2005年3月27日

野球再開

久しぶりにボールを投げた。かなり身体がなまってるが、野球をするのは楽しい。

その後、花見をした。ナックルズのメンバーで、というつもりだったが、高校の同窓会みたいになった。ナックルズを立ち上げたのは高校の友達と伊豆に出かけた帰りだったから、まぁそんなもんか。

友人Cの2人の息子が随分大きくなった。一緒に凧揚げができるほどとは!

2005年3月26日

東京庚申堂 お堂閉鎖

友人が主宰する東京庚申堂(詳細は説明しきれないので、サイト参照。見てもわからない人は参加してください)が転機を迎えるようだ。

庚申堂の堂守はこだわりの男で、自宅を「お堂」と称し、東京の普通の民家を借りてるのにそこに囲炉裏を作り、毎回さまざまな趣向を凝らした飲み会を開催していた。そのお堂を閉鎖するというので、お堂のサヨナラパーティーに行った。

閉鎖の理由はなんと!○○○だった(本人の希望で書けないが)。お堂閉鎖なんて、彼らしくない行動だけど、理由を知って納得。そして話を聞いて、少し方向は変わるかも知れないが、彼のオモシロ企画はまだまだ続くなぁと思って帰宅した。

今後も笑わせてくれよ。

2005年3月21日

ホームパーティー@ヨルダン邸

ヨルダン邸で「鍋リレー(鍋奉行と蒸籠夫人)」パーティー。26人が参加。

これだけの人数が騒いで楽しめるスペースがあるのは素晴らしい。メインは鍋と蒸籠(せいろ)で、それぞれが鍋に入れたいもの、蒸したいものを持ってきた。あらゆる食材が揃っていたという印象。蟹や牡蠣をはじめ、鯛も丸ごとあったし。

フジヤマンボ!メンバーはやっぱり強烈だなぁ。去年は参加しなかったので、知らない顔も増えたが、少しずつまた分かってきた。

2005年3月20日

椿山荘

豊後梅ポルトガルにも来てくれた友人Kの結婚式で椿山荘に行った。庭は立派(どころじゃない!)で、夕陽に映えた三重塔が美しかった。

Kは有言実行の男だ。涼しい顔をして、一瞬で決断を下す。これから彼がどんな家庭を築くか楽しみだ。そんな彼に世田谷園芸市で見つけた豊後梅プレゼントした。家は少し遠いが、行き来しよう!

おめでとう。

2005年3月19日

久々の運動

かつお、BOBと3人でテニスをしに根岸へ。

久しぶりに運動すると気持ちがよかった。よく晴れていたし。硬式テニスはまだまだ経験が浅いので、どうしても軟式打ちになってしまう。ラケットの握り方なんかもまだ違和感がある・・・。意識して硬式打ちをすると確かにいい球が打てるんだが。もっと頻繁にやって上達させたい。なんせ、今のところ半年~2年に一度のペースでしかテニスしてないからな・・・。

テニスが終わると、中華街へ。運動で消費したエネルギーを10倍ぐらいにして取り戻した。昼間からビールと紹興酒を飲んで、眠くなったので3時過ぎに家に帰ることにした。いつも徹夜で飲んでるから、こういうのはこのメンバーでは珍しい。東横線では爆睡だった。

家に徒歩で帰る途中、だんだん目が覚めてきたが、まもなく家に着くという頃、家の鍵を忘れたことに気づき、一気に目が覚めた。2時間ほど図書館や駅前で時間を潰し、帰宅。

2005年3月18日

またまた誕生日会

二弧
今日も誕生日会。と言っても、今日は僕の、ではないが。

妻の友人たちと5人で、表参道のヤムチャイナへ。この店には昨年の忘年会で来た。味の良さと店長の気さくさに、また来ようと思ってから3ヶ月近くが過ぎていた。

幸い(店にとっては不幸か?)、他には誰も客が来ていなかったので、店長のチャンさんを独占状態。お茶をいれながらいろいろなパフォーマンスを見せてくれたし、何品もサービスしてもらった。中国の楽器「二弧」の弾き方を教えてももらった。

店のコンセプトを徐々に変えつつあって、来週からは薬膳料理になるそうだ。味がいいだけでなく、食べ物の由来や効能など、親切に教えてくれるところがスバラシイ。また近いうちに行こう。

2005年3月13日

兄宅訪問

兄の家を訪れた。
僕と義姉と兄がちょうど一週間ずつ誕生日がずれているので、それぞれのお祝いも兼ねて。

久しぶりに姪にも会った。1歳半。こちらの言うことをかなり理解しているようだ。こちらが分かる言葉もしゃべるようになっている。すごい成長だ。

スシル夫妻も来た。スシルの大学時代の友人とその家族を伴って来た。卒業後連絡も取っていなかったが、日本で同じ地方出身者の会のウェブサイトで名前を見つけ、7~8年ぶりに会ったとか。ネットは便利だし、時間を超えてつながりを作るよなぁ。

2005年3月12日

パントマイムとポルトガル料理

セルビア人の友人アナが出演するパントマイム「記憶のかけら」を観た。
汎マイム工房の新人公演とのこと。アナも半年前から始めたという。半年とか一年であれだけ上手になるのかぁ。ジャクリングやタップダンスなども組み合わせて、面白い舞台だった。

その後、荻窪へ移動し、3ヶ月ぶりに「海と森」へ。僕の誕生日祝いということで集まってもらったが、ちょうどこの日に誕生日だったロキさんを祝い、さらに、実はずっと隠してたメインイベントとして、あの「ユーラシア大陸をシベリア横断道路経由で単独横断した世界初の男」である中西が結婚することを報告した。いやぁ、めでたい!

