白鳳丸航海記

(注)このページにはかなりマニアックなコンテンツが含まれております。ただし、かなり面白い!エキサイティング!

もくじ

0. 緒言/出港前夜
1. 出港/pre first point
2. 船上作業
3. 千島海溝付近水深500m
4. 千島海溝付近水深1000m、2000m/海綿動物/発見二連発
5. 千島海溝付近水深3000m/ナマコいろいろ/深海、ただ深いだけではない
6. 千島海溝周縁部水深5600m/深海と南極、北極
7. 千島海溝水深7200m/海溝の現実
8. 三陸沖水深500m、1000m/ブンブクとは/ウニ(Echinoidea)/ウニを食う/フクロウニ/ブンブク、カシパン、タコノマクラ
9. 三陸沖水深2000m お化けナマコの夜/マナマコ
10. 三陸沖水深3250m/軟体動物/タコを食う
11. 休日
12. 船での生活
13. 日本海溝縁辺部水深4800m/棘皮動物との出会い/棘皮動物/ナマコが深海底で優先している理由(個人的意見)
14. 日本海溝縁辺部。水深5500m
15. 日本海溝 水深7500m
16. 下船
17. 航海を終えて


0.

緒言

 人類が地球を飛び立って月に一歩をしるし、人工衛星が飛び交い、宇宙ステーションが建設されようとしている現在になっても、地球上には人類が到達しえぬ場所がある。それが、深海底である。人は宇宙服を着て宇宙空間での活動を可能にしたが、水深1万mの海底での船外活動はいまだ不可能である。“水惑星”と呼ばれる地球上の約70%が海で残りの30%が陸地であることはよく知られているが、その海の75%は水深1000m以深の広大な暗黒の世界で成り立っていることはあまり知られていない。海の平均水深が約3700mであることを考えると、海底にはまだまだ多くの謎が隠されていると言える。

 人類は、月で宇宙人に遭うことはできなかったが、深海底には多くの摩訶不思議な生き物がいることを知るようにはなった。人とは何か、生物とは何か、生物は共通してDNAという遺伝情報を持つが、何故にこんなにも多様なのか(現在、全世界には1000万種類以上の生物がいると言われている)。それを知る為には、浅海や陸地だけを見ているだけでは不充分である。先進各国は巨大な調査船や潜水艇を建造し、この広大なフィールドに挑戦している(深海研究は生物の事以外にも多くの興味深いテーマを含んでいる)。そして、日本が世界に誇る調査船の一つが、今回乗ることになった『白鳳丸』である。

 

出港前夜

 明日の昼には出港かと思うとワクワクして眠れない。ジャケットをはおり、外出して寒風の中を港から白鳳丸を臨んだ。全長100mの真っ白な船体がライトアップされていて雄大で美しい。「船」という言葉を女性形で使うのがよくわかる気がする。海に落ちないように注意して岸壁から身を乗り出し、船体にそっと触れてみた。学部の2回生の時にその存在を知って以来、ずっと乗りたかった船だ。日本には南極へも行けるような巨大調査船が幾つかあり、そのうちの一つの白鳳丸は学生でも乗船できる、というのだ。珊瑚礁研究や深海生物の研究に憧れはあったものの、当時の自分はそういう方向に進む為にはどうすればいいのかさっぱりわからなかった。しかし、今やこうして自分の研究との関連で乗船できるようになったのは本当に嬉しい。

 今回、フィールドとなるのは千島海溝と日本海溝だ。日本海溝の生物相調査は、古くは1870年代にイギリスのChallenger号が行って以来、魚や甲殻類、軟体動物、ウニやナマコに関しては幾つかの研究が行われているため、幾分予備知識を持ってはいた。が、その他の生物に関してはほとんど誰も調べていない(と言うより標本が手に入らないので調べようがない)。今回一緒に乗船する北大の先輩から、等脚類というダンゴムシやフナムシのグループに関するChallenger号航海当時の論文を見せてもらったが、想像を絶するような形のものが数多く記載されていた。

 明日からの3週間ちょっと、どんな船旅になりどんな発見があるのだろう。今までの思いを白鳳丸に伝え、船体から手を離し部屋に戻った。

 


1.

出港

 2001年9月14日午後2時、遂に白鳳丸が函館を後にした。船のスピードが速く、函館山がどんどん遠くに離れていく。天候は曇り、青空ですかっとしたいところ。

 出港してすぐに広い甲板で各種研究用器材の組み立てに入る。僕に関係するもので一番大きいのはビームトロールという大きな底引き網である。間口の幅が4mの鉄枠でできており、そこから続く網の長さは10m以上ある。学生や先生総出で鉄枠の部分を運び、大きなネジでそれぞれの部品を組み立てる。出来上がった鉄枠に網をしっかりと結び付けて外れないようにする。こいつを実際に海に放り込む時には太いワイヤーをくっつけて巨大なクレーンで釣り下げ、ウィンチという巨大なリールのような器械で海底に下ろす。上げる時はその逆の手順。こんな大きな物を使って調査ができるのも白鳳丸ならでは。

 器材の組み立ての次は各研究室の設置。学生も先生も一人一人机を貰い、各自必要な準備する。僕は後輩との協同作業になるのだが、広い机を二つ使うことになった。

 顕微鏡を2台設置し、薬品や器具を広げる。他には参考文献として過去に出された幾つかの論文も持って来たが、役に立つかどうかは非常に怪しい。何せ僕が調べている海綿動物(いずれ詳しく紹介したい)については、千島海溝のものについては1900年代前半の旧ソ連の研究者によるロシア語の文献一冊のみ、日本海溝のものについては前述したChallenger号航海時のもののみ。これらの文献に今回の調査で取れるであろうものが全て記載されているとは考えられない。後半日もすると、この上に取れたサンプルが並ぶわけである。

 研究室の設置が終わった頃にはもう周りの景色から陸地が消えていた。

 

pre first point

 一つ目のポイントに到着。外気温は13.7℃。研究班は底性生物、底泥、深海カメラ、プランクトン、海底圧力等幾つかに分かれており、全体の調査予定表が48時間毎に配られる。前線や台風の接近時には、これがもっと短い時間で更新され号外として配られることもある。実際の調査が始まる今日15日の予定はなかなか大変そうだ。今から一時間後の午前4時から16日午前1時までの間、水深500、1000、2000mでの調査予定が密に組まれている。その間、船上を忙しく駆け回り、採集した生物の生きている時の情報をできる限り記録し(写真撮影や、各種顕微鏡標本用の薬品に漬ける作業、DNA抽出用標本の作成等々)、合間の短い時間で食事を取る。本当は、作業の始まるギリギリの時間まで体を休めていなければならないのだが、3時間程しか眠れなかった。眠いけど早く甲板に出たい。


2.

 15日から昨日まで、随分と忙しい毎日だった。水深500m、1000m、2000m、3000m、3800mの地点での採集。昼間の間だけ調査が組まれているわけではない。午前0時に投入したビームトロールが早朝5時に上がってくる、とか、午後10時投入、深夜2時に上がってくるとか、朝も夜も関係ない。いつ寝るかというと、次の採集地点に向かうまでのわずかな間とか、トロールを投入してから上がってくるまでとか?、睡眠は2、3時間を数回。採集地点の水深が深くなるにつれてトロールを投入してから上がってくるまでの時間が長くなり、睡眠時間も長くできる?。そんなこんなで体調を崩しかけたこともあったが、今日は夕方まで別の研究計画が入っているためそれまで休み。収穫物が面白い!

 

船上作業

 単純に調査だ、採集だと言うけれど、実際にはどんな事をやっているのか少し紹介してみたい。甲板での服装は原則として決まっている。上下カッパ、長靴で完全防水。その上から海に落ちた時の為に救命胴衣を羽織る。頭にはヘルメット、手には軍手かゴム製の手袋。

 収穫物を詰め込んだビームトロールが水面に間口を見せると、それまで一本で支えていたワイヤーを何本かに増やし、数ケ所に新たに結び付ける。そうしないとだいたいは重過ぎて上がってこない。トロールを甲板に上げる時が最も危険を伴う。重過ぎてワイヤーが切れたりすると、数トンの力がかかった鉄製の鞭が飛んでくる事になる。そんな物が当たったら腕が簡単に吹っ飛ぶ。クレーンの操作をやってくれる船員さんが一番ピリピリする時だ。

 トロールが甲板に上がると、底の浅いコンテナを幾つも出し、網の中身をどんどん入れていく。魚やヒトデ、ナマコ等、目につくものはこの時に取り分けるが、生き物だけが入っていることはほとんどなく、大量の泥を伴っていることが多い。泥の中に生物が混じっているため、捨てるわけにはいかない。泥だらけになってコンテナに泥を入れていく。深い所の泥は冷たく、手が痺れてくる。

 泥を出し終わると、今度は洗い出しの作業に移る。目の細かい篩で泥を少しずつふるっていく。珍しいものが姿を現わし、歓声が上がる時でもある(出てくるものによって歓声を上げる人が違う。イソギンチャクの研究者は珍しいイソギンチャクに歓声を上げ、甲殻類の研究者は甲殻類に歓声を上げる。僕はどれも珍しいので喜びっぱなし)。

 この時に2、3cm以上の中型の生き物を取り分けてしまい、残り物を研究室に持ち帰る。ここからは、手分けしてピンセットを使って肉眼で見えるものをとにかく取る。それぞれが自分のバットを持ち、その上に生き物をグループごとに分けていく。ナマコ、ヒトデ、クモヒトデ、貝、ゴカイ、エビ、イソギンチャク、小さい甲殻類等々?。紛らわしいのもいるので見分ける力が必要。

 研究している動物によっては、ここからさらに、10?50倍の顕微鏡を使って取り分け作業を行う人もいる。なかなか大変だけれど、本人達にとっては楽しい時間だそうだ。揺れる船でやるから酔ってなんかいられない。

 ここまでして、やっとお目当ての生物がそれぞれの手許に来るのだが、この後の作業が生物によって実に様々。エビやカニ、貝のように外見だけで種が識別できるものもいれば、ナマコやホヤのように解剖する必要がある生物もいる。イソギンチャクは結構複雑なプロセスが必要だと聞いた。僕が調べている海綿だと、外見ではまずわからないと言っていい。体の一部を薄く切ってそれを観察したり、硝酸で溶かして小さなガラス質の骨を調べたりする。船内に持ち込んだ顕微鏡では詳細な観察ができないので、東京に持ち帰り、電子顕微鏡を用いた2千?2万倍での観察が必要だろう。

DNAを抽出するには99%以上のエタノールに漬ける必要がある。

 今回の調査とは全く関係がないけれど、哺乳類だと巨大な浴槽で何時間も煮て、骨を洗い出す作業をするというのもある(勿論、既に死んでいる個体を用いて)。

 生物だ、動物だ、と言っても大きさは様々だし、生活史が違うし、体の構造も違うので取るべき研究の手法も変わってくる。船に乗って、他の学生や研究者の人達とこういう議論をするのも凄く楽しい時間だ。

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北緯42度17分、東経144度33分、航行中。

天候曇り。気温16℃。水温13.1℃。


3.

