イランレポート2001 by Minnie

 

7月16日 東京→テヘラン
7月17日 シーラーズ
7月18日 ペルセポリス
7月19日 シーラーズ最終日
7月20日 エスファハーン初日
7月21日 エスファハーン最終日
7月22日 テヘラン→東京

 

イランウェディングツアーへ

 

 

 

 

「Are you Japanese?」イマーム広場に入ってすぐ、突然声をかけられた。
今日はエスファハーン最終日。丸一日を、ずっと夢見てきたこの広場で過ごそうと思っていた矢先の出来事だった。ずいぶん若い男の子だ。

この旅行では、余計なトラブルを背負い込まないために、話し掛けたりするときにはできるだけ女性か家族連れの男性に限っていた。なのに、なぜか彼がイマーム広場のガイドをしてくれる事になり、私もそれを嬉しく思った。この気持ちの変化はどうしてかよくわからないけど、成り行きに任せてみよう。

彼の名前はフセイン。なんと18歳。

イマーム広場は、ユネスコの世界遺産に登録されている。17世紀には「エスファハーンは世界の半分」といわれるほどの栄華を極めたこの街を象徴するのがこの広場であり、あまりにも有名なイマームモスク、シェイフ・ロトゥフォラーモスク、そしてアーリー・ガープー宮殿がある。

そういえば高倉健主演のゴルゴ13で(ゴルゴだいすき♪)、この広場でドンパチシーンをやっていたな。しかもモスクの屋根のうえに登ったり、今考えれば世界遺産の上で余りにも乱暴な撮影ぶりだ。でもあれほど主人公が言葉をしゃべらない映画というのも。エンターテインメントとしては漫画が一番。

そんなことをフセインに説明しようとして、やっぱりやめた。ゴルゴの面白みをどんなに説明しても、理解してはもらえないだろう。異文化の哀しさを思い知る。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

イマームモスクの中は、まるで水族館のようだ。いや、自分が水族館の魚になった気分だ。深いブルーの空間の中は、外とは時間の流れが違う。

直線と曲線の調和。視線を変えると突然現れるメナーレ(尖塔)。光と影。場所によって変わる音響。何層も続くアーチ。言葉を失う美しさとはこのモスクのことだ。人間の手で、これほど美しいものを創造できるものなのだろうか。

「僕はエスファハーンで生まれて、毎日この広場にきているけれど、このモスクの美しさに飽きる事はないよ。毎日受ける印象が違うんだ。だから時間があるといつもここにきているんだ。」

フセインの言葉が遠いところから聞こえた気がした。「好きなだけここにいていいよ。僕は外で待っているから。」フセインが気を使って(?!)、呆けている私を一人にしてくれた。ありがとう。練れてるね、フセイン。いい男になるよ、きっと。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

夢にまで見たイマームモスクを出た後は、はた目にもわかるほど恍惚としていたらしい。フセインがサフランアイスを買ってきてくれた。

日が高くなるにつれて、温度も上昇してきたみたいだ。冷たさと甘さが体を元気づけてくれる。イラン人は男も女も若者も大人もアイスが大好き。私もだいすき。それだけでハッピー。

次はアーリー・ガープー宮殿。アッバース1世と2世が建築した宮殿で、当時としては高層建築の7階建てである。ブルーと黄色が美しく映えるイマームモスクを見た後で、ベージュに朱色のミニアチュールが落ち着いたたたずまいをみせるこの宮殿は、イスラム建築の持つ奥深さを感じ
させた。

各階ごとの美しい内装や趣を凝らした天井装飾は、もっともっと見ていたくてずっと上を向いてしまうから、首が痛くなってくる。各階ごとの中央にベッドが置いてあって、美しい天井を見ながらいつのまにか眠りにつけたら幸せだろうな…なんて考えた。王様はそういう楽しみをもっていたのかもしれないね。