結婚式はマカオで行う。今年の秋もエキサイティングな経験ができそうだ。

「海と森」では前回、完全にわがままを聞いてもらい盛大なパーティーをしたが、今回もずいぶんよくしてもらった。大人数で行くにもかかわらず、事前に正確な人数を伝えられなかったにもかかわらず、突然来た20名のために、料理をやりくりしてくれた。12名しか入れないと言われたのに、20名ほどが順々に来たため、無理矢理入らせてもらった。店長の河田さんが「食材足りてよかったですよ~」とのこと。
次回はちゃんと人数を把握していきますので、またよろしくお願いします。

2005年3月11日

ブラッドフォードなひととき

ブラッドフォード時代の2人の友達と約半年振りに再会。

仕事が遅くなり、約束の時間に2時間も遅れてしまったので、1時間ほどしか会えなかったが、愉快な時間を過ごした。

一人はアメリカ人のボビー。卒業後、ふらふらと旅行しているようだ。年末年始にインドにいると聞いていたが、その後パキスタンで40日間を過ごし、アメリカに帰る前に日本に寄った。もう一人は南アフリカ人のエルシャ。東京で国際機関のインターンをしている。

2人と話していて、「余裕あるなぁ」と思う。才能とアイデアに溢れた人たちで、「これからすべきこと、したいこと」の膨大なリストを持っているからこそ生まれる余裕だと思う。自信もあるのだろう。こういう落ち着きを日本人で持っている人はなかなか見ない。
しかし一方で、それだけのアイデアがあるならどうして早く実行しないのかとも思う。こういう風に考えるのは「せっかち」なのかも知れないが。

会った場所は渋谷の「ベルゴ」というヨーロッパビールがたくさん並ぶ専門店。東京のことをそれほど知っているわけでもない2人が、よくもこういうこの日に理想的な雰囲気の店を見つけたなと感心した。ギネスやホーガルデン(やっぱりこう発音してた!)を飲み、しばらくぶりにブラッドフォード時代の思い出に、浸った。

2005年3月10日

大台

ついに乗った。

それほど実感があるわけじゃないが、たまたま立ち寄った展示会でアンケートに答え、「年齢 ・・・ 20代 30代 ・・・」とあるのを見て、後者に○をつけるのに少しためらった。これから10年その範囲内にあり、その初日じゃないか。とは言え、しっかり30代の第一歩を刻み込んだ。

今日、3月10日は「東京都平和の日」。東京大空襲からちょうど60年、僕が誕生してからちょうど30年。平和学を学んだ僕に「平和」との縁がここにもある気がする。

というわけで、都主催の式典と祈念コンサートに取材に行ってきた。記者とカメラマン合わせて30名ほどか。慌しく動き回る人がいる。地べたに座り込んでメモを取る人もいる。記者席に近い参加者はかわいそうだな。

式典が終わると記者団はあっという間に散った。祈念コンサートのとき、記者席にいたのは僕一人だった。音楽を聴くこともこのイベントの大事な要素だと思うが、記事を書くのが目的であれば関係ないのか。確かに、主催者と主賓挨拶は終わったが、イベントは終わっていない。音楽に耳を傾けることで書ける記事もあると思う。心のゆとりは即効性はないかもしれないが、持つことで数年後の世界が変わると思う。持ち続けるのは難しくても不可能じゃない。

というわけで、広々とした空間で、都響が演奏するバッハやバーンスタインの曲を堪能した。ゆったりとした時間。30歳初日になかなかいい時間を過ごせた。

2005年3月 3日

世界青年の船

7年前に世界青年の船で一緒だったやっさんと再会。

やっさんは船に乗る前から自分でいろいろな事業を営んでいて、最近は盲導犬支援センターを立ち上げたらしい。また、2年前に日本のナショナル・リーダーとして再び乗船し、そのときのメンバーとTSUNAGU friend shipというNPOを立上げたりもしている。幅広く面白い人だ。

会った理由はやっさんのNPOが企画している、愛知の女子高生に世界船を紹介するビデオを作るのに協力するため。世界船とその後のキャリアについてインタビューをされた。

世界船を始めとする内閣府(+IYEO)の国際交流行事は、参加者にとってものすごくいい(おいしいというのも含めてすごくいい経験)プログラムだが、その募集方法と参加者の集め方が限定的(少なくとも、そう思える)なため、せっかく税金とにっぽん丸という豪華客船でを使っているのに、その真価を発揮できていない。僕が参加した頃から事業自体が「存亡の危機」と囁かれていたが、広報努力をずっと怠っているようだ。その証拠にほとんどの人がその存在をしらないか、ピースボートと混同している。

というわけで、学生と、公務員が参加者の主流で、民間で職務経験のある参加者がほとんどいない。それゆえ、日本人は参加青年の半数近くを占めているのに、英語力や実務経験の差で存在感を十分に示せなかったりしている。事業を「個人の楽しみ」以上の価値あるものにするためには、参加者をもっといろいろなところから呼んでくる必要がある。商社とかから無理矢理にでも数人参加させれば面白いだろうな。

参加経験者が自ら語り、この行事について知らせて行くことは必要なことだと思う。いいことも、悪いことも。今回、やっさんらが作っているのは女子高生用のビデオだが、彼女らのうちの数人でも、船に乗って問題点やメリットを感じるのではなく、乗る前に知っておくことは意味があるだろう。また、内閣府やIYEOの広報ビデオではない紹介ビデオが各地で紹介されるようになれば、それを見て響く人がいるだろう。そんなことを期待して、インタビューに答えることにした。やっさん、期待してるぞ。

かと福