Meet the World

初めて一人で外国に出たときのことだった。けっこうどきどき しながら釜山の町を歩いていた。その時は旅の素人らしく 「地球の歩き方」を小脇に抱え、重すぎる荷物を一生懸命背負いながら 有名な観光地を歩いた。しかし、今考えても不思議なのだが、 あの有名な観光地釜山で、初日は宿に着くまで観光客らしき人を 一人も見なかった。当時は日本人学生がたくさん海外旅行している 現状を知らなかった(というかこれほど多いとは思っていなかった) し、実際自分であるいても誰も見なかったので、「一人旅」の 「一人」という言葉がとても重くのしかかり、とても寂しい気分に なってしまった。その日の晩ご飯はさびれた定食屋で食べた。 その店は客が僕ひとりで、寂しさはいっそう増した。

宿に戻った。シングルルームだったので(とはいえ、ふとんの 大きさ=部屋の大きさだったが…)、部屋の中でブルーになって しまった。外出しようにも、初めての外国で夜出かける勇気も なかった。「はぁ」とため息をつきながらこれから10日ほどの旅行の ことを考えていた。「さて、これからどうしよう、そしてどうなるの だろう」

30分ほど「地球の歩き方」をぱらぱらと読んでいたが、あまりに 退屈なので何かアクションを起こすことにした。「同じ宿に泊まって いる人と友達になろう」そう思うと早かった。すぐに部屋を飛び出し、 たまたまその時にどこかから帰って来た韓国人に話しかけた。 「ちょうむぺっけすむにだ。ちょぬんいるぼんさらむ・ていはくせん いむにだ。さたにきょういらごはむにだ。ぱんがっぷすむにだ…。」 関釜フェリーで覚えたハングルをすべて使った。「もうしゃべるネタ がない…」と思い困っていると、「*@ $%&‘#** &%$#‘ +*」何か言ってきた。しかし分からない。しばらくすると向こうも こちらが理解していないことを悟ったらしく、「Coming where?」と 聞いてきた。僕は少し答えるのにためらった。韓国人は日本人に対して 悪い感情を持っているという話が僕の頭をよぎったからである。少し でも気を使ったつもりで僕は「いるぼん」と答えた。「おぉ、にっぽん!」 そういって彼は僕を受け入れてくれた。彼は中一程度の単語しか 英語に関しては知らなかったが、その英語と僕の持っていた韓国語の 会話の本とで会話をした。ここまで言葉が通じなくて困るような 経験は初めてだったが、イイタイコトが一つでも伝わると感動を覚 えた。言葉はすばらしい、でも気持ちの方がもっと…すごい。彼に は韓国語の発音を教えてもらったり、韓国式ビリヤードを いっしょにしたりした。深夜突然ノックされて起こされたりも したが、友達の家に連れていってくれ、韓国人と韓国料理を たくさん紹介してくれた。何もかもが新鮮な経験で、とても エキサイティングだった。

思いがけない出会いはほかにもあった。釜山を離れ慶州に いたときである。僕はたまたま知り合った早稲田大学の稲葉君と 歩いていた。日本人に会ったのが嬉しくて僕らは夜の慶州を 大騒ぎしながら歩いていた。気がつくと韓国人の中年の おじさんがじろじろ見ている。それでも僕らは日本語で 大騒ぎしていた。すると、「何か困ったことはあるか」と どこかから聞こえてきた。よく見るとそのおじさんは日本語を しゃべっていた。文化高校の日本語教師である彼(朴さん)は 少し酔っ払っており、何気なく話してみたという。怪しいかな、 とも思ったが、少し朴さんと話していると「日本を嫌うように 教育されているので全体として私も日本が嫌いだが、若者が 一人で私の国を見に来てくれたのだから、私は誠意を持って 君たちを歓迎する。」と朴さんは大声で叫んだ。酔っている けどいい人みたいだなと感じたので、「うちに来てコーヒー でも飲みなさい」との誘いにはすぐに乗ってみた。

朴さんの家には奥さんと小学生の子ども二人がおり、 とても良くしてくれた。旧日本軍が作り、韓国に押し付けた 歴史の教科書を見せてもらった。あまり詳しく読む時間は なかったが、現代の日本人が知ったら衝撃を受けそうなことが たくさん書かれていた。でも隠されているこうしたことを 日本人全員がが知らなければ相互理解は難しいだろう。 同じところのはなしでも国が違えば歴史が違う。この時受けた 衝撃は今でも忘れないし、韓国人と話すときにいつも気に 留めている。また、認識の違いからとんでもない誤解が 生じることに自ら気付いたので、すべての異文化の人と話す ときの糧ともなっているように思う。朴さんにいろいろと 知らないことを尋ね、思ったことをぶつけてみた。朴さんは 僕らをとても気に入ってくれ、次の日には慶州を案内して くれ、ホームスティもさせてくれた。朴さんはよく日本の 修学旅行生のホームスティを受け入れているという。でも その高校生たちは遠慮して自分のことも何もしゃべらないの だという。朴さんは言った。「高校生たちもいろいろと言って くれればいいのに。遠慮しなければいいのに。君たちみたいに。」

あれ? 遠慮しなかったっけ? 旅の付き合いに遠慮は 無用かもしれない。その方が自分も楽しいし、相手も (たぶん)喜んでくれるだろう。

今までのたびでほかにもすばらしい出会いはたくさんあった。 ヴェトナムでいろいろなところに連れていってくれたZuong君、 カンボジアのバイクタクシーのThyさん、ネパールで泊めてくれた Rafat Kamalさん…。いちいち数え上げていたらきりがないが、 旅の出会いは僕にいろいろなものをもたらしてくれる。 いろいろなことを考えさせてくれる。このような出会いは大切に していきたいものだ。

しかし、いつもすばらしい出会いが待ち受けているとは 限らない。こんなことは考えたくもないことなのだが、 どこの国に行っても旅行者狙いの犯罪は存在する。荷物や お金をひったくられたりするのは自分の注意しだいで何とか なると思うが、親しくなってから睡眠薬を料理に盛られたり するのはどうしようもないと思う。僕はまだそんな経験は ないが、そういうことも実際ありうると心の底で警戒 しているため、なかなか人を信用することができない。 いきなり話し掛けられて信用しろといわれてもそれができない のは仕方がないことかもしれない。しかし、最後の最後まで 疑って、その人に悪意がなかったことが分かるととても 申し訳ない気持ちになって自己嫌悪に陥ったりする。 「ごめんね」とつぶやきながら別れるのはとても辛く悲しい。

場所から場所へと移動する「旅」というものの性質 ゆえにこのことは避けられないことなのだろうか。 定住型の旅をすれば少しはこの問題が解決するのだろうか。 でも、今の僕はどこか一個所に留まる旅よりも動き回って いろいろなものに出会いたいのでこうしたジレンマを 背負いながら旅を続けていくことになるのだろう。

「話し掛けてくる人にいい人はいないが、こちらが話し掛けた人に悪い人はいない」

とりあえずはこの「原則」に則して旅を続けるほか ないだろう。しかし、この言葉からは「全体から見ると 悪い人の割合は非常に少ない」という意味が汲み取れるので やはり一握りの悪人のために「いいひと」を見逃すのは惜しい。

誰カ、善人ト、悪人ヲ、見分ケル メガネ ヲ、オクレ…。


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