 薄曇りながら天候晴れ。

 僕にとっては東京で台風15号の影響が出始めて以来の晴れ間だからいったい何日ぶりだろう。海の上にいて晴れと曇りではもう全然違う。嬉し過ぎて甲板に飛び出すと、ここ数日切望していたものが目の前に広がっている。

 水平線がくっきり見える。高い所に上ってぼ?っと眺める。波間に煌めく光を辿って水平線まで目を移すと太陽の光で大通りができていた。水平線の辺りは銀色にめいっぱい輝き、今まで行った色々な海が思い出されて息が詰まった。

 そのまま光の道を突っ走って水平線のその先へ大きく跳んでやろうという気になった。

 

千島海溝付近水深500m

 9月15日早朝。今回の調査最初のポイントで網が上がり始めた。波はほとんどなく、海面は気持ちよいほど滑らか。ゼリーの表面みたい。網は上がり始めたのはいいものの海から上がってこない。重過ぎるらしい。クレーンを動かしてひっぱると網の半分位のところで収穫物が顔を覗かせた。タコ!しかも1.5mはあろうかという大蛸!他に網にかかった沢山の魚の上にどしっと座ってえらい迫力。思わず笑ってしまった。しかし、その後が問題だった。網は他の収穫物でパンパンに膨れ、なかなか上がってこない。ワイヤーを巻き付けたりして無理矢理クレーンで釣り下げた途端、ワイヤーが一本切れた。大事には至らなかったが、二重にしてある網の内側が裂ける程の大漁ぶり。

 網を破った原因はすぐにわかった。合計で1トンは取れていそうな無数のクモヒトデだった。クモヒトデとは、ヒトデやウニ、ナマコに近縁な棘皮動物と呼ばれる動物の一群である。本体が円盤上で、そこから放射状に5本の腕を伸ばした形をしている。磯で岩をひっくり返せばクモのように素早く逃げる姿が普通に観察できる。クモヒトデは、水深数百mでは腕と腕を互いに繋いで格子状に海底をびっしりと覆い尽くしている事が知られている。1トン近くの塊がほぼ全てヒトデに似た生き物でできている

というのは異様だった。

 水深500m位だとまだ植物プランクトンの供給があるため、生物量は豊富で、水産重要種等もいて奇抜な形をしたものは少ない。わずかな光を感知するために眼がやたらと発達していたり発光する生物が多いのもこの辺りの水深である。わずかでも光があると、自分達のシルエットが浮き出て敵に見つかりやすくなる。発光することで周りの風景に溶け込み、姿を取らえにくくするらしい。

 イカやタコは真っ黒い墨を吐くのが常識となっているけれど、これは日光が豊富な浅海でのこと。光がほとんどない深海性のイカやタコは発光液を噴射して目くらましをつくる。実に不思議。

 まだまだこの程度の深さの調査なら他の船でもできる。白鳳丸の本領はこれから発揮されていく。


4.

千島海溝付近水深1000m、2000m

 水深1000mを越えると海の中は発光生物が発する光以外は完全な暗黒の世界となる。水温は2?4℃。めちゃくちゃ冷たい。水圧も100気圧以上。

 このような過酷な環境であっても生き物の種類は豊富で量も多い。魚は水圧への適応のためか体がブヨブヨしていて普通にスーパーで見かけるようなものは一?いない。光がないため色も黒いものが多く姿形も奇妙なものが増えてくる。面白いのはエビの仲間は深くなると真っ赤な物が多くなっていくことだ。

 僕は、他の動物に関しては専門外なので今回の収穫物の中にどんな新たな発見があったかまだ知らないけれど、少なくとも自分が研究している海綿動物に関しては水深1000mと2000mのポイントで大きな発見があった。

 

海綿動物

 ここからしばらくは前置き。

 海綿動物というのは最も原始的な多細胞動物で、引き潮になれば干上がってしまうような浅瀬から7000mを越える深海底、池や湖等淡水域、南は南極海から熱帯域、北は北極まで、およそあらゆる水域に生息している。

 形は様々。塊状、枝状、球状、膜状、とにかく色々。色彩も様々。

 英語では『Sponge』。食器や体を洗うのに使うスポンジは、元々は海綿の一種を乾燥させて綺麗にしたものだった。ローマ帝国時代には地中海で養殖していたという。カリブ海や沖縄でもかつては海綿漁の漁師さんがいたらしい。今でも化粧品として使われているのではなかろうか。最近では薬学の方面で注目されていて抗癌剤や抗エイズ剤になる生理化学物質が見つかっている。

 1万種類はいると言われているけれど、西太平洋全域で研究が遅れているのでまだ定かではない。普通に磯で見かけることができるが、知っている人がいないとわかりにくいかもしれない。動かないので18世紀初頭まで植物だとされていた。

 海綿動物は長い間、水中に漂う有機物を濾過して栄養にしていると考えられていた。そしてその有機物をとらえる為に特化した細胞が特徴の一つとされ、生物学の常識となっていた。しかし、全てがそうというわけではなかった。

 1995年、有名なNature誌の表紙を肉食性カイメン発見のニュースが飾った。このカイメンは、体の表面に無数に突き出た骨で動物プランクトンを引っ掛け、体内に取り込んで消化するという?。

 浅い所ではカイメンのように濾過食性の動物であるホヤや二枚貝も、深海底に行くと肉食性の種類が出現する。これは、餌の少ない過酷な環境への適応だと考えられている。

 生物学の常識をひっくり返した件のカイメンは、深海底に生息するグループとして有名であったが、日本近海からはまだ見つかっていない。

 今回、白鳳丸に乗り込んだ理由の一つとして、このカイメンを調べたいというのがあった。日本近海からまだ記録がないのは、まだ誰も調べてないだけで絶対いるという自信があった。

 

発見二連発

 興奮は、まず15日の昼過ぎ、水深1000mからトロールが戻って来た時におきた。

収穫物をコンテナに取り分けていると、鬼の金棒のような赤色の奇妙な物体がでてきた。「おぉっ!」思わず叫ぶ。やっぱいた!

 前々回の航海記で「海綿は外見ではまずわからない」というような事を書いたが、このグループは例外で見当はつけられる。ただし、まだ種類まではわからない。写真を撮りまくり、今できる全ての方法を使って標本を作った。

 この時取れたのはNatureに載ったものとは同一ではなく、近縁なものであったが、それだけでも大満足していた。しかし、興奮はこのままでは終わらなかった。

 16日の午前3時頃。少し仮眠をとって臨んだ水深2000mからのトロール。上がって来た瞬間、眠気が吹っ飛ぶ。

 トロールの間口の部分に異様な物が引っ掛かっている。形の説明が難しいが、こうだ。柄の長いマラカスの頭の部分からたくさんの長い突起が出ている。色は乳白色。

 大きさが随分違うし、採集地も違う(Natureに載ったのは地中海産)ので別種であろうが、Natureに載ったのとかなり近いのは間違いない!(この後、顕微鏡を使って観察したので裏付けがある)

 さらに、標本作成のため色々な処理を施していると、体の中から球形のものがたくさん出てきた。卵か?しかし、いったい何の?? 他の動物がカイメンの中に卵を生みつけるというのは十分考えられうる。が、今までに深海からそんな報告はない。

 じゃあ、カイメン自身の卵か?そうなると、この大きさ(直径9mm)は今まで報告されたどのカイメンの卵より飛び抜けて大きい。

 ????謎だらけだ。

 1000m、2000mで取れた両方とも少なくとも日本近海からの初記録となる。新種の可能性も十分考えられる。しかし、深海生物の新たな生態等、それ以上の知見を与えてくれるかもしれない。

 詳細な研究をやり、論文にまとめるのは自分しかいない。

 やらねば

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北緯41度49分、東経145度34分、航行中。

天候曇り。気温14.8℃。水温14.0℃。


5.

 朝です。おはようございます。こっちは相変わらずの曇り空。

 今朝の海は、滑らかでゆったりしていて360度水平線の真中にいるとは思えない程に静かです。ず?っと先まで一枚のシートを被せたかのようで、このまま海の上を歩けそう。

 西を見ると、海も空も水色と灰色を混ぜたような何とも言えない色をしていて水平線がよくわからなくなっています。何もない所に浮いている感じ。

 あと3時間もすると本調査2番目に深い7300mから網が上がって来ます。楽しみだ。

 

千島海溝付近水深3000m

 水深3000mを越えると水温は1.5℃付近でほぼ一定となる。表層部からはるばる落下してくる有機物が重要な食料となるため、陸地に近い深海底と太平洋のど真ん中とでは供給される食料の量に大きな違いがあり、棲んでいる生物も違ってくるらしい。

 17日深夜、たくさんのサンマ漁船の光が水平線上の空を明るく染めていた。上がって来た網にはコンテナ数杯分ものナマコが入っていた。深海底は珊瑚礁並み、もしくはそれ以上にナマコの種数も量も多い。

 

ナマコいろいろ

 一般にナマコというと太長でブヨブヨしてボテッと転がっていて気持ち悪い、といったイメージしかないように思える。気持ち悪いかどうかは個人の判断としてナマコはそんな単一のイメージでは捉えきれない実に多様な生き物である。

 

 オオイカリナマコという珊瑚礁で普通に見つかるナマコは最大2mになる細長いナマコで、首(?)を持ち上げて激しく動き回る。一昨年前、知り合いの水中カメラマンが、奄美大島で体長4mの巨大ナマコを発見した。これは新種だったらしい。また、体表が堅い殻で覆われたナマコというのもいる。イシナマコは、体の堅さを文字どおり石のような堅さから、ドロドロの液体のような状態にまで変える事ができる。

 しかし、何と言っても深海性のナマコだろう。

 水深3000mを越える辺りからユメナマコという紫色の変わったナマコが出現し始める。このナマコは頭の部分が傘のような構造になっていて、餌を探して泳ぎ回ることができる。海底から飛び上がり、泳ぎ回って着地するまでの様子が既にビデオ撮影されていて、論文の挿し絵に離底から着底までを「Take-off」「Hovering」「Landing」と表現していて面白い。ユメナマコは餌を取る時には海底に戻るけれど、生涯泳いで暮らすクラゲナマコというのもいる。

 深海のナマコは全般的に寒天質で柔らかく、比重が海水に近いため、半分の種類が泳げるらしい。

 泳ぐナマコ...、初めて知った時の衝撃が忘れられない。既成のイメージがぶっ壊れるのは気分爽快だ。

 

深海、ただ深いだけではない

 僕が最初にクラゲナマコの存在を知ったのは化石の本からだった。かつて恐竜すら出現していなかった時代に、泳ぐナマコがいたというのだ(つまりは、クラゲナマコの化石が出ているということ!)。これは凄い!しかし、それは浅い海に生息していた種類だった。では何故、このナマコは今では暗闇の世界にしかいないのか?

 実は、深海には、大昔に浅海で繁栄していた生物の生き残りがたくさんいる。例えば、ウミユリという古いタイプの棘皮動物(ウニ、ヒトデ、ナマコのグループ)は、かつて浅海で栄華を誇っていたが、今や種数を最高時の1%以下にまで減らし、深海にしかいない。オウムガイもそう。かつては浅い海で繁栄していたはずなのに今や主に深海生活。ちなみに、オウムガイとアンモナイトは全く別のグループです。

 かつて浅海で繁栄していたウミユリや他の生物達は、現在では何故、深海にしかいないのか?

