イランレポート2001 by Minnie

 

7月16日 東京→テヘラン
7月17日 シーラーズ
7月18日 ペルセポリス
7月19日 シーラーズ最終日
7月20日 エスファハーン初日
7月21日 エスファハーン最終日
7月22日 テヘラン→東京

 

イランウェディングツアーへ

 

 

 

 

 

目がさめる。カーテンをあけて中庭を望む。今日も暑くなりそうだ。
昨日遅くまでお茶を楽しんでいた、あんなにたくさんの人たち、給仕していた人たち、いったいどこへ行ったんだろう。眠っている間にも世界が動いているという事、小さいときには信じられなかった。夜中に目がさめると世界に自分が1人きりでいるような気がしてとても怖かった、そんなことを思い出す。今、目の前にはまぶしい日差しと噴水、枯れかけたバラを手入れする庭師がいる。私が眠っていても起きていても関係なく始まる個々のもっている秩序がある。世界中にそれがあることを知っている今は、夜中に目がさめてももう怖くない。

ホテルのチェックアウトを済ませ、テヘランへ出発するために空港へと向かう。
「マダム」といわれるこそばゆさにもすっかりなれたのに、もう最終日。

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テヘランでは、鈴木先生が迎えにきてくれていた。まずは先生のおうちへ。
荷物を置いてほっと一息つく。話したい事は山ほどある。モスタファとのやりとり、土産物屋でぼられた事、などなど。

「で、お土産は何を買ったの?」 

いくつかあげるお土産の数々に、"キリム絨毯"という単語が入ると、先生の目が光った。

「見たい!」

「見せられません」

「見たい!」

「ダメです」

なぜならトランクのかぎを中にいれたままロックしてしまったのだ。がびーん。

先生は「ふーん」とうなって数秒動きを止めると、部屋の奥でなにやらごそごそとしている。戻ってくると、右手にはピンが1本。

「たぶんね、これであくはずだよ。…ほらね」

鈴木先生!質問です。前職はいったいなんだったんですか?(半分本気)
無傷でトランク開けていただいて感謝しています。ほんとほんと♪

この絨毯を買ったおかげで、手持ちのお金はあと数ドルになってしまったけど、先生にも大家の奥さんにも誉めてもらい、うれしさにほくほくする。にーん。

食後、テヘランの街へ。シーラーズ、イスファハーンと回ったけれど、やはりここは大都会なんだな、とあらためて感心する。何千年前から、文明の交錯路として栄えてきたテヘラン。そしてそんな街で、あちこちから「スズキ!」と声をかけられながら歩く鈴木先生。かっこいいです。ほれちゃいます。


博物館の博物館、といってもいいほど、テヘランには規模、種類もさまざまな博物館が存在する。有名なのは宝石博物館だけれども、あいにくこの日は空いていなかったので、陶器とガラスの博物館に行ってみた。

以前、文化催事・販売催事などの企画をしていた事があるので、この美術館にはほんとうに魅せられた。建物自体がイスラム建築とアールヌーボーが見事に調和したすばらしいものなのだけれど、作品の展示方法が面白い。空間自体がアート、という感じ。日本の博物館、美術館、展覧会などのディスプレイのそっけなさは、犯罪的だ。お金をかければいい作品を展示することはできるけど、より美しく見せてあげる方法をもっと考えないとね。

展示物自体も魅力的だった。シルクロードの存在を視覚から感じられる。どことなく中国的な陶磁器、日本の正倉院に収められている国宝のガラス器と同じデザインのもの。そして涙つぼの美しい流線形。

「ヒヤシラーメン」

とつぜん、こんな言葉が聞こえてくる。私のしらないペルシャ語だろうか。

「食べたいよな、こんな器で。」

鈴木先生だった。 

かと思うと、日本に運ばれたならこれまた国宝になっただろう絵付器を前に

「絶対この絵は失敗作だよね。描いた人も『しまったー、でもまあいいや』とかいってそのまま焼いたりしたんだよ」

…先生、イランの専門家がそんなこといっていいの?しまいには、二人して

「うわー、この絵の女の人、ブッサイクー!!」

なんて大笑い。館内にいた職員の人たちには、わっかんないだろうな、この面白さ。


鈴木先生、シェアできた時間は短かったけれど、すごく楽しかったです。東京に戻っていらしたら、また遊んでくださいね。いろいろとこの旅をサポートしてくださって、ありがとうございました。

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空港にはたくさんのイラン人男性と、日本人女性のカップルがいて、それぞれがそれぞれの別れをかなしんでいた。当然の事だけど、愛し合っている人と離れていることは悲しい。微笑みあえる距離、触れ合える距離にいないこと、それはお互いの現在を知らない、ということに等しいからだ。

イランでは、当然だけど、愛しいからといって人前ではチューもできない。

体格の良いヒゲ男が目に涙を浮かべながら、彼女が視界から消えていくのをじーっと見つめていた。当事者ではない私は、

「なかなかいい光景じゃないか」

なんて思っていた、のもつかの間、出国カードをなくしている事に気がついた。涙をこらえていたヒゲオくんは、私の異変に気づくと、すぐにイミグレにいき、必要な手続きを全部とってくれた。ありがとう、ヒゲオくん。

でも、なんだか困ってしまった。ヒゲオくんの悲しみがうつってしまったようなのだ。

同じなの。ヒゲオくんのように特定の誰か、ではないけれど、私はこの旅でおきたすべての事、出会った人たち、風景が忘れられない。きっとこれからもずっとかみしめるように思い出す。2度と同じ時間は繰り返せないのに、奇跡が起きてほしいとおもってる。次にイランに来たときには、きっとこの国はまた違う顔を見せてくれるだろう。でももう一度、この旅行をしてみたい。

日本に帰って「イランはどうだった?」と聞かれたら、私はこう答えるだろう。

「うん、恋に落ちちゃったみたい」


イランレポート・完


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