、予定は狂うし、変なところで泊るはめになるし、どうなることかと思ったよ。でも、不思議だな。自分では予想もしなかったところで、こんなに楽しめるなんて」

それが旅だよ。行き先を決めても、必ずしもそこに行き着くとは限らない。考えもしなかったところに行くことだってある。僕なんて、中南米に行きたいと10年間も思い続けているのに、そこに辿り着くどころか、今はイギリスに住んでいる。出会う人やハプニングに導かれ、行き先は決まるんだ。

「じゃあこれは、中南米へのパスポートだ」
ヘラルドは、そう言って、連絡先の書かれた紙片を僕に手渡した。

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