 これは、彼らの後に出現し始めた他の生物(例えば魚類)との争いに負けた結果だと言われている。浅い海は栄養が豊富である一方で、周辺環境含め生物間の相互作用が激しい場所でもある。

 彼らは浅海を追い出された。しかし、過酷な環境に適応することで深海での生活を可能にした。そして、今まで生き残ってきている。

 多くの生物の歴史を学んで絶滅もしょうがない事だとは思うけれど、生き残り続けていくことも物凄い事だなぁ、と思わされます。

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北緯41度37分、東経145度49分、航行中。

天候曇り。気温15.8℃。水温13.9℃。


6.

 ここ2、3日快晴続きで最高の毎日です。日の出も日の入りも見る事ができて贅沢。太陽が水平線から現れて、水平線に沈んでいきます。昨日で千島海溝周辺の調査を終え、これから三陸沖?日本海溝の調査に入ります。台風18号の影響が心配

千島海溝周縁部水深5600m

 水深5600mの調査は全部で3回行ったのですが、一番印象に残ったものについて報告します。

 調査場所は本航海最東端。地図上では、函館から東に真直ぐ伸ばした線と北方四島の色丹島の東端から南に真直ぐに伸ばした線が交わる辺り。

 

 23日午前5時過ぎ。早めに甲板に出ると既に太陽が上っていた。空気がよく澄んでいて、空が、よく磨かれた瑪瑙のような美しさを放っている。水平線上に綺麗に並んだ雲が薄い茜色に染まっていて情緒深い。何度も溜息をついてしまった。

 上がって来た網の中身は、量としてはナマコが圧倒的に多かったが、幾つか面白い物がかかっていた。

 まずは、カイメン。以前にも述べたけれど、かつて旧ソ連の調査船が千島海溝近辺にまで調査航海に来た事がある。その時の研究報告に描かれていたあるカイメンの絵が『Deep Sea Biology』という本に引用されていて(この本の事は乗船してから知った)、 目をひいた。開いた雨傘のてっぺんの生地を少し残してあとは骨組みだけにしたような奇妙な形。

 にわかには信じがたい形だったので、最初この絵を見た時は、「何かの間違いやろ?冗談もええ加減にして欲しいわ。」と言って笑っていたのだが?。

 本当にいた。取れてしまった。大きさは柄の部分が3cm、傘の直径が2.5cm。むしろ、予めその絵の事を知っていなければ、網に入った時の衝撃で壊れた何かの一部だろう、と思ったに違いない。

今まで、一応数多くの生物を見てきた。それらは、都会での日常生活では到底想像もつかないようなものが多いけれど、たいていの事には驚かなくなっていた。しかし、今回のような事が起こる。むしろ、驚かなくなった、というのは「知っている」つもりになった欺瞞の表れだったのかもしれない。先入観、偏見でもって物事を見るのはよくない、視点が凝り固まると大事な発見も見落とす事になるだろうし、何より感動が薄くなってしまう、という事をこんな所で改めて教えられてしまった。

 

深海と南極、北極

 ヨコエビという生き物がいる。

 生き物の形を文章で説明するのは難しい。百聞は一見にしかず、なので。でも、今はやむをえないので無理矢理説明します。ヨコエビというのは、エビの頭をもいで小さな頭を付けたような、ダンゴムシを左右からぺちゃんこにしたような形をしている。陸上にも浅い海にもいるけれど、とても小さい。1cmに満たない種類が多い。

 それが、今回の調査では、5、6cmにもなる大きい種類が取れた。しかも眼がない。眼がないのは暗闇への適応だろう。では何故、浅海のものは小さく、深海になると大きくなるのか?

 こういう現象を示す生き物は他にもいて、原因は低い水温にあると考えられている。低い水温では代謝が低くなるので性成熟が遅れ、寿命が長くなって、その分、体が巨大化すると言われている。

 深海以外の海域では、南極と北極の海水温が同じように極めて低く、巨大化する生物が見られる。供に過酷な環境のため、極域の海底と深海底の生物相は似ている場合がある。

 今回取れたヨコエビは5、6cmだったけれど、海外では20cm近い記録がある。ヨコエビとは別のグループにあたるが、海産のダンゴムシやフナムシの仲間でダイオウグソクムシ(大王具足虫)という体長40cmにもなるのが東太平洋の深海底から見つかっている。実物は凄い存在感で圧倒される。大きさのみならず、顎が鋭く、眼が凶悪だ。

 人類が水深1000m以深の生き物を捕る技術を確立するまで、霊長類はこの生物に出会っていないはずだし、供に住んでいる所の重なりようがない。なのに、自分にはほとんど害のない初めて出会った生き物の事を気味悪がったり恐がったりするのは何故なのだろう? 

 率直な感情?本能?何かを連想するから??ゴキブリやムカデを気持ち悪がる心理は直接的でわかりやすい。でも、ゴキブリのフェロモンの研究者は、数百匹のゴキブリが入ったコンテナの中に手を入れて「可愛いやろ?」と言っていた。僕は、ナマコに気持ち悪いという感情を抱かないし、前述したグソクムシの仲間は、少し背筋がムズムズするのを感じつつも格好良いと思う、けれど、ゴキブリはやっぱり気持ち悪い。幼い頃、躊躇せず掴めた幾つかの虫が今では、ためらわれる。反対に、幼い頃、恐くて掴めなかった生き物を、今では何でもなく扱っている。

 ホラー映画を恐く感じるのは何故?日本の幽霊は何故、一様に青白く描かれてしまうのか?そもそも自分に何の害もないのに勝手に恐い、とか気持ち悪い、と感じるのは何なのだろう??害がないのがわかってないからか。

 事実をなるべく中立に認識できるかできないか、かなぁ...。水揚げされて動かなくなったヨコエビの顔(眼は無いけれど)を見ながらややこしい事を考えた。

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北緯39度39分、東経142度18分、航行中。

天候、晴れ。気温19.6℃。水温19.8℃。


7.

 三陸沖?日本海溝の調査が始まりました。

 ついさっきまで、岩手県宮古市が船尾の方に見えていたのですが、これから東に向かって日本海溝を目指しながら水深500?7500mの生物相調査を行います。

 天候は快晴。最高!テンションが二次曲線を描いてぐんぐん上昇中。絶好調!海も空も輝いています。海の色が綺麗。藍色にかすかにエメラルドグリーンを溶かしたような至高の色。薄い水色の秋空が濃い海の色を際立たせ、水平線がすかっと切れてて気持ちがいい!波間でキラキラ踊る光に見とれて作業に支障をきたします。

 この辺りだと、船は親潮の上に乗っているわけで、親潮を見るのは今回が初めてです。去年と今年の5月末に、広島大の調査船、豊潮丸に乗って沖縄方面に調査航海に出た時は、黒潮に乗っかっていました。黒潮は、とにかく深い深い荘厳な藍色。大好き!

 いずれにしても、晴れてる時の海は最高!!

 千島海溝は、もう過去の事になってしまいましたが、千島海溝調査最後を飾る水深7200mの調査の模様をお伝えします。昨日24日、朝6時の出来事です。

 

千島海溝水深7200m

 海洋学用語で「超深海帯」と呼ばれる海の谷のような場所である。

 海溝は、海洋プレートが大陸プレートに沈み込む所にできるため、大陸に近い場所にある。環太平洋造山帯の一部であり、中国大陸に近い日本列島の周辺は、海溝が多い。大変な水深だが、大陸から供給される有機物のおかげで意外と生物の量は多い。

 水圧は720気圧。1平方cm当り720kgの力がかかる。水温は1℃近く。こんな環境で生きられる生物は限られてくる。

 おそらく、今回乗船して来た全ての人が楽しみにしていた地点だろう。

 実はこの地点、2回連続で失敗した。失敗というのは、収穫物がなかったということ。網を投入すれば採集物が入って戻ってくるというわけではない。投入してから着底するまで船の速度や進行方向、ワイヤーを送りだす速度、海面とワイヤーの角度等たくさんの事を微妙に調節しなければいけない。

 着底してからも、うまく底を引きづらないと泥ばかり噛んで網を破ることになるし、引き上げるタイミングも大事。そうしないと、下ろしたはいいものの網が途中でひっくり返って収穫ゼロなんてことがあるし、最悪の場合、大きな岩に引っ掛かってワイヤーが切れ、網自体戻ってこないという事もあるらしい。

 7200mともなると、網を投入してから上がって来るまで9時間はかかる。失敗は、それだけの時間のロスを意味する。投入した時に、波間に揉まれながら沈んでいく網を見ながら「行ってらっしゃい」と呟いた。

 この深さでも、一番たくさん取れた生物はナマコだった。しかし、1000、2000、3000、5600、7200と、各深度で多く取れる種類が変わった。1000と2000で出現した種類はわからなかったが、3000ではセンジュナマコ(千手海鼠)、5600ではウシナマコ(牛海鼠)、そして、今回の7200ではクマナマコ(熊海鼠)が優先していた。

 クマナマコという和名は、熊に似ているからではない。熊の人形(テディベア)に似ているからだ。と名付け親の教授が言っていた。テディベアに似ているか?と問われれば、答えに窮するけれど、言いたい事はわからんでもない。少なくとも、ナマコ=気持ち悪い、という短絡的な発想を改める事くらいはできそうだ。機会があれば写真をお見せしたい。2?4cmの白くて小さなナマコに混じって、1cmに満たないようなこれまたたくさんの小さな二枚貝が取れていた。

 そして、イソギンチャク。この深さで取れたイソギンチャクは普通に磯で見られるイソギンチャクとはだいぶ違う。自分で住処となる筒を作る。7200mの海底は細かい泥で出来ている。上から降り積もってくる泥に埋もれてしまわないように、筒を徐々に上へと伸ばして生活しているらしい。

 イソギンチャクの研究者が、「北半球からの新記録」と言って大喜びしていた。新種の可能性もかなり高い。もし、そうでなかったとしたら、南半球と北半球の水深7000m以深の所をどうやって移動してきたのか、という新たな問題も浮上してくる。遺伝的距離がどの程度あるのか、進化の問題にも絡んでくる。

 等脚類というダンゴムシやフナムシの仲間を調べている北大の先輩も、珍品を手に入れたようだ。SFに出て来る重戦車のような姿(写真を撮っておいた)をしたその生き物は、水深7000m以深にしか棲んでいないらしい。凄い!

 

海溝の現実

 さっき、一番たくさん取れた「生物」はクマナマコだった。という事を書いた。しかし、網に一番たくさんかかったものはプラスチック製のゴミだった。これまで調査を行ったどの地点からも人間が出したゴミは出てこなかった。それなのに、この深さから夥しい数のゴミが上がってきた。ビニール製の袋、卵のパック、真空パックの空き袋、釣り糸や網の切れ端、何故かジャガイモまで?。重力と潮流の関係で海に捨てられたゴミは海溝の最深部に集まって来てしまうらしい。

 ただただ憧れ続けて、やっと見て触れる事ができた海溝の生物達。その喜びは大きかったけれど、地球の最深部の一つで、人間と地球の現実を見せられた。

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北緯39度32分、東経142度33分、航行中。

天候、快晴!!気温21.8℃。水温20.0℃。


8.

