2006年9月22日

東京ゲームショウが開幕

次世代ゲーム機に注目集まる

ゲーム関連の展示会「東京ゲームショウ2006」(コンピュータエンターテインメント協会主催)が22日、千葉市美浜区の幕張メッセで始まった。

 96年の開催から10周年となる今回は「新興奮。新感動。新時代」をテーマに、イスラエルや韓国など8カ国・地域から148の企業や団体が出展。未公開のソフトウェアを含めると、約650の最新ゲームソフトや関連製品が並び、出展者数、ゲームソフト数、海外参加企業数ともに、過去最大の規模となった。

 ソニーが11月に発売するプレイステーション3や、マイクロソフトのXbox360など次世代ゲーム機の新作ソフトを体験できるコーナーが、多くの来場者の注目を集めていた。また、開催10年を記念した特別展示「テレビゲームミュージアム」では、小規模ながら83年の任天堂ファミリーコンピューターなど、これまで国内で発売された機器が並べられているほか、『アイスクライマー』や『ドンキーコング』など懐かしいソフトを楽しむこともできる。

 昨年に引き続き、携帯電話用ゲームのブースも目立った。ドコモ、au、ソフトバンクが広いスペースに体験機器を多数設置。ボーダフォンのブルートゥース対応端末など、無線やネットワークを使って“複数人で楽しめる”ことを強調し、新しい楽しみ方を提案していた。

 初日の22日はビジネスデイで招待者、関係者のみが入場できる。23-24日は一般公開日で、開場時間は両日とも午前10時から午後5時まで。入場は午後4時まで。当日券は中学生以上が1200円。【了】

■関連リンク
東京ゲームショウ

2006年5月 8日

生きる意味と希望を考える

[書評]「生命のメッセージ展」実行委員会編『いのち・未来へ』

「行ってきます」という一言には、「行って無事に帰って来る」という意味が込められており、その対に「ただいま」がある。この2つの単語が繰り返されることが、当たり前の日常であると一般には考えられている。

 この当たり前の連鎖が突如として断絶されるとき、平凡な日常がどれほど幸せで、感謝すべきものだったかに気づく。本書では、交通犯罪や医療事故、リンチ殺人などで家族の命を奪われた遺族が、その切ない思いをつづるとともに、その原因を社会問題として提起している。

 「理不尽に奪われた命」を嘆く遺族たちは、“命の重み”を訴える「生命のメッセージ展」を全国で開催することを通じて、事件や事故の風化を防ぎ、それぞれの思いをつないできた。平凡な日常を当たり前のものとして過ごす世間の無関心と、予期せずに家族を失った自らの境遇とのギャップに戸惑いながらも、生前に死者が持っていた夢を語り継いできた。

 なぜ、命を奪われてなお死者が冒涜されるのか?
 どうしてうちの息子が?

 本書に含まれるさまざまな疑問符は、生命について真剣に考えた遺族の単なる苦悩の表れではない。いま生きている我々に、生きる意味や希望について考えさせるメッセージだ。(日本エディターズ、2005年5月、1470円)【了】

■関連記事
"生きたかった" 命の声を聴く(最終回)
"生きたかった" 命の声を聴く(7)
"生きたかった" 命の声を聴く(6)
"生きたかった" 命の声を聴く(5)
"生きたかった" 命の声を聴く(4)
"生きたかった" 命の声を聴く(3)
"生きたかった" 命の声を聴く(2)
"生きたかった" 命の声を聴く(1)

■関連コンテンツ
livedoor ブックス

2006年4月25日

「学びは義務ではなく楽しみ」

[書評]深田尚彦著『人は皆、急ぎ足の旅人』

人類は空間を移動することで経験を積み、経験が知性を掻き立て、その知性が文化を構築してきた。生きるために、そして、楽しむために、移動=旅を繰り返した結果、今の世界がある。一方で、空間の移動を伴わない別の旅もある。一所に座したままでも、身体で風や音を感じ、心で回想する。時間は、休まず動き続ける。ゆえに、人は皆、空間と時間の旅人である、と著者は言う。

