|
5:00 テヘラン空港よりシーラーズに向けて出発。
空港まで送ってくれた鈴木先生の、心配そ〜な、不安そ〜な顔が印象に残る。後日、「あのまま送り出して本当に大丈夫なのか、すごくおっかなかった」との証言をしてくれた。
7:45 ATLAS HOTELにチェックイン。荷ほどきもそこそこに、とりあえず街へ繰り出す。日差しが強い。でも、乾燥しているから木陰に入ればそれなりに涼しい。
イランで道をわたるときにはそれなりにテクニックと勇気が必要だ。
なぜなら横断歩道などという歩行者にやさしいものはないからだ。
とにかく車道に出る。 わんさかやってくるタクシーのお誘いを断りつつ、少しでも車間距離が長いことを認識したらとにかくわたる。躊躇は禁物。イランにおける交通ルールはただ一つ。
After me.
After you.(お先にどうぞ)なんて悠長なことを言っていたら、日がくれても道路一つわたれない。目的地にいつまでたっても着かない。これは戦いなのだ。
(ちなみに、1週間の滞在中私は一度も事故を見なかったけど、これは奇跡的らしい。帰りのフライトが一緒だった日本人妻は、3回も遭遇したうえ、そのうち一回は自分の乗っていたタクシーが事故ったらしい)
とりあえず、10分ほど歩いてイラン最大の叙情詩人、ハーフェズの廟にいく。ドイツの詩人ゲーテにも深く影響を与えたハーフェズとは「コーランの暗誦者」とともに「美しい声で詩句を朗誦する者」という意味がある。彼の詩は神秘的で奥深く、人生の深淵を表現している…らしい。だってペルシア語わからないんだもん。でも、イランの人々にはとても愛されているらしく、開いた詩集のページでその人の現状と未来を占ったりすることもポピュラーで、街のあちこちで「ハーフェズ占い」の子供やお兄さんがいる。
ハーフェズの廟に彼の詩集を置き、濡れた熱い目をしながら詩を口ずさむ女性がいた。彼女はしばらくそこから動かなかった。
「人の心をつかむもの」っていったいなんだろう。共感、シンパシーを感じて「異なる存在」なのに「一体感」を感じる感動?それとも、「未知なるもの」に対する好奇心とそれから受ける刺激?かたちや表現、それに対する自分自身の反応は異なっても、なんとなく、到達した先に存在するものは同じような気がする。
ハーフェズ廟にあるチャーイハーネ(喫茶店)で一休み。12歳くらいの男の子二人にナンパされる。この年で女性にお茶をおごる事を知っているとはすばらしい。末頼もしい少年たちである。
ハーフェズ廟からサアディ廟へ。この間はタクシーを利用する。
イランでのタクシーの乗り方は日本のそれとはまったく異なり、なれるまで戸惑うかもしれない。基本的には「乗合」で、客が乗っていても、行き先を告げる客と方向が同じなら、5人までがのれる。ということは…そう、助手席には二人も乗る。
けれど私は外国人ということもあって、乗合にならずに一人で占領(チャーター)という形になる事も多かった。そういう場合は、乗合の場合の4〜5倍はお金を取られる。しかもぼられた事も多々あった。(それでも、100円〜200円)
さて。今回のったタクシーのおっちゃんはしつこいくらいに「ペルセポリース?ナグシェ・ロスタム?」といってくる。私はガイドを雇おうと思っていたので、「ペルセポリスはもう行ったから行かない。」といったけど、英語は伝わらない。おっちゃんは「ホッテール?」とずっと言いつづけているので、つい宿泊先のホテルを教えてしまった。これがあとでちょっとしたトラブルの元になったのだが。。。
サアディー廟に到着。サアディといってもタイ料理屋とかではなく(しまった。つまらない。)、ハーフェズにつぐイランが誇る叙情詩人の廟である。一生をシーラーズで過ごしたハーフェズとは対照的に、サアディは30年間旅から旅を繰り返し、インドや北アフリカまでを放浪した。途中シリアで十字軍の捕虜になったり、波乱万丈な人生を送った。女性にも苦労したらしい。そりゃ詩もかきますね。
彼の廟もとても美しく、緑あふれる庭園を散歩していると、女子高生5人組にナンパされる。彼らはものすごくテンションが高くて、私が一言しゃべるたびに「きゃー♪」と大騒ぎ。私は小泉首相か?
でも、こういうシチュエイションに乗りやすい私は、いんちきペルシア語で笑いを取るべし、と決心。そしてあっという間に周りには人だかりができてしまった。そこは木陰ではなかったので容赦なく太陽は照りつづける。「暑いなあ」と汗をふくと、7歳くらいの男の子が食べかけのアイスを恵んでくれた。うーん。イランの男の子はよくママに教育されている。
サアディ廟には、地下に素敵なチャーイハーネ(喫茶店)がある。ひんやりと落ち着いていて、タイルの装飾がきれいで、サカナが泳ぐ水槽がある。しばらくそこで一休み。もうすぐお昼になる。
またタクシーに乗って今度は街の中心、ショハダー広場へ。はじめて「乗合」に出くわし、一種の感動。ドンドン客が降りていって、広場についたときは私一人になっていた。お金を払おうとするとタクシーの運ちゃんは「あなたは旅行者だからお金は要らないよ」といって去っていった。ココロなしか世界青年の船で友達になったカタールのカリファに似た面立ちの運ちゃんだ。ありがとう、カリファ。
ショハダー広場では、まず自宅まで国際電話をかけ、パールス美術館に行き、明日のペルセポリスのガイド手配を済ませ、店のほとんど開いていないバザールを探索した。バザールは、12:00-16:00ぐらいまでほとんどお店が開いていない。昼休みは長い。わたしもホテルに戻って、少し休もう。たとえ1週間の旅でも、真夏だから侮れない。疲れをためないようにしよう。
東京に戻っても忙しい。2週間後にはフジヤマに登り、その1週間後にはカンボジアに行くのだから。
|