 揺れます。揺れまくってます。

本が棚から飛び出します。しょうがないので、色んな物を床に置いています。冷蔵庫に入り切らなかった貴重なリンゴがコロコロと転がっていきます。これは食うしかありません。

 昨夜あたりから、うねりが出始めてえらい騒ぎです。風速が1mないので白波すら立っていないというのに...。台風18号の影響でしょう。堪りません。せっかく晴れてたのに今日から曇り空に逆戻り。海の天候は、ほんとわかりません。先週末、まだ千島海溝付近にいた頃、寒冷前線が近付いてきた時には、短時間で気温がグングン下がり、風速がビュンビュン上がっていくのがわかりました。結局、その時は一晩で回復し、気温が6℃上昇、風速が15m下がりました。

 そんなわけで、今は机にしがみつくようにしてキーボードを打っています。

 不思議に船酔いはなく、甲板作業のおかげですぐに腹が減ります。

 

三陸沖水深500m、1000m

 昨日(25日)の昼の網。供に、最大収穫物は、千島海溝調査時と同じくクモヒトデだった。今回は、網が着底してから離底するまでの時間を半分にしたので、収穫物は船上作業をするのに適当な量になった。千島海溝の時は、あまりにも取れ過ぎて、処理に3時間以上かかる事があった。クモヒトデは大量に取れると腕が網にからまって厄介なことになる。網の内側をびっしりとクモヒトデが覆っている様子はあまり気持ちの良いものではない。

 興味をひいたのは、500mと1000mでクモヒトデの種類が変わった事だった。千島海溝近辺で2000m以降、各深度で取れるナマコが変わっていったのに似ている。

 クモヒトデは、他の生物の死骸や、泥についた有機物を食べ物にしているが、日本海では、海底に近付いたキュウリエソという魚に集団で襲いかかって押さえ込み、食べる姿が撮影されている。他の棘皮動物ではこうはいかない。素早いクモヒトデならではの行動だろう。

 この辺りの水深は、どの海域でもクモヒトデが優先しているらしい。不思議だ。

水深1000mでは、たくさん取れた生物がもう一種いる。

「キツネブンブク」だ。

 

ブンブクとは

 ブンブクというのは、ウニの仲間である。

語源は、昔話の「ぶんぶく茶釜」だと思われる。実際、「ブンブクチャガマ」という名前のウニがいる。ただし、ブンブクは、一般にイメージされる所謂ウニとは異なった形をしている。和名から形を想像するのは難しいが、英語名の「heart sea urchin(心臓ウニ」は割とよくその姿を表わしているのではないだろうか。堅い棘というよりは、体毛のような長くて細い棘をたくさん密集させていて、砂泥中に深い穴を掘って棲んでいる。

 水深1000mのポイントでは、網がたくさんの泥を噛んでいたので、中に潜り込んでいたキツネブンブクも一緒になって揚がってきたのだろう。

 ブンブクの仲間は、棘がなくなった後の殻の紋様(花紋)が奇妙で、顔のように見えたり、何かの遺跡の出土品のようにも見える。今回取れたキツネブンブクは、この模様が、お稲荷さんのキツネに似ているから名付けられたのではないかと思う。

 

ウニ(Echinoidea)

 ウニは漢字で「海胆」としている。「雲丹」は、生殖巣の加工品名。

英語の「sea urchin」、ドイツ語の「seeigel」、スペイン語の「erizos del mar」、

ラテン語の「echinus」は、全て「(海の)ハリネズミ」の意味をもつ。フランス語の「oursin」は、「熊の毛皮」。ハングルでは「ソンゲ」と呼ぶらしいが、意味は知らない。トルコ語とかインドネシア語、ロシア語でも教えてもらったのに忘れてしまった。各国のウニの名称を教えて下さい。

 外見から名前をつけている西欧諸国と比べて、日本語の「胆」って何??魚介類を食べるのが大好きな証拠です。

 ウニは世界から約900種類、日本近海から160種類が知られており、大まかに二つのグループに分けられる。

 正形ウニ類(Regularia)と不正形ウニ類(Irregularia)だ。

 正形ウニ類には、一般によく知られているトゲトゲで丸いウニが含まれる。実際は、丸いというよりは放射相称で、中心角72°の扇形が5つ合わさってできた形をしている。一度よく見て欲しい。

 食用になるウニはこの仲間。ほとんどが、岩場に棲んでいる。

 

ウニを食う

 話が横道にそれるが、僕らが食べているのはウニの生殖巣の部分。つまりは卵や精子の塊。ウニは取ってすぐ海水で洗って食べるに限る。

 夏、サザエやアワビ、タコ等を取りに素潜りをした後の疲れは、海辺で食べるウニで癒される。食用にされない種類や海外のを含めて色々なウニを食べてみたが、今のところアカウニという種類が最高。その次は、今夏、青森の海で食べたキタムラサキウニ。北海道で潜った事がないので、まだ何とも言えないが、北日本に分布するオオバフンウニというのを取ったその場で食べてみたい。北のウニは旨い海藻を食べているので旨いに決まっている。

 後は、トルコの地中海沿岸で取ったウニが美味しかった。アラスカの海でラッコが食べてる種類も旨そうだ。珊瑚礁のウニは、他の魚介類と同じく大味であまり旨くない。「ガンガゼ」という棘の長さが20cmにも達する(中心の殻の直径が10cm近くになる事があるので、合計して直径50cmの針山となる)ほとんど凶器のようなウニがいるが、こいつらは、他の小動物を食べるらしく、まずい。

 旨い海藻や良い草を食べている生物は美味しい。

 草食動物である牛には旨い牧草を食べさせるべきで、肉骨粉なんぞ食べさせるのはとんでもない話である。畜獣に対する敬意が足りん。狂牛病になるのも無理ない。

 興奮して長くなってしまった?

 

フクロウニ

 ところで、今述べたのは全て炭酸カルシウムでできた堅い殻を作るグループなのだが、正形ウニ類には、もう一つ特徴的なグループがいる。「フクロウニ」と呼ばれるグループである。

 これらは、革袋のような柔らかいボールに棘が生えているような形をしている。ほとんどが深い所に棲んでいて、水揚げすると、ペチャンコになってしまう場合が多い。殻が柔らいのでは生存に不利なのではないか、という考えもあるが、そこはちゃんと別の所でカバーしている。棘が中空になっていて刺さると毒液が注入される仕組みになっている。

 相模湾で漁師さんの船に乗せてもらった時に直径30cmはあろうかというお化けウニがかかって感激した事がある。

 

ブンブク、カシパン、タコノマクラ

 一方、不正形ウニ類は、左右相称で、全体がぺちゃんこの円盤状であったり、

心臓のような形をしていて、ほとんどが砂泥底に棲んでいる。今回取れたキツネブンブクはこの仲間にあたる。ユーモラスな和名をもつものが多く、例えば、円盤状のタイプには「ハスノハカシパン(蓮の葉菓子パン)」とか「タコノマクラ(蛸の枕)」という種類がいる。

 綺麗な海岸なら日本にもたくさんいるのだが、初めてカシパンの生きているのを見たのはコスタリカの砂浜だった。波打ち際で砂を掴み、海水で洗うと面白いように出てきた。ペチャンコで頼り無気だが、よく見るとびっしり生えた短い毛をさかんに動かし、素早く砂の中に潜り込むことができる。

 タコノマクラは、伊豆や三崎等、日本全国の磯で見る事が可能である。いずれも殻表面の紋様が不思議。

 ウニの殻表面の紋様の事で思い出したが、青森出身の友人が、カシパンの事を「ホシ」と呼んでいた。体表の☆紋様の事を指しているのだと思う。青森では、カシパンを半分に割って、断面を啜って食べるらしい。近いうちに挑戦したい。

 そう言えば、小学生の頃、今は亡くなってしまった祖母が、祖母の田舎では、子供達がタコノマクラやカシパンを割って、中にある星を集めて遊ぶ、というような事を話してくれたのを覚えている。星型の物が、実際にこれらのウニの中から出てくるのか、単に体表の☆紋様の事を指しているのか、今となっては定かではない。

 タコノマクラやカシパンを見る度に祖母の話が思い出される。そして、祖母が子供の頃の日本の海岸は、どんなだったんだろう、白砂青松は言葉通りだったんだろうな、と思いを馳せるのである。

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北緯39度29分、東経143度38分、航行中。

天候曇り。気温24.5℃。水温23.4℃。


9.

三陸沖水深2000m お化けナマコの夜

 26日午前2時。収穫物で多かったものは、魚とナマコが半々づつ。

 しかし、圧巻なのはナマコの方。大きいので長さ40cm、幅20cmもある分厚い草履のようなナマコがコンテナ一杯分取れた。鮮やかな紫色で巨大なアケビのようにも見える。寒天質。和名を知りたかったが、まだ名前がないという。巨大で分りやすそうなものなのに、世界中に似たようなのが40種類近く報告されていて、どれと同じ種類なのか決められないらしい。

 ナマコを形から厳密に見分けるには、解剖して内臓の構成や、体内に散在している顕微鏡サイズの小さな骨(骨片と言う。錨型や車輪型等、様々)や、口付近の骨格で見分けるのだが、今回取れたお化けナマコは骨片のないグループ。外見を更に詳細に観察し、DNAの塩基配列を調べないと、この問題は解決できそうにないようだ。カイメンにも骨片のない種類がいて、種類を見分けるのにえらく苦労する。

 外見だけで種類を見分けるのがほぼ不可能な動物群を研究する者に共通した苦悩だ。

 あまりにたくさん取れたので、ナマコを調べている先生が半分程くれた。気味悪がる他の人を後目に、僕は、ただ一人興奮し、大喜びで写真を撮りまくり、解剖までしてみた。「そこまでするなら食べてみろ」と言われたけど、それは危険。

 敵が多いはずの海底で、そんな大きさにまで育つ事ができるのには絶対理由があるはずだ。ナマコは、魚や蟹のように強力な顎や鋏をもつ代わりに「サポニンという毒をもつことで、自らを食べる敵に対抗している。

 南方系のナマコの毒は強力で、生のまま食べるのは非常に危険だが、中華料理用に出荷する時には内臓を取り出し、外側の部分だけを大釜で似て乾燥させ、食べられるようにする。

 

マナマコ

 日本で酢の物にして食べるナマコは、マナマコというただ一種だけ。おそらく毒がほとんどない種類。マナマコは、外洋性の岩場や礫底では赤色を呈し(俗称アカコ、アカナマコ)、内湾の砂泥底では、青緑や黒色になるらしい(俗称アオコ、アオナマコ、クロコ)。

 確かに、小学生の頃、磯で取ったマナマコ(実家は三重)は、赤褐色だったのを覚えている。舞鶴湾の泥地で引いた網には青緑のマナマコがかかってきた。

 しかし、ここで少し疑問がある。僕はマナマコの事をよく知らないので間違っているかもしれないが...。アカコとアオコは、本当に同じ種類なのか?という事だ。

 岩場と砂泥底では環境が随分違う。単に内臓の構成や骨片が似ているから同じ、としているだけであれば、現状の生物学としては研究が不充分だと言わざるをえない。DNAの塩基配列の比較から本当に同じ種類なのかどうか、調べる必要があるだろう。

もし、まだ調べられていないのであれば、いつかやってみたい研究テーマだ。

 水深2000mからの使者、紫色のお化けナマコもいつか何かを教えてくれそうだ...。

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北緯38度25分、東経143度50分、航行中。

天候曇り。気温17.5℃。水温22.9℃。


10.