 本書は、旅を始めて80年以上、教育・研究に関わって60年以上の“人生の大先輩”が、自らの旅について書いた本である。ときに空間を越え、ときに立ち止まって時間の流れに身を任せながら、これまで考えたことを回想している。そして、過去を想起する過程で、さらに新たな発見をしている。

 幼い頃から今まで、暇を見つけて読書を続けてきた著者は、読み継がれてきた名著から、先人が人生で得たものを学んだ。また、教育者としての著者は、教育とは、先人の経験からよき社会的資産を選び、後進に渡すことだと定義した。

 「学びは義務ではなく楽しみ」と一人で気づくのは難しいが、教育や読書は人類が蓄積した知恵という遺産を身につける近道だ。価値ある「古人との対話」ができれば、人生という旅はより面白くなる。「学ぶとは文化を取り込んで良く生きることだ」。空間と時間の旅を通じて、そう考えた著者は、これから長い旅をする若者のために、自らの思考方式を本書に著した。(岳洋社、2006年3月、2625円)【了】

■関連コンテンツ
livedoor ブックス

2006年3月 6日

児童買春 “行動規範”で抑止

アムネスティ日本主催CSRセミナー

6日、味の素本社でセミナー「アジアの児童買春~旅行業界が取り組んだCSR」が開かれた社会的責任として旅行会社が取り組む子ども買春予防についてのセミナー「アジアの児童買春~旅行業界が取り組んだCSR」(アムネスティ・インターナショナル日本主催)が6日、東京都中央区の味の素本社で開かれた。

 同セミナーでは、ストップ子ども買春の会(ECPAT)共同代表の宮本潤子さんが、児童買春の概要を説明。加害者数と被害者数ともに正確な数は不明だが、国連への報告で100万人が被害を受けているという推定値があることや、日本人が買春に多く関わっていると国際的に認知されていることなどを紹介した。また、特殊な性的嗜好がある人よりも、一般的な観光客が児童買春のほとんどの原因になっていると指摘し、「自国の制約や責任感から解放され、状況的虐待者になる。また、家族のために“働いて”いる子どもを“買ってやった”と、行為を合理化する心理も見られる」と話した。

 ジェイティービー(JTB)の広報室マネージャーの三ツ橋明子さんは、世界観光機関(WTO)などが推進する“旅行と観光における性的搾取からの子ども保護に関する行動規範”を推進・実現していくためのプロジェクトへの参加を同社が決定した経緯と、同業他社とともに行動規範を結ぶ意義について発表。同社は、4月から発行する旅行パンフレットに「すべての児童への性的搾取に反対する」旨を明記するほか、新入社員教育でも児童買春防止を強調するという。

 世界観光機関(WTO)や国連児童基金(ユニセフ)などが世界で推進する“旅行と観光における性的搾取からの子ども保護に関する行動規範”の企業への導入を推進している、日本ユニセフ協会広報室長の中井裕真さんは「行動規範を導入することで、児童買春のあっせんを以前行っていたと思われるのではないかという不安から、旅行会社は当初引き気味だったが、プロジェクトは順調に進み、約80社が参加するまでになった。国内の旅行会社で、買春ツアーを直接企画することはまずあり得ないが、現地オペレーターとの契約に、子どもの性的搾取を拒否する旨を記した条項を導入する影響は大きい」と語った。【了】

■関連記事
「日本は人身売買の最大の受入国」

2005年12月28日

恋愛・仕事を円滑にする処方箋

[書評]須子はるか・松村香織著『コミュニケーション集中治療室』

須子はるか・松村香織 著『コミュニケーション集中治療室』ちょっとした会話の行き違いで、恋愛や仕事がうまくいかない・・・。本書では、その原因が「コミュニケーション疾患」にあると見る。

 人との会話でちょっとしたトラブルを経験したことがあっても、治療が必要とまで考えている人は少ないかもしれない。しかし、「コミュニケーション疾患」は自覚症状のあるものばかりではない。コミュニケーションの問題は、話がうまくなれば解決するわけではない。一方で、話すのが下手でもちょっとした工夫で解決できる。

