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Essay    ugの海

 
2000年
裸の王様

2000年

不思議なことに25才になって2ヶ月と少しが過ぎた。

幼い頃、1999年と2000年は憧れの年だった。
計算するとそれは僕が24、25になる年で、とてつもなく未来の話に思えた。ノストラダムスを少なからず信じていたので、僕の人生は24年で幕を閉じるかもしれなかった。遠い未来に思いを馳せ、自分が何をしているのか、あれやこれやと想像してみたものだった。

幼稚園に通っていた頃の僕の中には、色彩りどりの蝶々、格好良いクワガタやカブトムシを求めて憧れのアマゾンのジャングルを探検する自分がいた。

小学校の頃の僕の中には、不思議な海の生き物を求めて船で珊瑚礁の島々を転々としながらダイビングや素潜り、釣りをする自分がいた。

中学の頃は、クラブと勉強に忙しい日々であったが、その頃ですら1999年と2000年は、まだ遙か遠い空の向こうにあり、どんなに夢を思い描こうが、結局のところ自分がどうなっているのかなんて考えもつかなかった。

大学に入学し、晴れて自由の身になった僕は、憧れの海外一人旅をするようになった。未知の世界を文章や映像からではなく自分の体で感じるのは全くもって最高で、いつもいつも僕を興奮させ、夢中にさせた。
それまで世界地図で表すと点にもならないようなちっぽけな場所で、ちっぽけなことでくよくよと悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

   すっと頭の中の風通しがよくなったような快感

小さかった自分が抱いていた大きく熱い夢が一つかなった時だ。

今、僕は25才。憧れだった2000年の真っただ中を生きている。
水中眼鏡をつけて珊瑚礁の海の中を覗くような謎と興奮に満ち満ちていたはずの2000年をどう生きているのか。  
かつて僕の中には幾つもの2000年像があった。
珠玉の年を、かつての憧れにふさわしく生きているか。
かつて思い描いていた僕に近づいている自分と、遠ざかっていく自分がいる。
2000年は後半分だが、2000年だけが特別じゃない。

いつだってワクワクしていよう。


裸の王様

 小さい頃から海が好きだった。海外へは、泳げる時期で海に接した国以外は行ったことがない。波間に揺られて雲一つない青空に吸い込まれる感覚、素潜りやスキューバ・ダイビングで様々な地域の様々な海の生き物に夢中になる時間、波打ち際で足の裏に心地よい水の冷たさを感じながら水平線に沈む夕日を見る最高の一時。その時々、場所でたくさんの思い出が頭の中をよぎる。頭どころか、体の感覚が残ってる時場合さえある。しかし、ダイビングのようにめくるめく興奮が繰り返される場合を除き、浜辺でゴロゴロしては泳ぐという毎日を3日も繰り返すとだんだんと飽きてきてしまう。贅沢なことを言うようであるが、これは本当のことなのだ。

 確かに、目の前には世界で一番好きな色に染まった海原が果てしなく向こうまで広がり、水平線ですかっと気持ちよく切れていて、都会暮らしをしてた自分が一番欲しかったものには違いないのに、段々とその風景を前にして何もできない自分に気づく。たしかに綺麗だ最高だ、でも自分にはどうすることもできない。感動して絵や音楽、文章に還元してもいいが、前者についてはその場で満足のいく結果を出せるわけではない。何か何かその場で手に入る達成感が欲しいと思うようになった。

 山好きは、そこに山があるから登る。では、海好きは、そこに海があるからどうするんだろう?泳げばいいのか??それではあまり達成感がない。では、達成感を得る方法はないだろうか?サーフィン、フリーダイビング等、色々と考えてみたが、どれも僕にとって現実的ではなかった。

 3年前の年明けすぐの頃、答は偶然見つかった。春休みの旅行先を決めかねて、友人の家で手にした某ガイドブックを開いた時だった。地図にはバリ島の東隣にあるロンボク島の北西に連なる3つの島々が載っていた。一番小さな『Gili Meno』という島で周囲6〜8・、入り江等複雑な地形はなく、大まかに長方形に近似できた。理想的な形のうえ距離も短すぎず長すぎず手頃だ。俺の探していた答はこれだったのか!

 泳いで一周しよう!