 風速が15mに達し、うねりもでて、揺れまくって転びそう。
 廊下が坂道になる。色々な物がきしんでうるさい。
 こんな夜なのに月は静かに海を照らしております。
 今回も長くなり過ぎてしまいました。途中は飛ばして「タコ」でもどうぞ...。

 

三陸沖水深3250m

 26日午後5時。様々な種類の生物が取れた。量も多い。ただし、全体的に目立つのはやはりナマコとクモヒトデ。ナマコは、2000mの時の紫色のお化けナマコとは変わって、泥色のフランクフルトのようなナマコだった。和名はまだ無い。クモヒトデもこれまでの水深のものとは違う。

 この水深で、一匹だけ非常に面白い貝の仲間が見つかった。おそらく新種である為、学名も和名もない。

 「無板類」というミミズのような形をした貝殻がない原始的な貝の仲間。

 貝だ貝だと書いておいて矛盾するのだが、生物学的に厳密には「貝」というくくり方は適切でない。一応、「殻をもつ軟体動物」の事を「貝」と呼ぶが、これは進化の道筋を正しく表わした分類の仕方ではない。その点を少しだけ掘り下げるには、「貝」というものが含まれる「軟体動物」というグループの事を考慮しなければならない。

軟体動物

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 少し専門的で申し訳ないが、軟体動物とは、「外套膜」という特殊な筋肉で内臓部分を包み込んでいる生物の事を指す。軟体という言葉そのままに、体が軟らかい生き物(例えば、クラゲやナマコ)全てを軟体動物とするのは、進化の道筋を無視した大きな間違いである。

 では、軟体動物にはどのような生き物が含まれるのか?

 軟体動物は現在、大まかに7つのグループに分けられている。それぞれを簡単に紹介したい。

1.無板類

 貝殻がなく、ミミズに似ている。泥地やサンゴの仲間にくっついて生活している。いわゆる「貝」が、貝殻を会得する前の非常に原始的な段階の軟体動物。

2.単板類

 1952年、デンマークの調査船ガラテア号によりコスタリカ沖合水深3570mの海底から見つかって以来、2種類しか知られていない。笠形の貝殻をもつが、軟体部の構造がゴカイの仲間によく似ていて、ゴカイの仲間(環形動物)と軟体動物の間を繋ぐ生物としてセンセーションを巻き起こした。「生きた化石」と呼ばれる種類。
 日本近海からは、まだ見つかっていない。万一見つかれば大発見。

3.多板類

 一般に「ヒザラガイ」と呼ばれるグループ。8枚の殻片が縦に繋がった殻をもつ。普通に磯で見られるが、深海底の木片からも見つかる。
 北海道には40cmにもなる巨大種がいて、アイヌの人達はかつて食用にしていたらしい。僕も学部の1回生の時に高知で酢みそにして食べた。旨いとも不味いとも言えない。不思議な磯の味。
 やはり原始的な軟体動物であり、一般的な貝のイメージとは程遠い。

4.掘足類

 「ツノガイ」と呼ばれるグループ。砂泥底に穴を掘って棲む。
 僕としては、貝殻の形が角というよりは、小さな象牙といった方が適切な気がする。貝殻は巻かず、長い円錐形。千島海溝調査で結構取れた。

5.二枚貝類

 名前の通り。アサリやシジミ、ハマグリ、カキ、トリガイ、アカガイ、ムール貝、ホタテ等々。いつも御馳走様です。
 オオジャコというシャコ貝の最大種は、貝殻を作る軟体動物としては最も重くなる。大きさは殻の幅が1mを超すこともある。インドネシアはロンボク島の北西部でダイビングをした時に80cm近いのを見て、えらい迫力だった。
 シャコ貝は、珊瑚礁域の水産重要種だが、あまり旨くない。
 ホタテは大好き!!ボッチチェリのビーナスは、セイヨウホタテから生まれている。
 伝え忘れていたけれど、三陸沖水深1000mで「ニッポンオトヒメゴコロ(日本乙姫心)」という素敵な名前の二枚貝が取れていた。似た種類で「リュウオウゴコロ(竜王心)」というのもいる。止まらなくなりそうなので、次!

6.腹足類

 いわゆる巻貝の仲間。現在、最も繁栄している軟体動物。浅海から深海、淡水から陸上にまで進出している。アワビやサザエからカタツムリにナメクジ、ウミウシもこの仲間に含まれる。今回の調査でも結構取れているけれど、それぞれの事をよく知らないので、報告しなかった。
 昔、貨幣の代わりに貝殻が使われていたタカラガイや、水中銃のような毒の針で、人すら殺す「アンボイナガイ」という模様の綺麗な巻貝もこの仲間。
 ウミウシは、巻貝から進化して体内に有毒物質を溜める機能を会得し、身を守る為の貝殻を必要としなくなった。
 ナマコの内臓の中に完全寄生する「コノワタヤドリ(このわた宿り)」という洒落た名前の種類もいる。これの雌は、ナマコに寄生した後、貝殻も筋肉も内臓もなくし、皮と卵だけになってしまう究極の生物。

7.頭足類

 イカ、タコ、オウムガイ…。神経系や感覚系、循環系等、体構造において軟体動物中、最高度に進化しているグループ。空を飛ぶイカまでいる。
 以下で述べる個人的な経験として、タコは脊椎動物である魚なんかよりずっと賢いのではないかと思う(実際にそれだけ大きな神経を発達させている)。
 今回の調査でも深海性のタコが幾つか取れていたし、夜になれば、船員さんがイカ釣りで10杯も20杯も揚げていたけれど、ウニやナマコに熱を入れ過ぎたあまり報告できなかった。

 

タコを食う

 タコを食べる為には、生きたのを自分で取って来る必要がある。「自分で取る」、ここにタコを美味しく食べる為の要素が半分以上含まれている。
 タコ取りは、素潜りの中で最も興奮する戦いだ。

 サザエやアワビ、ウニみたいに刺激を受けたら岩にしがみつくだけなのとはわけが違う。きちんとこっちを見て次の行動を考えているのがわかる。岩穴に逃げ込み、吸盤でいっぱいの腕で対抗して、こっちの息が切れるのを待っている。
 ちゃんと目を合わしていないと、息継ぎの為に水面に上がった瞬間に墨を吐いて逃げられる事が多い。

 例え、穴から引きずり出したとしても、今度は8本の腕を次々にこっちの腕に搦め、中心部のカラストンビと呼ばれる強力な嘴で噛もうとする。小学校時代からの友人で蛸取り名人がいるが、彼は小六の夏のある日、手首をえぐられ、包帯をぐるぐる巻きにして登校してきた。
 苦労して取ったタコは、自分で調理する。塩茹でがシンプルかつ一番旨い!
 塩加減も湯加減も難しいけど、戦ったタコに敬意を表して、食べるまで大事に大事に扱うから旨いに決まっている。

 具体的には…

1.粗塩でぬめりを取る(大根おろしで洗うのも良いらしい)。
2.鍋でお湯を沸騰させ、自分なりの塩加減を。
3.タコを入れる前にお茶葉を一つまみいれる。
4.タコのお腹を持って、ゆっくり上下動を繰り返しながら腕(俗に「足」と呼ばれる部分)の先っぽからお湯に入れていく。
(注)腕を綺麗に丸まらせること!
5.お腹の部分もお湯の中に浸し、待つ。
6.串で刺して茹で加減をチェック!
7.良ければ、お湯ごとザルにあけ、泡等、茹でた段階で出た汚れを取る。
8.まな板の上で切りながら、腕の部分をつまみ食い。
  ゆっくり噛む!この時が一番幸せ!
9.綺麗に盛り付けて出来上がり。(肝の部分は特別扱いが良い)
2、6での失敗は許されない。

他にも旨い塩茹での方法があるはずなので、誰か教えて下さい。ごくたま?に味わう事のできる最高の夏の一時です。

 とにかく、何が言いたかったかというと、「貝」にかこつけて色々と思いのたけを書きまくりたかった(長くなり過ぎるのでかなり抑えた。10%も出してない。こんなのではまだまだ不満)のと、ヒザラガイ、ツノガイ、二枚貝、巻貝に限定すれば、「貝」という呼び方も問題ないということ!

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北緯39度03分、東経143度52分、航行中。

天候晴れ。気温16.5℃。水温23.2℃。


11.

休日

 9/30に生物班は全ての日程を終え、昨日から休みをもらっています。出港以来、一日もoffが無かったので曜日の感覚がなくなってしまいました。

 台風19号は、熱帯低気圧に変わった後も雨雲を量産し、遥か遠くの沖合いにいる僕らを困らせています。

 昨日は前線を避けるため、一旦、鹿島沖まで南下して錨泊し、今日はまた北上。仙台沖から東に向かって海底地形や重力の調査をやるようです。

 昨夜、海底地形図を作っている学生と飲んでいて、面白い話を聞きました。

 各研究分野には、それぞれの歴史があり、それぞれの今の状況があります。

 僕がやっている分野は非常に特殊で、過去に出た論文を、まずはおさらいしておかなければなりません。1800年代から今年、出版されていく新しい論文をどんどん追っていき、その知識の上に、自分が見つけた新しい発見を積み重ねていくわけです。これは、膨大な文献のコピーとの戦いでもあり、博士課程の一年である僕ぐらいだと、大きな本棚一つから溢れるくらいの文献が溜まります。使われている言語も英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語等、多岐にわたり、いずれは全てやらなければならないでしょう。恐ろしい...。各動物によってそれぞれの言語の比率が違い、ナマコだと、台湾語の論文がたくさんあるらしい…。

 多少、研究方法は変わっても、17世紀くらいのヨーロッパで生まれた伝統的な博物学から続く古典的な学問です。古典的な性格ゆえ、なかなかScienceとして認めてもらえない不遇の時代がありました。大先輩でもあり、現在MITにいらっしゃる日本のある著明なノーベル賞受賞者は、立花隆氏とのインタビュー集で「生物収集は、切手収集に似ている」と言って小馬鹿にしていました。

 とにかく知識を自分に溜めて新しい事を積み重ねていく。これはつまり、よほど画期的な研究方法を身につけない限り、若手は、おじいちゃん・おばあちゃん先生に叶わない事を意味します。

 一方、数学や物理学のように、20代が研究者としての華の時代であるというような学問もあります。実際、数学とか勉強していた時には、これはスポーツと同じやなぁ…。と思わされた事しばし。毎日鍛えてないと感覚が鈍る!このような分野だと、大学入りたてでも凄い天才がいたりするので、先生ものんびり構えてなんかいられません。学生を大事にするようです。

 同じ生物学でも、先端を行くバイオテクノロジー関係の分野だと歴史は20世紀以降とぐっと新しくなる上、技術的な進歩は日々進んで行くので、一番ホットな部分についていけるようにしておけばいいようです。

 で、ここからが昨夜の話。地形図作成は、陸は、日本については、かの有名な「伊能忠敬」が始まり。そして、海底は、沈没した「タイタニック」探しが発端だったようです。

 分野として非常に新しく、使う技術は最先端。船に搭載した数億円する観測システム。航行しながら海底にビームをあて、反射してくるビームの波長や角度、時間等を計算し、補正を加えて作り上げるらしい。先生も新しい事をどんどん学生にやらせるみたい。(僕の分野だと、論文書かずにサンプルを溜め込み、外には絶対出さないという税金使って自己満足な先生がいたりする…。良いテーマは、やる気溢れる学生にどんどんあげればいいのに…と思う。困ったもんだ。変わっていければいいのに。)

 研究分野によって、その歴史も置かれている状況も、そして当然ながら手法もえらく違う。ただ単に調べている動物が違うだけでも学ぶ事は多いのに、それが、生物学とはもっと違う分野になると、話を聞いてるだけで興奮して頭の風通しがどんどん良くなる。

 いい時間でした。

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北緯38度32分、東経142度53分、航行中。

天候晴れ。気温22.5℃。水温22.3℃。


12.

