2008年03月14日
伊東へ
自分の店で誕生日パーティを開いた翌10日、半年ぶりの家族旅行で伊東へ行った。
パクチーハウス東京の定休日の関係から、たった一泊の短い旅しかできないが、充実した時間が過ごせた。ちょっと忙しい旅だけれども、今後頻繁に行きたいものだ。
息子はこの日のことを記憶に残すことはないだろう。それでも、その瞬間瞬間を楽しんでくれているようで、嬉しい。いつもと違った場所で、違った雰囲気で、家族一緒に時を過ごすことに無上の喜びを感じた。
伊東では早くも桜が咲いていた。駆け足の毎日の中で、一瞬立ち止まっただけながら、ちょっとした気分転換の大切さを痛感したなぁ。
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2008年02月19日
慧、1歳
あっという間に時間が過ぎた。看護婦さんに「はいっ」と手渡され、腕の中で慧が父である僕の目をじっと見つめたあの日から1年である!過ぎ去った時はあっという間に感じられるが、その間の子どもの成長を考えると1年というのはいろいろなことを成し遂げるのに十分な時間でもあると思う。
ちょうど1年前に失業と息子誕生の祝いに鹿児島の有機芋焼酎・丹田を送ってくれた友人が今日、突然島根からパクチーハウスに来てくれ、いろいろ話をし、その頃のことを思い出した。慧が生まれた瞬間は自分が飲食店の店主になることを想定していなかったな。
自分で事業をやりたいと思ったのは妻のお腹の中にいる慧とフィンランドを旅行しているときだった。それから半年経ってもまとまらなかった事業計画は、慧が生まれ、慧との生活を念頭におきながら組み立てることで一気に実現に向かった。慧にエネルギーをもらいながら、1年前には想像すらできなかったぐらいエキサイティングな毎日を過ごすことができている。

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2007年12月12日
慧ちゃん、新聞デビュー!
日経MJのトレンドボックスというコーナーで、paxi house tokyo(パクチーハウス東京)のことが紹介された。
今までの取材では、「パクチー狂会会長」の写真を撮りに来る人が多かったが、MJは会長には目もくれず…。「女性スタッフに料理を持ってもらいたい」というのだった。というわけで、子連れスタッフを載せてもらうことにしたのだ。
パクチーハウス東京は「子ども連れでもOKの店」どころではなく、子連れがアタリマエのように来れる店を目指している。子どもは社会の大切な一員。だとしたら、子連れで入りにくい店が多いのはおかしいんじゃないかという疑問を僕は持っている。
子どもが騒いだら、周りはあたたかい目で見守ればいい。それが隣のテーブルだったら、あやしてやればいい。そういうことが積み重なって、人と人とのつながりが円滑になればと思う。

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2007年10月29日
ご飯から麺へ
5日ぶりに妻と息子が広島から帰ってきた。5日も見ないと随分大きくなるものだ!8カ月の子どもの5日間は、32歳の親父の240日ぶりぐらいに相当するからな。かくいう親父の240日間はどんなもんだと振り返ってみる。ちょうど起業の1つ目のネタ((パクチーハウス立ち上げ)を決めてから、それが開店というカタチで実現させるまでの日数に相当する。
その偉大なる5日間で何が変わったかというと…。パッと見、より子どもらしくなった(赤ちゃんぽくなくなった)。ずりばいのスピードが速くなった(新幹線効果?)。そして最後に、発する言葉(といえるものではないが)が変わった――これまでの「マンマン」が「メンメン」に。
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2007年08月04日
カニサレス
ブルーノートでフラメンコギタリストのカニサレスのライブを聞いてきた。彼のライブを見たのは初めて。話には聞いていたが、ステージに向かって歩いているときからオーラが違う。“超絶テクニック”と言われる演奏はものすごい迫力だった。ギターってあんな音が出せるんだ、と感心することしきり。
彼とは縁があり、3年前の僕の結婚式(@ロカ岬)後のパーティーで弾いてもらった。その前日にソファでビールを飲んでいる姿を見たのが最初の出会いだったが、そのときはプロのミュージシャンだと聞いて、「ギターめっちゃうまいらしいですね」なんて気安く話したっけ。ものすごく気さくだったので、そのとき以来“カニちゃん”と呼ばせてもらっている。
ちゃんとしたライブの会場で彼を見て、演奏の前からプロの風格を感じた。音楽について語るボキャブラリーをほとんど持っていないので、「すげえや」という言葉ぐらいしか出ないけど、感覚で感じられる名演奏をまた聴きたいと思った。
アンコール後に退場するときに、「カニちゃん、muy bien」と声をかけたときの顔は、ソファでビールをのんでいるときのカニちゃんだった。その後楽しそうにサイン会に応じていた。またその30分後、第2部で迫力ある演奏をしたのだと思う。すげえや、カニちゃん。
カニサレス、最新のCD!
『アルベニス:組曲「イベリア」 』
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2007年06月02日
お食い初め
慧が生まれて103日。
広島からひいばあちゃん、ばあちゃん、大阪のおばちゃん、秦野のじいちゃん、ばあちゃんが来てくれ、お食い初めのお祝いをした。
とはいえ、まだまだ本当に食べられる段階には至っておらず、箸をお宮参りのときに神社で拾った石につけ、それを口につけるなど儀式的なことをするのみ。そして、大人たちは慧のためにつくった料理を美味しくいただくのだ。