 話のうまい人が場を盛り上げようとしてかかる「オレオレ症候群」、相手の立場を考えず言いっぱなしで伝わらない「ひとりよがり病」、言い訳ばかり考えてコミュニケーションの可能性の芽を摘んでしまう「ネガティブな思い込みシンドローム」―など、本書は「コミュニケーション疾患」のさまざまな症例と、それぞれに対する処方箋を示してくれる。

 著者の2人が開いた同名のセミナーで、参加者とのやりとりを通じて得たものをまとめたのが本書。「会話のテクニック」や「他人を論破する方法」ではなく、相手との間に「共感をはぐくむ」ために必要な、発想や態度の転換を書いた。

 冒頭にある「コミュニケーション健康診断」チャートで、“病気”の進行度合いをチェックできる。自覚症状のある人もない人も、本書で一度、診断してみてはいかがだろうか。(東洋経済新報社、2005年12月、1470円)【了】

■関連コンテンツ
livedoor ブックス(『コミュニケーション集中治療室』)

2005年12月19日

みんな大好きな食品添加物

[書評]安部司著『食品の裏側』

安部司著『食品の裏側』食品の安全性や健康には、程度の差こそあれ、誰もが関心を持っているだろう。“健康のために”サラダを買い、野菜などの産地偽装のニュースを聞いて憤る。

「一流メーカーが、危ない添加物を食品に使っているわけではない」「変なものが、コンビニで売られているはずがない」と、消費者の多くが信じている。しかし、生産者が「自分のところでつくっている食品は食べない」としたら・・・。

 本書は、「食品添加物の神様」とまで言われた、元食品添加物のトップセールスマンが、食品添加物の現場を見てきた「生き証人」として著した本である。添加物で、業者に食品加工の合理化を進め、見栄えのいい商品をつくる方法を指導していたセールスマン時代、著者は「添加物で新しい文化をつくる」と意気込んでいた。しかし、自らが開発した添加物まみれのミートボールを、自分の娘が食べている現実に直面し、目が覚めた。職を辞し、添加物の普及活動から足を洗った。

 著者は、自らの体験から、添加物のからくりを説明する。水とサラダ油があれば、ミルクがなくてもコーヒーフレッシュが作れるし、30種類の添加物だけで、とんこつ味のラーメンスープができる。コンビニのサラダは殺菌剤のプールで何度も消毒されているし、ある健康飲料の色はサボテンの寄生虫の色素で染められているという。

また、一部の添加物を外すだけで、「無添加」「無着色」など、健康志向を意識させる「誇張表示」に疑問を投げかけ、添加物の使用量を少なく見せかけるための「一括表示」や「キャリーオーバー」など、食品衛生法の抜け道を解説する。そして、食品業界に情報公開を求める。

 著者は「添加物は危ない、食べるな」と、単純に訴えるわけではないし、消費者は被害者であると声高に叫んでいるわけでもない。添加物がどれだけ生活を便利にしてきたかをよく知る1人として、その「必要悪」とどのように付き合うべきかを提案する。

 「添加物=台所にないもの」という分かりやすい公式で、添加物の摂取量を減らすことができるという。値段の安さや見た目の美しさだけにとらわれず、どういう過程で、どういう成分で、食品が作られているかを知る努力をしよう。(東洋経済新報社、2005年11月、1470円)【了】

■関連コンテンツ
livedoor ブックス(『食品の裏側』)

2005年12月 1日

[書評]鬼丸昌也・小川真吾著『ぼくは13歳 職業、兵士。』

あなたが戦争のある村で生まれたら

「目はうつろで、顔の表情はまるでロウ人形のように硬直している」。

 NGO(非政府組織)で元子ども兵士を支援する2人の著者は、調査活動で初めてウガンダを訪れたとき、恐怖を感じたままの表情をしている元子ども兵士が、あまりにたくさんいる現実に驚いた。