月が綺麗な夜です。

 船とそこから水平線へと続く海原が青白く浮かび上がり、幻想的な風景が広がっています。

 いてもたってもいられなくなる夏の太陽光線とは違って、秋の月光はどこか寂し気で、優しく静かに世界にしみ込んでいきます。

 今頃、海の中では多くの生き物が次の世代を残すのに一生懸命になっていることでしょう。季節による差こそあれ満月や新月の前後は、多くの生き物にとって産卵の時期となります。

 僕は卒業論文で、有明海湾奥部筑後川河口域に出現する魚の子供の季節変化を調べたのですが、ちょうどこの時期、10月の満月の頃に同じ網の中に奇妙なエビの子供がたくさん入っていたのを覚えています。

 「ユメエビ」というその小さなエビは、眼が異常な程前にとび出ていました。普通のエビにはある、前から4、5本目の脚がないとか、鰓を全くもたないとか、他にも変わった特徴を持っていて衝撃を受けました。後に、学名の前半部が Lucifer であることを知って、なるほど!と思ったのを覚えています。

 奇妙な形を西欧人は悪魔に例え、日本人は夢みたいだ、と感じたのでしょう。
 下船間近ですが、今回は船でどんな生活を送っているのか少し紹介します。

 

船での生活

 船には二人一部屋の部屋が幾つもあり、学生はここで生活するのだが、今回は参加者が少なく、一人一部屋になった!部屋には二段ベットが一つ。机が二つ。棚が二つ。そして、何とテレビと冷蔵庫、洗面台がついている!

 テレビは、航海中はBS1とBS2が映るうえ、事務室前にFAXで届いた新聞の一部が掲示さるため、航海から帰ってきたら世間の動きについていけない、という事はない。

 「ちゅらさんの 水着はいらぬ 最終回」等と、NHKに下らない突っ込みを入れたり、情報操作の臭いがプンプンするアメリカのテロ事件報道をタイムリーに見る事ができる。

 テレビには、他に船内だけの特別チャンネルが二つある。

 一つは、その時甲板で作動しているウィンチの周りを映したもの。

船室にいながら作業の様子を見ることができる。しかし、起きてテレビを付けたら、網が海の中に入っていくのを見ている皆の後ろ姿、なんて映像を見てびっくりする事もある。つまり、自分は寝坊したということ。

 もう一つは、現在の船とウィンチとその周りの状況を数字で表わしたもの。

 船首方向、対水速度、対地速度、流向、流速、水深、使用ウィンチ番号、ワイヤー線長・速度・張力、気圧、気温、湿度、水温、気温、風速、目的地方位、目的地距離、目的地位置、現在位置、日時が示されている。

 このメールの最後にいつもついている船の現在位置は、このチンネルを見て送信直前に書き込んだもの。

 研究者班の部屋は、学生、研究員、次席研究員、主席研究員の順に部屋がグレードアップしていく。函館到着後すぐに主席研究員の先生の部屋に行って驚いた。ホテルの Semi Sweet クラスのだだっ広い一人部屋。一人でそんな所に暮らしてどうすんの?ってな感じ。同じく、船員さんの方も、階級が上がるにつれてグレード・アップし、船長さんともなると、大変な部屋で暮らしているのだろう。家より船の方が良うなってしまうわな。

 さて、部屋の噂は聞いていたけれど、乗船直後はびっくりして感激しっぱなしだった。買ったばかりのiBookを机の上にのせ、本と論文を棚に並べ、ニヤニヤしっぱなし。自分の小さな城を完成させ、今度は買い出しである。

 航海は長い、乗船した段階ではどんな食事が出るのかわからなかったし、酒と果物は必須だと思っていた。着岸していた函館西E埠頭から一番近いスーパーを探し、そこで色々な物を買った。

 出港から下船までの日にちを計算し、乳製品は、賞味期限が切れる順に牛乳、ヨーグルト、チーズと毎日欠かさない量。果物は毎日一個は食べられるように。野菜ジュースも一日300ml以上。

 役に立ったのは、蜂蜜とレモン。出港して3日後くらいにハードな日程がたたって風邪をひきかけたが、風呂とホット蜂蜜レモンで一晩で治した。

 レモンは、本来はテキーラの為に買ったものだった。わざわざテキーラグラスを持参し、Jose Cuervo Especial を購入。ビールは二箱(48本)。

 今回の調査には、岡山大で数々の伝説を残している飲んべえの先輩と、学部の2回生の時から飯は抜いてもほぼ毎日ワイン一本は空けているという北大の先輩(ソムリエ狙い)が参加しているので、これでも足りないかも...、と思っていたが、昨日まで飲む機会はほとんどなし。

 食事は食堂でとる。7:20、11:20、17:20に船内放送で鳴らすチャイムが合図。ここでの食事は大変美味しい!

 毎日必ず、肉と魚が出る。朝食でスジコが出たりする。船員さんが引っ掛けたと思われる取れたてのサンマとか、函館で積み込んだ本場の鮭やニシンとか、甘エビの味噌汁とか、魚介類はどれも旨い。船酔いがないので常に食べられる。食べ過ぎるのを抑えるのがつらい。東京に戻ってからの生活を考えると、三食がしっかりし過ぎていて立ち直れなさそう...。

 浴室は協同浴場で今回は24時間利用可能。でも、人数が少ない為、ほぼいつも一人で入っている。一般の風呂と違うのは、壁に手すりが付いている点。揺れが大きい時には手すりに掴まっていないと、石鹸で滑って転びそうになる。夜通し作業があった後、湯舟の中で波に揺られる時間は何にも代え難い。浴室の側には洗濯機が並び、乾燥機も完備。

 そうじは当番制で、今航海では2回順番が回ってきた。風呂掃除と廊下に掃除機をかけるだけなので楽勝。

 前述したような事が生活の基本となるが、何より大事だったのは先月いっぱい続いた調査。調査予定が密に組まれて、1、2時間の仮眠を取りつつ丸二日間動きっぱなしという事があった。そんな時は、睡眠時間を稼ぐために朝飯を抜いた。仮眠の習慣がたたり、最近は、寝て2時間後に目が覚めるようになってしまった...。

 あと、晴れた日は何とかして夕陽を見る時間を作った。

 周りに障害物のない夕方の空なんてめったに見れない。風景は時事刻々と変化し、ずっと見とれてしまえる…。

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北緯38度35分、東経141度41分、航行中。

天候曇り。気温17.9℃。水温19.2℃。


13.

 今日は一日中大揺れ。午前中、風速が一時17mに達した。

暗雲がたれ込め、時々顔を覗かせる太陽は、大きく波立つ水面を黒光りさせていて気味悪かった。食堂の小窓には何度も波がぶち当たり、海の中が見えてしまっていた。

 揺れが大きいと、机の上の物が転がり落ちるし、あっちこっちで動き回るし、船室のあちこちが軋んでうっとおしい。うるさくて寝ることもできない。

 これが南極航海ともなると、本当にひどいらしい。

 南緯40°線は、たしか地理用語で「吠える40度(roaring forties)」なんて言われている暴風圏で、一週間、何も食えなくなる人がでてくるみたい。動いているのは、一部の船員さんと、本当に船に強いごく一部の研究者。ある先輩は、「気持ち悪くて食堂にまで辿り着けない」とか、「何とか生きる為にカルピスを飲む(ブドウ糖の塊だから)。カルピスは、飲んで美味しく、吐いても美味しい(胃酸で喉が焼けない)。二度美味しい。」と笑えない事を言っていた。

 いつか南極航海にも参加したいけど、「二度美味しい」のは嫌だ…。

 

日本海溝縁辺部水深4800m

 9月27日午前6時。わりと様々な生き物が取れたが、目につくのはやはりナマコ。

 ここでは3種類のナマコが目立っていた。イモナマコという濃い紫色の細いサツマ芋のようなナマコ。センジュナマコ、そして和名がない透明なソーセージのようなナマコだった。クモヒトデも相変わらず多い。

 興味をひいたのはユメブンブクというウニ。ブンブクの説明については航海記8にしたのでそちらを参照して頂きたいが、ユメブンブクは、他のブンブクとはちと違う。焦茶色で縦長のソーセージ形。細長いウニ。初めて見た。

 ユメエビもユメナマコもユメブンブクも最初に発見した人は、真に「夢」を見ているような形に思えたのだろう。何度も繰り返しているけれど、自分で勝手に決めてしまっていた枠を壊されるのは、ショックであると同時に興奮する瞬間でもある。

 無かったつもりの枠は、壊されて初めてあったことを知る。

 これ以深も、種組成は多少違っても量としはナマコが一番だった。千島海溝にしろ日本海溝にしろ、これには幾つかの理由が考えられる。

 ところで、その理由について述べる前に、ナマコが属する「棘皮動物(きょくひどうぶつ」というグループについて説明する必要があるだろう。

 

棘皮動物との出会い

 世の中の生物、数あれど、僕は、この棘皮動物の仲間が大好きである。それは、食べる、という意味ではなく、知的好奇心として、そして、そのデザインが。専門にしている海綿動物はどうした?と問われれば、勿論これはこれで面白い!発見ばかりだし。しかし、面白いと感じた時期としは棘皮動物の方が遥かに遡る。

 僕が初めて「棘皮動物」に出会ったのは、今の実家に引っ越した年の夏だった。小学校3年生、9才の夏である。

 僕は、随分小さい頃から生物が好きだった。最初は他の生物好きの少年達が辿るように、昆虫からだった。昆虫と一口に言っても、図鑑は甲虫(カブトムシやクワガタ等)、蝶と蛾等、何冊か持っていた。図鑑に載っている虫達をほとんど覚えると、次は貝、哺乳類、両生類、爬虫類とそれぞれの動物達に夢中になった。魚に夢中になり、さらにカニやエビ、イソギンチャク等、興味が、いわゆる「海産無脊椎動物」に移っていった時、三重県に引っ越すことになる。

 それまでは、動物園や水族館、親戚の家に遊びに行った時以外で実際に生き物を見る機会は少なく、ほとんどは図鑑の写真を見て憧れているしかなかった。それが、環境が変わり、憧れの生物達が家の周りに溢れているようになった。最初の夏休みは、文字どおり「夢中」だった。

 出会いは、夏休みに入ってすぐにやって来た。ある日、磯に連れて行ってもらい、水中眼鏡をつけて海の中に入ると、そこに異様なものが...。黒っぽい紫色で、トゲトゲしている物体がいる。頭はどこだ?