 遊び心に火がついた。旅に出る動機が見つかった。そこに山があるから登るなら、そこに島があるから泳いで一周だ!なんだかわけがわからないが、その時、それが自分にとって一番納得のいく答だった。完璧だった。ヤシの木が一本だけ立ってる空想上の自分だけの島よりは遙かに大きいが、自己完結的王様願望を満たすには手頃な試練が待ち受けていることだろう。楽しみだ。

 1998年3月20日、曇天。午前10時、Gili Meno東岸中央部の砂浜から北へ 向かって泳ぎ始めた。 

 

 泳いで島を一周する…なんともワクワクする思いつきだった。ずっと探していた何かを見つけたような、ずっと輪郭がぼやけていたものがはっきり見えたような感覚だった。泳ぎに問題はなかったが、3ケ月前からプールで体力をつけておき、目的の島に備えた。

 旅行の日程の関係で、隣の島に滞在し、『Gili Meno』へは、日帰りで行くことに決めていた。午前10:30に島の東岸中央部に到着し、夕方16:30に帰りのボートが迎えに来る。一周に向けての出発時刻を11時に定め、余裕を持って16時までの5時間で全長5qの島を一周する。

 プールでならば数字のうえで全くたいしたことがない。ただし、初めての試みであるうえ、場所は海、何が起こるかわからない。サメが出たら厄介だ。何より全行程を楽しみたかった。 所持品はシュノーケル、水中眼鏡、フィン、ダイビングブーツ、そして往復のボート代を硬貨で。水着は最初から着て行き、上半身はクラゲと日焼け防止のための長袖を着た。

 準備運動をすませ、島の東沿いを北上開始。北岸までの約1qは潮流が進行方向と逆向きだったせいか、なかなか進まず、やたらと時間がかかってしまった。時間を気にして余裕がなく、全然楽しめていない。
 さらに、北岸に近付くにつれて海の様相は一変する。波がひどくなり、水深が浅く、クロールで水をかいても前に進まない。水中は濁り、周りが見えない。波にたたきつけられて海水を何度も飲んでしま
った。

 こりゃいかん!せっかくの、せっかくの泳いで島一周は、何と!断念せざるをえなかった。なんてこった!この話はこれで終わりか?Bad End なのか??例え泳いで一周できずとも歩きも組み合わせて一周してやる!
 同じ一周でも遥かに価値を下げ、敗者復活戦に臨む主人公であった。
 「あ?あ…」。失意の溜息をつきつつ岸に上がると、それまで見えなかった景色が一気に押し寄せてきた。島の緑、白く輝く海岸、鋭く切れた水平線。自分を包む世界の中で音を発するのは砕ける波だけ…。
 今度は、感動を持て余して、何度も溜息をついてしまった…。空が恐いくらいに青い。濃青というより黒に近い青。押しつぶされそうなほどの青色と噎せ返るほどの熱気にクラクラした。
 太陽の光は、目に入るもの全てを浮き立たせ、その像を心に焼きつける。心で物を見させようとする。美しさを飛び越えて恐くなり、独り、島と空の狭間で呆然としていた。

 浜辺に打ち上がった珊瑚の破片や貝殻のガレキの上をザクザクと歩いていくと、時々、オカヤドカリが体を殻の中にひっこめてコロコロと転がっていく。 綺麗な貝殻を探して浜辺を歩き、周りを見渡しては波音だけの世界に身を任せた。

 開発の手があまり加わっていない珊瑚礁の海岸で砂を取り、それを生物由来と鉱物由来とに分けるとどうなるか知っているだろうか? 驚いたことに、その9割以上がサンゴ、貝、ウニ、星砂(星砂は有孔虫という原生動物の仲間)等の殻の破片でできており、純粋な鉱物を見つけるのはとても難しい。
 サンゴ礁の島々は生物でできた巨大な構造物なのだ。

 砂浜で砕けた波が一番高くまで上って一条の線を成す所には、数oサイズの微小な貝殻が無数に打ち上がっており、目を凝らすと自然の造形美が見えてくる。ほとんどの人が気付かずにその上を歩いているのは勿体無い。
 なお、砂浜なら全て上記のように微小な貝が打ち上がっているわけではないことを付け加えておく。綺麗な貝殻が打ち上がるような健全な砂浜は世界中から消えつつあるのだ。