ウガンダでは、誘拐した子どもを兵士にするために、母親殺しを命じたり、腕を切り落とさせたりするなど、残虐行為を強制することが日常化しているという。残虐行為を地元でさせることで、子どもは逃げ場をなくす。残虐な行為をさせ、子どもの頭が真っ白になったところで洗脳し、何も恐れない兵士を作る。

 子どもは中世から戦争に参加している。武器の手入れや身の回りの世話など、戦闘以外を任されてきた歴史がある。しかし、その役目は変わった。

自動小銃、携帯対空砲、地雷など、軽くて、小さくて、操作が簡単な小型武器が大量に出回るようになった現代、子どもも戦闘要員として捉えられるようになった。兵士を“調達”するために、紛争地で子どもの誘拐が頻繁に起こっている。地雷原を突き進み、残虐行為をするのは、子どもの“仕事”だ。大人にはできない“仕事”を円滑に進ませるため、麻薬漬けにされる例も多い。

 子ども兵士を支援する著者らは、根本的な原因である小型武器廃絶を訴えている。大国が小型武器のほとんどを生産し、利益を得ている一方で、貧困対策以上のお金を費やして、武器を購入している途上国がある。

 小型武器の犠牲者は、年間50万人。驚くべきことに、そのうち20万人は、先進国を含む、紛争地以外での犠牲者だ。子ども兵を作り出している小型武器は、紛争地以外にも犠牲者を増やし続けている。著者は「犠牲者の数からいえば、小型武器は事実上の大量破壊兵器」という、国連のアナン事務総長の発言も引用している。小型武器は、うつろな目をした子どもと、先進国にいる我々に、共通の問題を投げかけている。

 著者は、武器をなくすなど「夢のまた夢」と言う専門家の存在を認めつつ、同じく夢と言われていた対人地雷が禁止された過程を例に、一歩でも進むことの重要性と、伝えることの必要性を訴えている。(合同出版、2005年11月、1365円)【了】

■関連記事
子ども兵士の存在を忘れないで(11/21)
[書評]後藤健二著『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』(11/15)
元少年兵「戦闘は誇りだったが…」(11/4)
子どもがなぜ戦争に参加するのか (10/24)
[書評]アキ・ラー編著『アキラの地雷博物館とこどもたち』(10/12)

■関連コンテンツ
livedoor ブックス

2005年11月25日

ゴーン社長「越境M&Aは失敗しがち」

日本外国特派員協会で講演

「国境を越えたM&Aはしばしば失敗する」と話す日産自動車のカルロス・ゴーン共同会長兼社長(撮影:吉川忠行)日産自動車<7201>のカルロス・ゴーン共同会長兼社長は25日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で講演し、「国境を越えたM&A(企業の買収と合併)はしばしば失敗する。会社はプラスチックのブロックのように簡単にくっつかない。企業文化は結果論ではない」と話した。

 ゴーン氏は「財務諸表には企業文化という項目はないが、利益などの価値に表れてくる」と述べ、日産の経営再建の成功がルノーのやり方を持ち込まず、日産の企業文化を尊重したことにあるとした。ルノーが日産を統合する可能性についても、「統合すれば短期的に利益が上がるかもしれないが、長期的なメリットにはアライアンス(提携)の方がよい」と否定した。

 仏ルノーの社長兼CEO(最高経営責任者)でもあるゴーン氏は、ルノーの中期経営計画が来年2月に発表されるのは遅すぎるのではないかとの指摘に、「最初から2月と言っている。早くできたから発表したり、遅らせたりするのではなく、コミットメントを守る。また、計画の発表よりも実行が大切だ。発表日が計画の開始日でなければならない」と語った。【了】

2005年11月15日

[書評]後藤健二著『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』

輝くダイヤの裏にあるものは?

