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2007年04月08日

32の手習い

思うところあって、書を習い始めた。とりあえず、4回のみレッスンを受ける。

先生は、2年ほど前に知り合った人で、起業の準備をする過程でいろいろとアイデアをもらったり、体験談を話してもらったりしている人。初めて会ったときから直感でスゴイ人物だと感じており、接触の機会を積極的に持っていたのだが、約1年前に連絡が取れなくなってしまった。起業のプランを真剣に練り始めた昨年12月に、その人のことを思い出した。その直後に、偶然ばったりと再会したのである。

とはいえ、実はゆっくりと話をしたことがなく、3月の初めに連絡を取って時間を頂いたときにはじめて、自分の直感が正しかったことを確認した。そして、きっかけを作って定期的に会いたいと思い、彼に教えを乞うた。その人の書いた文字を少しだけ見たことがあったが、実はどの程度書を嗜んでいるのかは全く知らなかった。しかし、その書法が非常に印象深かったので、十何年ぶりに筆を持ったときに、墨の香りに心地よさを感じながら持った「もう少しうまく書きたい」という感情をその人にぶつけたのだった。今日、初めて先生の書歴を聞き、驚いた。厚かましいお願いをしたことを恥じている。しかし、それを先に知っていたらこういう機会を持つに至らなかったと思うので、幸運な状況の流れがあったということにしておきたい。

前回は先生の体験を聞かせてもらい大いなる勉強をさせてもらったが、今日は先生の心の持ち方の一端に触れさせてもらい、新たな感激を得た。特に印象に残ったのは、手本とする人・師匠についての質問をしたときに「歴史上のすべての書家がよき師匠であるのみならず、子どもが書いた落書さえもよいところを吸収して、自分のものにしようと努めている」という答えを頂いたこと。こうした謙虚な学びの姿勢を僕も持ちたい。

「心象舞跡」「書は心の舞である」。自分の描きたい線を描くためには鍛錬が必要だが、身につけるべきは技術だけではなく、表現を生み出す心が伴ってはじめて、いいものができるということなのだと思う。

投稿者 beemanet : 2007年04月08日 23:59