2007年3月 2日

失業者は多忙

2月は3週間も広島に滞在し、大変貴重な時間を過ごせた。長男誕生も予定日より8日遅れたが、幸運な状況下にあったため、生まれてすぐに出会うこともできたし、しばらく濃密な時を過ごすこともできた。

3月になり、東京に戻った。いよいよこれから本格的なスタート。いろいろ予定をこなそうと思ったら、今日は6カ所も行くことになった。失業者は多忙だ(笑)。会社に行かなければならないときは、平日の昼間には基本的に予定が入れられないけど、今はフルに時間を使える。行きたいところに行って、会いたい人には会うぞ~。慧を迎える前に、妻不在で荒れ果てた家の中を片付けなければいけないが…(汗)。

午後には厚生労働省の記者クラブにもぐりこんで、約1カ月ぶりに記者会見というものに出席した。なんと、同僚が記者会見を開くとの噂を耳にしたため。本件については僕はコメントは控えるが、すでに新聞などで報道されているので興味のある方はどうぞ。(中国新聞毎日新聞朝日新聞レイバーネット日本しんぶん赤旗)報道が正しいかどうかは分からない部分もあるが、事実として明らかなことを書いておくと、ライブドア・ニュースは「2004年12月にスタート、05年1月にニュース配信をスタート」(最初の記事)が正しいです。今後記事を書く方はご参考まで。もう誰も書かないかな?

なぜこれが“正しい”かというと、閉鎖が決まった後に広報からかかってきた電話をたまたま僕が取り、「いつ始まったんですか?」との質問に「終わりが決まったんだからいつでもいいじゃないですか」と答えたが、「決めてください」と要請され、僕を含めた初期メンバーが入社した「04年12月でいいんじゃないですか」と“決めた”からだ。編集長、勝手に判断させていただきましたことをここに告白します。

ライブドア・ニュースの中身について、メディアの人がほとんど何も知らないということに愕然としてしまった。ライブドアの冠がついていただためにアクセスはそれなりにあったが、存在感は示せていなかったのだなと関わっていた者として残念に思う。まぁ、このあたりのことはまた後日まとめようか。思わず会社ネタが長くなった。書き続けようと思えば本1冊ぐらいになるだろうが、ここで止めておこう。

その後会社に寄って諸手続きをしようと思っていたのだが、悪友(笑)らと会うことになり、日比谷でビールを飲んだ。この店7年ぶりだ。Lawyer Maruと初めて会った店だなぁ…と感慨にふける。その後、上場を控えた経営者の友人とひつじやで食事。充実した面白い飲みだったなぁ。

コメント[3]

トラックバックありがとうございます。

ライブドアは外資の意向による事業の切り売りが進んでいますが、ユーザーの権利を守るためにもライブドアの従業員は1人でも多く組合への加入を考えてほしいですね。

http://tokyo.gourmet.livedoor.com/restaurant/info/5075.html
ここだっけ?なんかすごいでっかいグラスで飲み干した記憶が。。。あれも偶然だったよねえ。

> maru

そうだねぇ。
店の名前とかは全然覚えてなかったんだけど、ガード下に近づき、店に入ったとき、あのときの記憶が鮮明によみがえった。

あれから7年たち、まさか同じときに子どもができるとは思わなかったねぇ。

あのグラスは「ドイツらしい」1㍑グラスだね。
相変わらずあったよ。

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