 「大人が子どもを恨んでいる」

 戦争には金がいる。そして、金があれば戦争は続く。
 ダイヤモンド産出国の1つ、西アフリカのシエラレオネでは、その利益は生活を豊かにしなかった。代わりに、銃などの武器が国中に溢れ、利潤を奪い合う戦争が長期化した。

 一方で、兵士の数は減り、人数を確保するために、子どもが誘拐され、軍人にさせられた。武器を持っていなければ怪しまれないという理由で、子どもは軍のスパイとなり、身体が小さく動きが早いという理由で、戦闘の最前線に送られた。そして、素直な子どもたちは、指示されたとおりに家を焼き払い、人々の手足を切り落とすなどの残虐行為を繰り返す「戦闘マシーン」になった。

 本書は「うれしそうでもなく、悲しそうでもなく、うつろな眼でまったく感情のない表情」をしている、両腕を失ったシエラレオネ人の、1枚の写真を見た著者が、その表情の謎を解くために現地入りし、書いたルポルタージュである。

 取材の過程で、著者はその1年前に3年間過ごした軍から脱走した元子ども兵ムリア・ソレイに出会った。感情や恐怖心を消すために、皮膚を切って麻薬を体内に埋め込まれた彼は、キラー・イン・ザ・ブッシュ(やぶの殺し屋)と言われるほどの、“優秀な”兵士だった。

 元子ども兵士は、戦闘から離れ、必死に社会復帰を目指している。しかし、彼らは被害にあった住民や自分の家族から恐れられ、恨まれている。元子ども兵士への理解のある人でも、<許す。けれど、決して忘れない……>と話すことを受け止め、ムリアは毎日、神に祈ることにしている。消えない苦しみを持ちながら、ようやく生きる希望を見つけた彼は、最後に自らの夢を語る。

 遠い国の話だろうか。光り輝くダイヤモンドの、サイドストーリーとしてぜひ読んでおきたい作品だ。ふりがなつき。(汐文社、2005年7月、1365円)【了】

■関連記事
元少年兵「戦闘は誇りだったが…」(11/4)
子どもがなぜ戦争に参加するのか (10/24)
[書評]アキ・ラー編著『アキラの地雷博物館とこどもたち』(10/12)

■関連コンテンツ
livedoor ブックス

2005年10月12日

[書評]アキ・ラー編著『アキラの地雷博物館とこどもたち』

人生に「選択肢」があることを知り、祖国を安全にしたいと願うカンボジア人の物語

「しりもちをついた敵兵を、わたしは撃ち殺しました」
「わたしたちはキャンプにもどり、砲火をあびせて(敵兵を)皆殺しにしたのです」

 著者のアキ・ラーさんは、10歳から20歳までの10年間、ポル・ポト軍、ベトナム軍、カンボジア政府軍で少年兵士として戦ったカンボジア人だ。それぞれの軍で、兵士として訓練された彼は、それ以外の世界を知らず、死と隣り合わせに戦地で暮らす生活を「ふつうなのだろう」と思っていた。

 幸運なことに、アキ・ラーさんは10年間も軍隊で戦いながら、1度も怪我をすることもなく、生き残った。国家再建のためにカンボジアに入った国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で働くことになり、いろいろな生き方をする人々の存在を知り、彼は初めて人生に「選択肢」があることを知った。そして、彼は内戦中に埋められた地雷を1人で掘り続け、祖国を地雷のない安全な国にすることを選んだ。

 アキ・ラーさんは次のように書いている。

 「わたしの両親を殺した人は、今も生きています。わたしはときどき、その人に会いに行きます。わたしの両親を殺したことを、その人は知っています。わたしが彼に話しました。彼はわたしに、あやまりました。わたしは彼を恨んではいません。殺したいとも思いません。・・・(略)・・・彼は生き方を選べなかった。だから、わたしの両親を殺しました。むかしのわたしも彼と同じです。『ノーチョイス』、選択肢がなかった。」

 アキ・ラーさんは「カンボジアを安全にしたい」「地雷の危険を知ってもらいたい」との思いから、掘り出した地雷や内戦で残された武器などを展示する「地雷博物館」を1999年に建て、現在も運営している。また、戦争で親を亡くした孤児や地雷の被害で手足を失った子どもたちを預かり、養育している。本書の後半には、その子どもたちが、一人ひとり紹介されている。著者が見つけた希望が、彼らにも引き継がれていることが読んでいてよくわかる。(三省堂、2005年9月、1365円)【了】

■関連コンテンツ
livedoor ブックス