 広い海を見て、もっと広い空を見て、足下には無数の小宇宙…。そのまま寝転がりたくなる衝動を抑えて、西岸へと向かう足を速めた。

 

Gili Meno 北西岸、午後1時半。インドネシアの小島を泳いで一周しようと日本を飛び立ち、波と潮流にもろくも野望を打ち崩された裸の王様は、半ば野人と化し、ちょうど全行程の半分にさしかかっていた。

北岸の波には参ったが、西岸からまた泳ぐべくフィンを取りつけ、水中眼鏡を装着、シュノーケルを口にくわえた。しばらくは、青い空と心地よい風ともお別れだ。

海底から足を離し、浮力に身を任せて手をかき始める。西岸は東岸と違って浅瀬が遠くまで続いていた。当然、海底の様相も違い、アマモと呼ばれる海草(うみくさ)の仲間が一面に生え、潮の動きにあわせて揺らめいている。アマモは、コンブやワカメ等いわゆる海藻とは全く別の植物であり、海の中で花を咲かせる。別名としてリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ(竜宮の乙姫の元結の切り外し)という優雅にしてとんでもなく長い名前も持つ。

アマモが密に生えている所では、まるで夏の田んぼの上を風が通り抜けていくように緑の絨毯が波打っている。時々、小魚の群れがアマモの間から、わっと湧くように現れては消える。アナジャコというエビ型の動物が素穴から顔を覗かせる。アマモ場は、多くの生き物の子供にとって重要な生育場となっている。水産上重要な魚介類もここで育つことを漁師や地元の人々は経験的に知っていたが、重要視されるようになったのは最近のことである。ジュゴンが食べるのもこの植物だ。
目を凝らせば葉上にはたくさんの小型生物が暮らしている。『クサイロカノコ』と呼ばれる丸い小さな貝などは、薄緑色の貝殻に白色の模様がちりばめられていて凄すぎる。食べているものの色が、貝殻の色になっているのだ。

浅すぎてなかなか進まなかったが、なんとか約1.5kmを泳ぎ切って南岸にさしかかった。ここまでは順調だった。しかし、予想通り南岸の波はひどかった。潮流もきつく、北岸同様泳ぐことをあきらめることにした。

よたよたと浜辺に上がり、改めて黒いほどに濃い空と緑と、クラクラするほどの太陽光線を浴びて、大気を体中に充満させた。時計を見ると少し余裕があった。その場に寝転び、視界を空でいっぱいにした。当たり前だけどやっぱり青い。とにかく青い。世界で一番好きな色に溶けてしまいたい気持ちになる。
島の王様にはなれなかったけど、また次があるさ。

起き上がって遠くの別の島を眺め、「次はあの島かなぁ...」と独り言を言い、ひからびたヤシの実を蹴りながら帰りのボートが待つ東岸へと向かった...。

今回までの三回、3年前にバリの隣のロンボク島の北岸にある小島「Gili Meno」を泳ぎと歩きで一周した時の話を書いてみた。
島を泳いで一周する、というのは、なんともワクワクする思いつきだった。
我ながら最高のつもりだったが、世の中には勿論同じことを考える人がいる。

昨年、石垣島から船で30分の黒島に行った時に、過去に黒島を泳いで一周したことのある3人のうちの一人と出会った。黒島の大きさはGili Menoの倍以上。一周約13km。朝6時にスタートし、正午に島を挟んで出発点の反対側で友人と待ち合わせ。おにぎりと麦茶を受け取り、食べながら背泳ぎ。日が暮れる頃には出発点に戻ったというのだ。1km当たり1時間というのは難しい数字ではないが、波とか潮流はどうだったんだろう?ほんまかいな??

Gili Menoや黒島ほどではないが、今年の夏は横須賀沖の猿島を泳いで一周した。島の全景図を見た途端、一人ワクワクしていた。視界が悪いのなんてお構いなし。クラゲを掻き分けるのは厄介だったし、距離にもあんまり納得がいかなかったけど、純粋に泳いで一周するのは初めてだったので格別だった。

次はどの島にしようか...。島が載っている地図を見ると、一周できそうかどうか考えてほくそ笑むようになってしまった!