さくらんぼをくわえてみました。乳首と間違えて、とにかく吸おうとしていた…。


「おしながき」なども作ってみました。朝書いたものに、平目のカルパッチョと殻付きエビの煎り焼きも加わり、至福のひとときを過ごしました。
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2007年05月19日
慧、3カ月
慧の首が少しずつ強くなってきた。トレーニングの甲斐あって、うつぶせにすると喜び勇んで首を持ち上げる。
首が据わったらまた面白くなるだろうなー。あと少し、頑張れ!
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2007年05月05日
初節句
子どもの日。慧の初節句だ。天気予報を覆して、一日中いい天気。さすがだね!
秦野から爺婆がタケノコを持ってきてくれ、タケノコづくしを堪能した。慧はまだ直接は食べられないので、間接的に…。
新聞紙や手ぬぐいで、兜を折ってみた。新聞に折り方が載っていたので、昔を思い出しながら折った。来年はきっと何も見ずに折れるだろう。
なかなか似合うじゃないか。

うちの戦国武将もおちゃめにバージョンアップ。

初節句のお祝いに、慧に毛筆で書いた僕の初めての作品をプレゼントした。かなり大きな作品。「思うところあって書を始めた」というのは、実はこのことでした。
4回にわたって指導を受けたのだが、甲骨文字などの象形文字を書いて字の成り立ちを学んだり、右手だけでなく左手でも描いたり、書「道」をやらされていたときには考えられないやり方で、師匠に導いてもらった。「書は心の舞である」との言葉をもらい、気持ちを込めると「うまく書こう」と思っていても描けない線が出てくる。不思議な体験だった。
最終回の昨日、そろそろ本番やりますかという感じになったとき「じゃあ、外に行きましょう」と言われ、公園へ出た。青空の下でエネルギーをもらって書くのだと。小さいわりに人の多い公園だったので、かなり緊張したが、状況を楽しむことができた。近くまで見に来る人がいれば、一席ぶってから描いてやろうかとも思ったのだが、ミンナ遠巻きに見るもんだから、却って緊張が高まった。
別に書の大家ではないどころか、素人に毛も生えてないぐらいである。でも、あんなオープンな場所で描く機会を頂き、有り難かった。描きたい気持ちがあるから、その気持ちに従えばいいのだと思わせてくれたのが師匠だ。空から引っ張られるような気分の高まりがあり、鳥肌が立った。それほど、気持ちがよかった。
作品は、慧がものごころついて、この作品を見て、僕にこれができた経緯を聞いてくるまでうちの壁にはっておくことにする。慧の身長が、作品と同じぐらいになる頃までかな。
mikiblog: 端午の節句
投稿者 beemanet : 22:57
2007年05月01日
株主募集2
株主募集のエントリーで、(わざとの部分もあるが)あいまいに書いたので、分かりにくくてすみません。連絡をくれた方に分かりやすく説明していきます。
それから、立ち上げる会社の資本構成について全く触れていなかったため、誤解を与えたかもしれないです。専門家の友人からいろいろ指摘を受けたので補足しておきます。
今回の事業立ち上げ資金は大部分が自己資金の予定です。“花見的”と書いたので、“割り勘”で事業を起こすと思われた方もいるかもしれないですが、そうではないです。その上で、自己資金以外のお金を募集した理由は、事業に社会貢献的要素があり、僕が考えた理想に賛同して参加してほしいと考えたからです。
オーナーシップのことなどについて少し甘い認識があり、すでに考え直したところもありますが、夏の立ち上げまでにみなさんにご意見を聞きながらいいスタートが切れればと思っています。
投稿者 beemanet : 18:28 | コメント (1)
2007年04月24日
株主募集
自分で事業を立ち上げると公言した2月以降、多くの人から事業内容について聞かれながら、明言を避けていました。4月になってから諸機関や支援団体、友人などに少しずつ打ち明けています。
IT系? ジャーナリスト系? コンサル?などと僕の事業を予想してくれる人もいましたが、そういうくくりではありません。そういう言い方で説明がつくのであれば聞かれたら答えたでしょう。しかし、僕がやろうとしていることには一般的な業種では言い表せない気がします。だから、自分のすべきことを何度も何度も図に書きました。最近になってようやく、理解してもらうために必要なことがA4一枚にまとまりました。それを描くために最初に鉛筆を持ってから、約5カ月が経っています。