 「これがウニか!」物凄く興奮したのを覚えている。何度か口にしていたはずだし、図鑑では何度も見ていたけれど、実際に生きているのを同じ水の中で見たのはその時が初めてだった。原因はよくわからない。それまでだって、ゴカイやイソギンチャクを含め、色々な生物を見ていた。他の生物とはかけ離れている(ように見えた)その姿や、頭がいったいどこにあるのかわからない、とかそんな所に衝撃を受けたんだと思う。そして、その時、そのムラサキウニの側にいたイトマキヒトデにも興奮した。ヒトデもおよそ他の生物とはかけ離れているように感じた。

 ただし、その頃の僕は、両方とも「棘皮動物」という一つのグループに括られる事なんて知るよしもなかった。

 時は過ぎ大学1回生の春、生協の本のコーナーで何気なく開いた一冊の海産無脊椎動物の図鑑を見て、目を見張る。そこには、見たことも聞いたこともなかった(単に知らなかっただけ)たくさんのウニの写真が出ていた。興奮し、すぐさま購入。遥か遠くに過ぎ去っていた小3の夏の情景がふいに広がった。

 続いて、2回生の時には、その図鑑のウニの部分を担当した先生に出会う。先生の書いた論文を幾つか貰い、世界には、図鑑に載っていた物の他にもたくさんのウニがいる事を知る。その先生が著者である45000円もするウニの専門書があることも知る。そして、洋書では数え上げられないくらいにたくさんの教科書が出ている事を知る...。ウニで学問を知らされ、進化は面白いと思い。そして、他の海産無脊椎動物へもどんどん傾倒していくようになり、今に至る。

 

棘皮動物

 棘皮動物は、大きくグループ分けして5つ。ウニ、ヒトデ、クモヒトデ、ナマコ、そして航海記5で少し紹介したウミユリという仲間が含まれている。

 棘皮動物は、幾つかの点で他の全ての動物からはっきりと区別される。成体の時期には頭部がない、とか体が原則的に五放射相称(幼生期は左右相称)を示す、とか、管足(かんそく)及びそれに続く水管系と呼ばれる一連の特殊な器官(水力学的機構と管壁の筋肉の働きによって伸び縮みし、吸着、接餌、移動、潜掘、呼吸、感覚に関わっている)をもつ、とかである。

 棘皮動物の歴史は古く、化石はカンブリア紀前期から知られているが、前述した大まかなグループへの分化は、既にその前に起きていたらしい。化石まで含めると、大まかなグループというのが17も存在していた。写真でもあればいいのだが、つまりは、ウニ、ヒトデ、ナマコ等という括り方で今知られている生物の他に12ものグループがいた、という事。素敵!!それでは、他の12グループはどうなったかというと、古生代末までに絶滅してしまった。

 絶滅してしまったグループの中には、脊椎動物の祖先形ではないかと盛んに議論されている「石灰質脊索動物」も含まれているが、今はこの程度で留めておく。

 「棘皮動物」は、全体としては、その全盛期を過ぎてしまった動物群であると言えるが、ウニやヒトデ、ナマコは、今こそ繁栄しているのではないだろうか(ウミユリは、航海記5でも紹介したように今や種数を大幅に減らしている。有名な秋吉台の石灰岩の多くは、かつて浅海で繁栄していたウミユリの破片化石で構成されている)。

 そして、ここから、やっとナマコの考察に入れるわけであります。

 

ナマコが深海底で優先している理由(個人的意見)

 これは、生物学界でコンセンサスを得られている意見ではなく、あくまで僕個人の意見として受け止めておいて欲しい。原因は三つ考えられる。

1. 食べ物

 ナマコの食べ物は泥に付いた有機物であるため、言わば、食べ物の上で生活しているようなもの(餌がなくても1年以上生きていたという記録がある。例え食べ物が無くてもしばらくは問題なさそう)。水深が深くなるにつれて、生物の数は減っていくので、魚やカニ、エビのように他の動物を食べる生物にとっては、餌が減ってどんどん過酷な環境になっていくが、ナマコにとっては、そんな事はおかまいなし。しかも、深海性のナマコは、移動能力にも長けている(半分の種類が泳ぐ)事は既に述べた。食べ物を求めて移動する事も可能であろう。

2. 再生能力

 ナマコは再生能力が非常に優れている。浅海のナマコの中には、敵に襲われると、内臓を吐き出して、それを食べさせ、逃げる種類がいる。つまりは、内臓無しで生き、再生させる事ができる。栄養状態がよくなってくると、分裂して数を増やす種類もいるらしい?。

3. 水圧耐性

 水深が深くなるにつれて増加していく水圧に適応した体構造。深い所のナマコは寒天質で柔らかいのが多いと書いた。柔らかいとうい事は、外からの圧力に対して一見弱そうに見えるけれど、実際は逆。鉄の箱を深海に沈めると潰れてしまうが、豆腐は、潰れない。水分の多い寒天質の構造は、外からの水圧が増加するにつれ、体内の水圧もそれに合わせて増加させられる。深海魚の体もブヨブヨしている。逆に、カニやエビは水圧に弱いらしく、水深6000mを越える辺りから姿を消す。

 う〜ん...。当たり前な意見ばかりかも...。

 やっぱり、自分で実際にサンプルを扱わないと新たな発見は無いな。解剖したり、組織を顕微鏡で見たり、生理や生態を調べたら深海性のナマコに共通する特徴とか見つかるかもしれん…。

 書き忘れていましたが、酢の物にしているナマコのコリコリした身の部分は筋肉ではありません。適切な和名がないのですが、今のところ「キャッチ結合組織」と呼ばれている棘皮動物特有の組織。ナマコで特に発達しています。ウニの、トゲと本体の殻を繋ぐ柔らかい部分が、いわゆるナマコの身の部分です。

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北緯38度31分、東経142度53分、航行中。

天候曇り。気温18.2℃。水温21.8℃。


14.

 南下するごとに風が暖かくなり、甲板で過ごしやすくなってきた。

 昨日の悪天候が嘘のよう。実質最後の日を飾るに相応しい天気だ。気付けば海の色も変わり、黒潮の上に乗っているみたい。深い深い藍色は、ともすれば黒っぽくも見える。これが黒潮の名前の由来だろうか...。紫色の大きなクラゲが、優雅に漂いながら船の横を通り過ぎ、メタリックブルーとメタリックグリーンの剣のようなシイラが、鋭く煌めきながら水を切っていく。

 高くて淡い秋空と黒潮の濃い海。寝転がったり起き上がったり、ため息ついたり深呼吸したり、あっちこっち登って、ぼ?っとして、珠玉の一日が過ぎていく…。

 

日本海溝縁辺部。水深5500m 

 9月30日午前0時水揚げ。前回でその理由について考えてみたが、やはりナマコが多い。水深4800mの時と種組成はほぼ同じ。

 網に入っていた沈木から大きな発見があった。深海底に沈んでいる木は、勿論、陸上から流れてきたものであり、栄養分に乏しい深海底では幾つかの生物にとって重要な食料となっている。表面に珍しい貝が付いている事が多いし、キクイムシ(木食い虫)という二枚貝が大量に中に潜り込んでいる事もある。

 余談となるが、「ムシ」という名前が付いているからと言って、それら全てが昆虫なわけではない。貝の一部や等脚類(例えば、ダンゴムシ、フナムシ、イソコツブムシ)、そして殆どの寄生虫(寄生虫も様々な動物群で構成されている)は名前の語尾が「ムシ」となっている。日本人は元来、よくわからない生き物には虫(蟲)という言葉を付けていたらしい。

 話を戻そう。で、この沈木の中から北大の先輩が等脚類の仲間を見つけた。これは、深海性等脚類のこれまでの知見を覆す発見だった。

 深海性等脚類というのは、砂泥底に棲んでいるのが常識となっており、深海底の沈木の中から見つかったという報告はこれまでただの一度もない。それゆえ、採集方法としては、底泥や砂を篩でふるい、肉眼や顕微鏡で見て拾い出す以外には考えられなかった。

 もし彼が、その常識にとらわれていたとしたら、沈木になど見向きもせず他の作業にあたっていたはずである(忙しかったし、実際、彼が見ようとした時、沈木は捨てられる寸前だった)。

 しかしその時、彼には原因のわからぬ何か自信があったのだろう、おもむろに柔らかくなった沈木を裂き始め、大発見をモノにした。

 新種であるのは勿論、新しいグループ(新属)である事も確実だそうだ、それどころか、彼の発見により、貝の研究者以外も沈木に注目するようになるだろう。どれほどの量の沈木が深海底にあるのかは定かではないが、それを頼りにして生きている動物が貝以外にもいる事が判明した。

 これまでのメールでも何度となく似たような事を書いたけれど、常識だとか当然だという考えにとらわれていては新しい発見はできない。柔軟な発想が必要、という使い古されてしまっているけれどあまりにも大事な事を間近で見させられた。

 もう一つ、気になった事がある。ゴミの問題だ。

 千島海溝では、水深7200mから上がってきた大量のプラスチックゴミが、日本海溝では、この水深から出始めた。千島海溝が北海道の近くに位置するのと比べ、日本海溝は本州に沿っている。ゴミの多さは無理ないのか...。

 ハワイ沖には、太平洋中のゴミが集まる死のポイントがあるらしい、文化が発展する為には、こうならざるをえなかったのかもしれないが、悲しい話だ。

 ビニール袋の切れ端にイソギンチャクが何匹も付いていた。

 固着性生物である彼らは、幼生の一時期を除いて何かにくっつかずには生きていけない(環境が悪くなると一時的に移動する事はできる)。

何もそんな物にくっつかなくても他に良い物があるだろうに?。

なんだか切なくなってしまった。

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北緯36度09分、東経142度35分、航行中。

天候曇り。気温22.3℃。水温26.1℃。


15.