バルコニーからはイマーム広場が一望できる。裏側からはエスファハーンの街を見下ろせる。かつてはその国の王様にしか許されなかった光景を、時代と場所を遠く離れた国に生まれた私が見つめている。その空白に存在するたくさんの国と海と人々たち。そうした記憶はどこに行くんだろう。

アーリー・ガープー宮殿の向かいにあるシェイフ・ロトゥフォラー・モスクへ。王族のためだけに建てられたモスクで、女性たちは宮殿から通じた地下道を通り、人目につくことなくこのモスクへきてお祈りをしたのだという。地下道を見ることはできないけど、このモスクの床にある明り取りの穴から、その存在を窺い知る事ができる。

このモスクもとても美しく、なぜか女性的な柔らかい印象を受けた。天井部分は、まるで孔雀が羽をひろげた瞬間のような美しさだ。

「できない!」突然叫んだ私にフセインが驚いて目を見開く。「こんなに美しいモスクや宮殿、私がどんなに写真を撮ったって、その美しさはきちんと表現できないよ。すごく悔しいよ、もっとうまく写真を撮れるようになりたい。」うまれて初めてゲージツ的な苦悩を抱えてしまった。

フセインいわく「なーんだ。そんなの、キレーイ、と思った時に撮ればいいんだよ。カメラかしてごらん」。彼が撮った写真は見事にぶれていた。これは、感動の余り手が震えたってことですかね、フセイン?

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

ランチは、フセインとフセインの彼女の3人で。彼女の名前はペルシア語で「雨」という意味を持つ。あまりに美しい女の子だったので(出会いはナンパらしい)、つい見とれてしまう。そして二人のラブラブっぷりに、お姉さんはあてられっぱなしだった。

フセインいわく「彼女はベールやチャドルを身につけててもとても美しいけれど、一番美しく見えるのはね、彼女の腰まである髪を、僕がうなじに手を入れてかきあげたときなんだ。」

フセインいわく「今、水不足で大変なんだ。みんな雨が降るのを待っている。でも、僕が彼女をほしい気持ちは(彼女の名前はペルシア語で「雨」という意味)、みんなが雨を願う気持ちの何倍も強いんだ。」

お姉さん、もう鼻血ブーしそう。

いやしかし、たとえ娯楽が少ないとはいえ、恋をする18歳の男の子のこのセリフって新鮮だった。相手を称え、求める気持ち。日本の若い世代と安易に比べたくはないけれど、イージーでインスタントな恋愛がオトナにもコドモにもはびこっている事は否めない。ちょっと、感動したんだよ、フセイン。

けど、これはないだろう。

フセインいわく「あちこちでさー、君の事『妻か?』って聞かれたんだよ。僕には彼女がいるのに。エスファハーンやテヘランでは日本人妻も結構いるから。でも僕の奥さんに見えても仕方ないよね、きみって幼いし。」

10も年上の女性に言う言葉?お〜ま〜え〜、ませすぎちゃうか?


私にだってときめきがなかったわけではない。年頃の娘が一人旅をしてるのだ。

フセインのおじさんの経営する絨毯屋さんに遊びに行ったときの事。フセインは彼女に電話をしにいき、店員のめちゃくちゃカッコいいお兄さんがお茶を運んできてくれた。イランで見た男の子で一番素敵だった。戻ってきたフセインが、彼を紹介してくれる。

名前はメハダッド。明日には帰るのに、こんな素敵な人に会うなんて。
神様ってほんとうにいじわる。

彼は口を開くなりこう言った。

「ミニー、日本の女の子って、みんな薄情なの?」

は?