ある人から「どういう事業をするの」と問われ、「(毎年恒例の)花見のようなものをイメージしてくれればいいですよ」と答えたときがありました。実はこれは冗談ではなく、大真面目な話です。
僕は同世代の起業家(このリンク先の7社のうち、知り合いが3人もいることは刺激になる!)のように、時代の流れを先取りしてニーズを汲み取ってビジネスを始めるような敏感さは持ち合わせていないと思います。2000年に富士通を辞めたとき、そういう面々の一員になりたいという気持ちが少なからずあって会社を飛び出したのですが、実力と気持ちが追いつかず、起業は自分の道ではないと思ったこともありました。でも、子どももでき“落ち着くべき年頃”という声が聞こえてきたこの時期に起業することを確定したのは、いままでしてきたことが蓄積し、大いなる自信になったからです。時代の流れを読むのはヘタかもしれませんが、誰も言い出さないことや思いつかないことをカタチにしたり、常識や理想論ということで片付けられてしまうことを追求し続けられるしつこさが僕にはあります。流れに乗るのは1つの手ですが、流れを作るというやり方が自分には向いているのではないかと思います。
20歳の頃から干支でひと回り。いろいろ思い悩みながらも好き勝手なことをしてきましたが、その中で得たアイデアをこれから事業化していきます。そして、自分はもっともっと面白いことをし、周りの人にも楽しんでもらいたいと考えています。
こんな“花見”的な僕の次の一手に興味のある人はいませんか? 僕の事業に株主として参加しれくれる方を募集します。一口10万円からと考えています。小さな額ではありませんが、お金を貸してほしいというわけではなく、投資をしてほしい。連絡を下されば、事業内容を説明しに行きます。5月から約2カ月の間、公的機関の起業支援コースで事業計画を専門家に見てもらうことに決まったので、会社設立は7月末または8月初旬の予定です。(いないと思うが)僕を知らない人からの投資は受けません。
これからエキサイティングな日々が始まります。ぜひ僕の計画を聞いて、応援してください。よろしくお願いします。
こちらもお読みください。
投稿者 beemanet : 23:36 | コメント (9)
2007年04月19日
2カ月
慧が今日で2カ月。すくすくと育っている。
毎日うつぶせトレーニングして、首が強くなってきた。体重もどんどん増えている。1日に1回、地球が割れそうなほどの声で泣く。しかし、最も特徴的なのは、眼力じゃないかと思う。
最初に会ったとき「大きく見開いた目が印象的だった」から慧と名づけたのだが、彼の眼力はなかなかスゴイ。ほとんどの写真がカメラ目線なのだ。
今日は携帯でビデオを撮ってみた。「2-month-old baby boxercise」です。(音つき)
↑
ここを押せば再生されます。
投稿者 beemanet : 21:22 | コメント (1)
2007年04月16日
成長のスピード
子育てを作業という観点から見ると、毎日同じことの繰り返しだ。まもなく誕生から2カ月が経つが、その間ほとんど同じことを続けている。
一方で、子どもはいろいろな反応をしている。毎日違うものを出してくる。手足の動きにバリエーションが出てくるし、発声の仕方もどんどん変わる。この前は泣き声が「R」の発音だった日があったし(つまり、うれぇぇぇぇぇーんという感じで泣いた)、今日は口から偶然「ぷ」の音が出て、自分で驚いていた。そんなわけで、毎日の作業に親は飽きることがないのである。
他の子の世話をしたことはないので、慧の成長がどんなスピードかは分からないが、子育て経験者の話を聞いていると、現在のところ少し大きめのようだ。昨日兄夫婦がハイローチェアを持ってきてくれたのだが、玄関入ったときに遠くから見て「小っちゃいねぇ」と言いながら近づいて来たのだが、抱えた途端「大きいねぇ」といいかえていた。
現在、約5600g。出生時の体重が3172gだからそれなりに大きくなっているのだが、同じサイズ服を着ているし、毎日見ているので、変化に気づきにくい。朝起きると、ひと回り大きくなっているような気がすることはよくあるが、「まさかそんなにねぇ」と結論づけるものだし。
いろいろ頂いた服などを整理していて、サイズ60(cm)の服が未使用なことに気づいた。ちょっと早いけど、着られなくなる前に出しておこうと思って着せると、なんとちょうどいいサイズだった。身長55cmといったところだから、やはり少し太いのか。