(2001年10月5日午前1時)

 勝浦沖まで戻って来ました。街の明かりが見えます。

携帯も通じる!晴海埠頭まで後9時間!起きたら航海も終わりです。

日本海溝 水深7500m

 9月30日午後1時。今航海合計23回の採集を行ったうち、最深部にして最後のポイントから網が上がってきた。午前0時に上がってきた水深5500mの採集物の処理に5時間近くもかかり、そのまま朝食を迎え、午前中ずっと寝ていた後の出来事だった。

 天気はよく、水平線が世界をすかっと半分に切っている。どんなに疲れていてもこれがあれば平気。

 網の中にはコンテナ3杯分程の泥が入っていた。水深7500mの泥は、ソフトクリームのように肌理が細かく柔らかくて一同感激。少し舐めてみると後が残らない。ある先生は、「千島海溝のより酸味がある」との評価をしていた。

 バリ島で一週間ほぼ毎日エステ通いをした事があるが、その時、体に塗られた泥より、こっちの泥を塗った方が気持ち良さそうだ。ミネラルもたっぷり含んでそうだし。

 取れた生き物はそんなにいなかった。量としては、最後もやっぱりナマコ。日本海溝の時と同じくクマナマコだった。水深7500mでは、体長2cm体幅1cmの個体に単純計算で3トンの水圧がかかる。ユーモラスな外見にも関わらず、水深7000m以深という物凄い環境にしか生息していないクマナマコに進化の妙を見せられた。

 今回、千島海溝と日本海溝、それぞれ同じ深さでの採集を行ったのには理由がある。生物相の比較をし、それぞれの特徴を知ろうというのだ。今回の調査を企画した主席研究員の先生は、かれこれ20年程、日本周辺の色々な海溝の生物相調査をやってきており、千島海溝は、その最後を飾るものであるらしい。

 僕が見たところ、魚やナマコ、イソギンチャクのように大型の動物は、どっちもさほど違いは無いようだった。実際、本州周辺の深海生物相が変化するのは、鹿島灘辺りかららしい。

 一方、等脚類に関しては、共通点はあまり見られないということだった。これは、等脚類の生殖様式に関わってくる。等脚類は、雌が産んだ卵を自分のお腹にくっつけて育て、親と同じ形になってから放す。親に遊泳能力は無いので潮流に乗っての分散はない。よって各海溝で種分化が起きるらしい。

 北大の先輩によると、今回の千島海溝調査では、旧ソ連のビチャージ号が数十年前に行った調査で報告された等脚類約60種中、40種以上は手に入ったらしい。

 ビチャージ号航海は、7年間毎年行われた重点的な調査。そして、白鳳丸は今回一回。さらに新種も多数。なんと、その先輩が修士課程から5年間かけて採集してきた種数を、たった一回の航海で上まってしまったとか。

 これには原因がある。陸ではダンゴムシ、フナムシとして生きている彼らの仲間は、深海にこそ多く、これまでの調査方法では繁栄している深度に到達する事ができなかった。白鳳丸航海は、見事にその要求に応えてくれたというわけ。

 一方、僕が研究している海綿動物は、千島海溝での衝撃的な発見以降ほとんど取れなかった。海綿動物は、基本的に岩のようなしっかりとした基盤に固着して生活している。ところが、今回の採集方法はビーム・トロール。トロールはその大きさ故、岩場を曵くと網が破れたり、ひどい時にはワイヤーが切れて永遠に上がってこなくなる為、砂泥底を曵くのが絶対である。となると、取れる海綿も、砂泥底に棲む特殊なグループだけ、という事になってしまう。それはそれで大きな発見があったので良かったけれど、気持ちとしては、もうちょっと欲しかった。

 生物は、生物の数だけ、またはそれ以上に多様な生態をもつ。

 それぞれの生物に合わせて適切な研究方法を選ばないと的外れな結果を招いてしまいかねない。 何でもそうだね。

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北緯34度60分、東経140度22分、航行中。

天候曇り。気温23.6℃。水温24.3℃。


16.

下船

 10月5日。朝食を取って甲板に出ると、船は既に東京湾内をゆっくりと進んでいた。霧にむせぶ東京湾の両岸に夥しい数の人工物が並んでいる。まるで白鳳丸を出迎えるかのように進行方向のずっとずっと奥まで。その迫力に息をのみ、圧迫感を覚えた。

 昨日まで360度水平線というだだっ広い世界にいたことを、視界を遮られる事によって改めて思い知る。

 赤と白の横縞が入ったキリンのような形をした巨大なクレーンが何台も並び、巨大な倉庫が並び、たくさんのタンカーが岸壁に横付けされている。何隻もの船がすれ違っていく。遠くに幾つものビル群が聳え立つ。左手を新幹線が走っていき、右前方を「ゆりかもめ」が走っている。お台場が右方向に過ぎていく。レインボーブリッヂが、東京湾奥部が、近付いてくる。

 レインボーブリッヂが、東京への入り口、巨大な門のように見える。

 近付いて来る巨大な門を前にして、僕は甲板に立ち尽くし、進行方向のずっと奥を見据える事しかできなかった。

 門をくぐる瞬間、大変な緊張感が全身を駆け巡る。橋の上を行き交う車の音を感じ、遠くに林立するビル群を見て、都市のエネルギーを全身に感じ、ふと、人間は凄いなぁ、と思った。

 街を見てそんな風に思ったのは初めてだった。ずっと田舎の自然の美しさというものに心惹かれてきたから、例え便利でも品の無い街というものを毛嫌いしていた(中途半端な開発を進めている田舎はもっと嫌い)し、渋谷も新宿も六本木も高層ビル群もくそ食らえと思っていた。だけど、その時は東京湾のど真ん中から巨大都市を全貌するという特別なシチュエーションも手伝ったためか、不思議に人間は凄いなぁと思った。正直、そんな感情に浸っている自分に驚いた。

 360度水平線の世界はもちろん最高だった。人の匂いも気配も全く感じられない風景が彼岸であるかのように思えたし、ニライカナイが見えるようでもあった。

 そんな世界から忽然と360度都会の風景に放り込まれた時、今度は、それぞれの風景に関わっているであろう無数の人々のエネルギーに感動したのだった。

 その時戦争を始めようとしていた人々、テロを実行した人々、テロを引き起こした根本の原因をよく考えもせず報復だなんだと喚いていた人々、それを全面的に支持すると宣った亡国の首脳陣、

 他にやる事を探す努力を自分でできず繁華街にたむろする若者達、それを助長する大人達、下らない情報を垂れ流すマスメディア。

 「日本国憲法」の原文は英語だという事を知っているニッポン国民はいったいどれだけいるのだろう?これが意味する事の重大さに気付いている人はどれくらいいるのだろう?しかも、そのわかりにくい和訳を読まされている事に気付いてるのかどうか知らないが勝手な解釈で戦争に参加しようとする国会議員達、亡国の民、憂国の思い、世界は、日本は、ほんまに大丈夫なんか?

 そんな気分の悪くなる諸々の事はひとまず置いといて、どんよりした空気を吸いながら、感動の中に希望を見つけようとしていた。

 10月5日午前9時半晴海埠頭着岸。

 5時間かかった荷下ろしを終え、港を離れる直前、函館でしたように岸壁から身を乗り出し、白鳳丸の船体に触れたままお礼を言った。

 

 いつかまた乗れるように、そして、その時にはまた変わっている自分を願って。


17.

航海を終えて

 下船してからちょうど一ヶ月が過ぎた。海外旅行先からその時の興奮をハガキで伝えるように、研究調査の興奮を伝えたい、とずっと思っていた。

 特に、去年と今年の5月末に広島大の調査船、豊潮丸に乗り込んだ時に見た黒潮の色、初夏の香りのする南風、水平線、自在に姿を変える雲、空の風景、島々の緑、夕陽の残光の中で踊るイルカの群れ、サンゴ礁の生物達…、それらは僕一人の中に留めておくにはあまりにも勿体無いものだった。

 写真をたくさん撮った。技術や器材の問題もあったが、その場にいた僕の気持ちなんて到底表現できていなかった。喉まで出かけていた感激の言葉をまた飲み込むような中途半端な感覚が残った。

 その時その時の感激を、なるべく時間を置かずに、多くの友人達に知らせたかった。白鳳丸に乗船する事が決まった時、感動の消化不良を起こさないようにノートパソコンを持参した。

 送信先の友人は多岐にわたり、海洋学や生物学の専門用語をどの程度まで出せばいいか迷った。難しくてよくわからない、という感想もあれば、間違いの指摘等もあったし、説明が平易過ぎて物足りなかった人もいるのではないか。

 結果的に、このメールを含め19通にもなったが、書いていた僕本人が色々な事を考えるきっかけになったし、何より一番楽しんでいた。そんな機会を与えてくれた白鳳丸航海と、航海記をずっと読んでくれていた友人達にすごく感謝している。

 白鳳丸航海は大学2回生の時からの憧れだった。そして、深海生物への憧れは小学校低学年の頃から抱いていたのではないかと思う(当時持っていた図鑑の最後のページを飾っていた奇妙な形の深海魚や他の深海生物の挿し絵を今でもよく覚えている。そして今回そのものを手にする事ができた!)。

 憧れは、それをどうやって手に入れればいいのかわからないから憧れなんだと思う。実際、これまでやってきた勉強というのは、白鳳丸航海を目標に据えていたわけではない。しかし、いつかはそれに繋がっていければ…、とどこかで思ってはいたんだと思う。そこにいつ繋がるかわからないから憧れはたくさん持っていた方がいい。

 そして、これは改めて自分に言い聞かせたい事なのだが、ひとたびそこに通じる道が見えたなら、後はそれに向かって突き進むだけ。

 その道が再び見えなくなってしまう事に比べたら、その為の努力なんて大した事ではないはずだ。

 目標に向かって何かをする時、「ゴールを目指して…」と表現する事があるけれど、僕は一概にそうではないような気がしている。

 これまで、確かにゴールを目指して何かをやっていた事はあった。しかし、何とかしてあるゴールに到達した途端、すぐに次のゴールを探している自分を知ることになる。

 僕は高校時代に陸上部に所属していたこともあって、これを陸上のトラックに例えるのだが、あのトラックで走れたら楽しいやろな、最高やろな…、というトラックがあり、そこで走ること、そこのスタート台に立つことを夢見て今を走っているんだと思う。

 ゴールとは、次へのスタートだった。

 自分はいつの頃からかスタートばかり目指すようになっていた。

 次のスタートが切れる程の自分になっていくのは本当に楽しいし、スタート目指して走っていてこそ他に走っている者の言葉をより深く感じる事ができる。

 学部生の頃の自分にとって、白鳳丸航海は、どうやって辿り着けばいいのか、どこにあるのかさえわからないトラックだった。それを目指すというよりは、その価値もよくわからずに、ただ「いいなぁ…」と思っていただけだった。目指すトラックが見えず、走るというよりは彷徨い歩くといった方が相応しい日々だった。

 そして、この春から博士課程という新たなスタートを切った自分にとって、この航海は走っている時にふと現れた別のトラックのようなものだった。直接それに向かって走っていたわけではないけれど、進み続けていなければ、そのトラックが現れることはなかったし、そこで走る力もなかっただろう。続けていて良かった。そして、航海に誘ってもらえる程になれてて良かった。

 不意に現れた憧れのスタート台にびっくりし、大変でありながらも不思議な時間が流れる数週間を過ごせた。

 白鳳丸を下りた今、航海は後に続く道の一部になった。

僕はまた本来のトラックに戻り、次のスタートに向かっているところだ。

 この先、転んだり、疲れて立ち止まったり、靴の紐が外れたり、次を見失ってしまうような事もあるかもしれないけれど、白鳳丸航海という道は、じんわりじんわり、僕の後押しをしてくれそうだ...。

(おわり)


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