Coworking saikoo! (コワーキング、最高!)

今年もコワーキングアドベントカレンダー2011に参加しています。

昨年よりも多くの人が、積極的に参加してくれたのが嬉しい。25の枠が、あっという間に埋まった。昨年のを見てみると、ほとんどが知り合い。コワーキングに参加してほしい人に、無理矢理書かせたものもあった。今年は番外編もやることになり(クリスマスで終わる理由ないじゃない)現時点で30人がコワーキングについて何か書く。

2010年の最後のPAX Jellyは、すでに今回のシリーズで河村さんジャッキーさんが書かれているように、日本のコワーキングや潜在的なコワーカーにとって非常に重要なターニングポイントとなったようだ。Jellyを開けばなんとか人が集まる状態になっていて(逆に言うと、Jellyを開かないと人が来ないというスペースオーナーにとっては非常に苦しい状態=今年の7月までそれは続いた)、アドベントカレンダーでの意欲的な文章群とあわせて、多少の手ごたえはあった。しかし、心の中でコワーキングを広めるにはまだまだ時間がかかると覚悟せざるを得なかった。

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友人や会社の経営についてアドバイスをくださる方にも直接的・間接的にコワーキング事業は成り立ち得ないのではないかと疑問を呈され、自分の頭の中の理想的なイメージをきちんと伝えることができなかった。会社の業績もその他の原因もあり一時不振になり、スタッフを納得させることもできていなかった。

2011年の年始は非常に悩んでいた。月1−2回の楽しい時間のために、事務所の家賃を払い続けられるわけがないことは分かっていた。でも、その楽しさは、家賃以上の価値があると信じていた。が、どうすればいいのかは分からなかった。
“パーティするように仕事する”オフィスを作ろうと思ったのは、パクチーハウス東京を経営して、お客さまが生み出してくれたさまざまなつながりを見た結果だ。”交流する飲食店”を標榜し、相席やパーティ営業で想いを伝え、「パクチーハウスで面白いことがあった!」と言ってくれる人の言葉を励みにしてきた。そして、人と人とのつながりが、一時的な楽しさや友情を生むだけでなく、ビジネスや社会を変える原動力を生んでいることを目の当たりにした。
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多くの人が一日のうちで最も長く費やすのは、仕事の時間だ。その時間を”パーティ化”することができれば「仕事がつまらない」と言う人が減り、どよーんとして暗い日本の社会を明るく楽しくできるのではないかと考えた。
オフィス事業をやりたいと漠然と思ってからCoworkingという概念に出会うまで8ヶ月かかった。でも、その概念を知ってからPAX Coworking立ち上げまでは2ヶ月強。2010年7月にスペースを開き、半年経ったときに昨年のアドベントカレンダーを書いた。
自分自身の悩みの中に、「コワーキングスペースは日本ではもしかして根付かないかもしれない」という気持ちも正直としてあった。Jellyはある程度流行るだろう。でもスペースはどうかなと思った。しかし、日本にたくさんのコワーキングスペースができなくても、世田谷区の経堂にすごい面白い仕事場があって、そこに人が集まることはありうると思った。パクチーハウスという業態に4年経った今も追随する人が誰もいないように、コワーキングも日本ではほとんど誰もやらないかもしれない。でも、多くの人がやらないことと、そのスペースができないことは同義ではない。
僕は自分が作る最高の仕事場を、もし日本で他に運営する人が増えなくても面白くなるようにしようと考えた。コワーキングという言葉は、今でこそメディアにも多少出ているものの、昨年の今頃はまだ、マイナーワードにも入らないぐらいのものだったと思う。でも、僕が敢えてコワーキングとかジェリーとかいうキーワードを、訳さずにそのまま使おうと決めたのは、コワーキングスペースでの仕事が瞬時に世界とつながれるようにしたいと思ったからだ。
僕が自分のオフィスをコワーキングスペースにしようと思った決定的なきっかけは、coworking visaという発想を知った時だ。「あるコワーキングスペースに属している人は、他のコワーキングスペースも使えるようにしたら素敵じゃない?」という呼びかけに対し、世界中のコワーカーがメーリングリストで「いいね!」「いいね!」と面白がっているのを目の当たりにした。提携したり、資本関係があるわけではない。そこにあるのは(会ったことのない人にたいしても、コワーキングスペースという概念を支持する者同士としての)信頼関係だけだ。「オレは○○にあるコワーキングスペースから来た」と言われたら、諸手を挙げて歓迎する。そういう人たちの一員でありたいと強く願った。
2011年は世界のコワーキングスペースに認知されようと思った。アメリカから始まったコワーキングスペースは、2010年後半にヨーロッパでずいぶん伸びた。日本はどうなるか分からないけど、アジア全体を見ればある程度の数のコワーキングスペースが2011年にはできるんじゃないかと期待した。そして、僕はアジアのコワーキングスペースを勝手に率いようと決めた。
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年初、友人の結婚式がベトナム・サイゴンであった機会を利用し、僕はサイゴンでコワーキングスペースを立ち上げたいと希望する会社を訪問。本当は少ない経験に理想論を運営のノウハウのように語ってアドバイスしてきた。そして、帰りに台湾を訪問し、台北でなんとかJellyを根付かせたいと考えるグループと会い、Jelly運営のコツと日本でのエキサイティングな体験を話してきた。
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そして、大げさなのは承知で「アジアのコワーキングスペースに次々アドバイスしてる