「僕ね、留学にきていた日本人の女の子と結婚の約束していたんだ。一生懸命お金も貯めた。なのに彼女は、勉強が終わって日本に帰ったとたんにべつの男と結婚しちゃったんだ。どうして?僕にはなぜだかわからない」

そのあと、彼の切ない胸の内をしばらく聞くことになった。かなしげな横顔がなかなかよかった。かわいそうに。Some are, some are not, だよ、メハダッド。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

イランの人々はピクニックが大好きだ。娯楽が少ない事もあるのだろう、暑い日中はさすがに余り人がいないが、夕方から夜遅くにかけて気持ちのいい風が吹く頃には、芝生や広場のあちこちにシートを広げておしゃべりに興じている。その隙間を、子供たちが嬉しそうに駆け抜ける。

そして彼らは昼寝も好きだ。これは疑いようがない。町を歩いていると、よく公園の芝生などで人が倒れている。いわゆる日本人が想像する「公園で昼寝」スタイルで寝ているのではない。まるでその場で催眠剤をかがされたように倒れこんで寝ているのだ。気持ちいいんだろうな、きっと。私も眠るの大好きだけど、さすがに外国人女性が芝生で一人で倒れこんで眠っていたら奇異だろう、とあきらめることにした。

フセインとのディナーの約束まで時間がある。昼下がり、少し太陽も沈み始めた時間に、散歩をかねて街を歩いてみる。そうだ、9月にイランに来る友達が肌を隠せるマントーをほしがっていたっけ。よし、バザールにいくでござーる。

エスファハーンはシーラーズと比べると日本語使いが非常に多い。あちこちで日本語で話し掛けられる。「僕、カフェで待ってるからね。後できてね」というお誘いもあちこちから聞こえる。えーい、うるさい。わたしは買い物がしたいのだ。

でも、そんななかでも、自分に縁のあるものは自ら選び取ってしまうものだ。

バザールの入り口で日本語で話し掛けてきたナリマンには、いやな感じがしなかった。彼が友人とやっている絨毯屋さんに遊びに行ってみることにする。もしなにかあったら大声で叫ぼうとおもって、ちょっと深呼吸をしてみる。よし。大丈夫、浮かれすぎていない。ハッピー過ぎるときは、こんな疑う気持ちも少しはもっておくべきだ。

このNOMADという絨毯屋さんは、とくにトルコ近辺をバックパックで旅行する旅人には有名らしい。「ただでお茶を飲ませてくれる」といううわさが口コミで広がっているのだ。ナリマンと、友人のアリーと、しばらくおしゃべりをする。日本での暮らし。エスファハーンでの暮らし。エスファハーンに来る観光客とのやりとり。彼らが取り扱っているキリム絨毯のエピソード。

ゲストブックをぱらぱらとめくる。みんな楽しそうだ。楽しかった事、つらかった事、いろんな思いがかかれたゲストブック。彼らは日本語は話せても読めないといってた。読めなくても、捨てられないよね。あれ?この名前見覚えがある。

なんと、友人の名刺を発見してしまった。1996年に参加した世界青年の船という国際交流事業でいっしょだった「とこさん」の名刺だ。彼女がイランにきてたのは知っていたけれど、お互い忙しくてしばらく会っていなかった。

エスファハーンに何百軒、何千軒あるかもしれない絨毯屋さんで友人の足跡に出会う事。不思議なようだけれど、不思議な事ではない。世界船の友人の場合ならあってもおかしくないことだ。

下船して5年以上が過ぎた今でも、いまだにその出会いは広がりつづけている。友人の友人。そしてその友人。いったいいくつの出会いが私の世界を広げてくれているだろう。一言しか言葉を交わさない人、気のあわない人、すれ違うだけの人もいるなかで、仲の良い人、よくなれる人というのは、世界を大きな大樹にたとえるなら、一振りの枝のそのまた先の先の同じ枝につらなる葉っぱみたいなものなのかもしれない。

たとえ一度しか会えなくても、少ししか時間を共有できなかったとしても、いっしょに楽しい時間を共有できるってとても素敵なことだね。

今までいっしょに過ごした人たち、どうもありがとう。
今、いっしょにいてくれる人たち、どうもありがとう。
これからいっしょに過ごすだろう人たち、さきまわりしてありがとう。

だんだんうれしくなってきた。

フセインが待ってる。ピザをご馳走してくれるって言ってたっけ。
この旅行で出会った人たちにも、心からThanks a lot!!


Copyright (c) 2000-2002 BEEMANet  All Right Reserved.