序章 ―相撲の歴史研究の意義と本研究の意図―
ここ十数年、相撲をめぐる議論は実ににぎやかである。いわく、 「二子山部屋に強豪力士が偏っている現状は、他の部屋の力士たちにとって実に不公平である。同じ部屋の者が当たらない現在の制度を即刻改め、個人別総当り制を導入せよ」
「相撲はただのスポーツではなく、国技であり、日本文化の象徴である。西洋スポーツの考え方をそのまま取り入れるのは間違っている」 「大相撲は海外巡業を行っているし、海外の相撲の競技人口も年々増加しているはずだ。それなのになぜ外国人力士である小錦は横綱になれなかったのか」
「一時期、大相撲は張り手などが流行し、まるでボクシングのようであった。江戸以来の正統な相撲は、本来そのようなものではないはずだ」 「最近のマスコミは、相撲をスポーツの一つとして、勝利至上主義的な捉え方をしがちだが、相撲道というのは本来そのようなものではない」
「体重200キロを超える大型力士と、100キロにも満たない小兵力士の取組は、不公平ではないのか。巨体を生かしての大関昇進には何の意味もない」
「女性を土俵にあげないのは女性差別だなどという人がいるが、そのような人は相撲の長い伝統と文化になんの敬意も払わない人である」 ・・・・・などなど。
これらの議論を注意深く聞いていると、それらの一つ一つの主張にはなんら間違いはなく、それぞれの言い分はもっともらしく聞こえる。 しかし、それらはお互いに相反したり衝突したりしているのだ。
相撲に関する言論状況がこのように複雑な理由は、相撲そのものが複雑な存在であり、それにも増して現在の相撲が複雑な状況に置かれているからに他ならない。
「相撲は日本文化である」ことに異論をはさむ人は少ないであろう。「相撲はスポーツである」ことに対しては、前の命題よりは反対する人は多いかもしれないが、おおむね納得される場合が多いのではないかと思う。
しかし、「相撲はスポーツだから柔道のように体重制を導入すべき」となったとき、賛成と同じくらいの反対意見が出てくることは想像に難くない。
なぜこのようなことが起こるのだろうか? それは、先に述べたように、相撲そのものが複雑なものだからである。そして、それよりも大きな理由が、相撲と、それをとりまく状況に対する正しい理解が意外となされていないからだ。
私も含めて、多くの人々が、「相撲をわかった気になって」いるが、相撲はそれほどすぐ理解できるほど簡単なものではない。日本の身体文化の中で最も理解しがたく、かつ奥深いものでないかと私は考えている。
しかし、そんなに複雑だからと言って、「相撲は難しいものだからね」とため息をつきながら、上にあげたような議論を投げ出すようなニヒリスティックな態度に出ることは、もっとも無意味なことであろう。
少しでも相撲を愛する、または少しでも日本文化を愛する日本人は、相撲の面白さ、美しさを愛でると同時に、その行く末を考え、今の社会とこれからの社会にあった相撲の姿を考えていかなければならない。それは、自分たちのためでもあると同時に、これから日本人として生まれてくる人たちや、相撲に興味をもってくれる海外の人たちのためでもある。
相撲と、それをとりまく状況(社会)への正しい理解。相撲の行く末を考える上で当面最も必要なものは、これであろう。そしてそのためには、私たちは歴史をひもといてみなければならないのである。
私たちは、なぜ学校で歴史を勉強するのか? それは、「行く末を考えるためには来し方を知らなければならない」からである。
相撲においても同じことが言える。現在の相撲を理解し、相撲の理想的な未来像を描くには、相撲の歴史を知らなければならない。相撲はどのように起こり、どのように発展して現在に至るのか。また、相撲の発展に影響を与えた要素は何か。それらは相撲のどのような性質にどのように影響を与えたのか。相撲はその時々の社会でどのように受け入れられていたのか。その時々の人々は相撲に対してどのような考えをもっていたのか。
これらを正しく知り、自分で整理することによってはじめて、今目の前にある相撲が見え、相撲のこれからを考える手がかりが得られるのだ。
相撲の歴史研究の意義は、ここにある。
相撲の歴史研究は、一部の相撲ファンによって熱心に進められているが、それらは多くの場合力士や番付、相撲部屋の歴史、すなわち「大相撲の歴史」であって、「相撲の歴史」そのものではない。(1)
本研究は、「大相撲の歴史」ではなく、相撲と呼ばれるものが起こり、社会の中でその姿をすこしづつ変化させながら現在に至るまでの、全体的な歴史に関する研究の一つとなることを志向している。ここで描かれる相撲の歴史は、様々な文化的存在形態をとりながら揺れ動く、言わば文化的カテゴリーの間の綱渡りの連続となっている。
相撲は、宗教的儀礼、武術、芸能、スポーツ、そしてそれらが混じり合ってできたものの間を揺れ動き、現在に至っているのである。
本研究にあたっては、特に以下の点に留意した。
・基本的に、日本の相撲とそれをとりまく日本社会のみを対象とすること。
・大相撲史、番付・土俵・装束などの文化様式研究、格闘技としての技術の研究、力士列伝的な人物主体の研究ではなく、日本の社会の中で、「相撲」と呼ばれるものがどのように生成され(同一性を獲得し)、社会構造の変化に伴ってどのように変容したか、に常に着目すること。
・単なる歴史的事実の列挙にとどまるのではなく、相撲が社会的にどのような意味を持ち、人々にどのように認識されていたかに力点をおくこと。
本文は時代区分に従って全部で五章に分かれているが、それはあくまでも便宜的な枠組みであって、それらはあくまで連続した一つの歴史である。
本研究が、相撲の行く末を考える際の、ちょっとした手がかりの一つになれば幸いである。
註
(1)新田一郎氏がこの点に関して、相撲のトータルな歴史研究の必要性を力説している。新田 [1994]、3〜10頁を参照のこと。
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