だぶだぶの服を着せるといかにも乳児なのだが、写真のような格好をさせると、一気に“子ども”になったように見える。どんどん育ってるんだなー。そういえば、キミは、随分小さかったと今更思い出したよ。
投稿者 beemanet : 23:36
2007年04月13日
強風につき、室内鯉のぼり
朝6時台に鯉のぼりを掲揚。
今日は風が強めで、鯉がいい感じにたなびくと期待したのだが…。
出かけている途中、連絡が入り「鯉のぼりのポールが倒れた」と。鯉がどこかへ飛んでいってしまっては困るので、早々に片付けてもらった。

で、帰ってきたらこんなことして遊んでいた。飾れなくても楽しい鯉のぼりだ。尤も、楽しんでいるのは親だけでで、慧はよく分からないどころか、眠くて不機嫌そうであるが(^へ^)。
投稿者 beemanet : 22:33 | コメント (2)
2007年04月12日
五月人形と鯉のぼり
広島のじぃとばぁから頂いた「端午の節句」セットが届いたので、朝から組み立てをした。慧はまだよくわかっていないようだが、五月人形と鯉のぼりが完成すると、父は非常に感激した。いいねぇ、こういうのは。ありがとうございました!
段ボールを開けたり、組み立てたりで約2時間。こういう作業はウキウキするなぁ! マンション暮らしなのであまりスペースがないのだが、一角を無理矢理空けて鎧兜を置くと、サマになった。

夕方になると風が出てきて、鯉のぼりも元気に泳いでいた。明日から5月5日まで、朝起きたら鯉のぼりを掲揚する毎日だ。

投稿者 beemanet : 23:59
2007年03月26日
慧、上京!
ついに慧を、広島から東京に連れて帰ってきました。

新幹線ではずっと熟睡。一度授乳の際に起こしたが、またすぐに眠ってしまった。
品川に着く寸前に、大泣きを始めた。降りる人が荷物を持ってデッキに出るため、デッキと客室の間のドアは開きっぱなし。というわけで、母:美紀が迷惑をかけぬよう車両の端っこに行ったものの、2両分の人たちが慧の泣き声を聞いたのだった。自己主張強いな!
品川からタクシーで自宅へ。ここでもまた熟睡していた。タクシーは楽そうな気がするが、実際道が混んでいたりして却って疲れる気がする。なんやかんやで1時間もかかってしまった。
自宅には僕の両親が待機をしていてくれた。爺得意の鯛料理(タイ料理ではない)や赤飯で、慧の上京を祝った。しかし、慧は東京の初日、これまでと違う天井を見て大泣きしていた。マンションのほかの住人にも自己主張(笑)。
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2007年03月23日
お宮参り
慧のお宮参りのため、広島・府中町の多家(埃宮)神社へ。よく晴れた気持ちのいい日だった。

お宮参りは生後32日前後に行くものらしい。だいたい1カ月後と思って、自分たちの都合を考慮して適当に日にちを選んだのだが、ジャスト32日目だった。しかも快晴。よかったね~。
他の多くの日本人と同じく、僕には神社に行く習慣はなかったのだが、子どもがいるとこういうイベントを通じて、古くからの慣わしを知ることになる。今後、子どもと楽しむために、正月もクリスマスもイードもノールーズもソンクランも便乗して祝うだろうと思う。でもその中で日本の行事だけは確実に押さえておきたい。子どもと一緒に楽しむことを通じて、地域や両親との関係を強化できるから。
多家神社での神事は神主が最初から最後まで1人で行ってくれた。まず最初に大きな太鼓をたたき、お祓いをしたり雅楽をi-podかなんかでかけたり…。そして1人の父親として、実体験に基づいた子育ての教訓を話してくれた。「子どもが扇風機を足で消したら…親の姿を見てますよ」など。一連の式典を慧は黙って聞いていた。静寂の中に、太鼓や金属がジャラジャラいう音が鳴り響いても、ずっと深く眠り続けていた…大物になりそうな予感。
投稿者 beemanet : 23:59
2007年02月28日
子どもの視点
僕の両親が4番目の孫:慧に会うため、広島に来た。
赤飯や鯛のほか、“ハチの人”が送ってくれた鹿児島焼酎「丹田」などで、慧の誕生を祝った。本人はすやすや寝ていた。

一瞬、みんなが出かけているタイミングがあり、慧が揺り籠で寝ている横で、炬燵の傍で親父と黙ってそれぞれ本を読んでいた。32年ほど前、同じような光景があったのだろうかと思うと不思議だ。
子どもの視点に立つと、一世代(30年)飛ばしてものごとを考える必要に迫られる。僕が父で、親父が爺。なんとも不思議な感覚だ。僕が“爺”になるとき、慧は何を思うのか。“爺”を目の前に、人事のようにそれを考えた。
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2007年02月27日
初めての…
驚異的な回復力により、1日早く退院した。
病院ではいろいろ指導&ヘルプしてくれるので、とくに父親は楽。会いに行くのがすべてといった感じだった。しかし、連れて帰った今日から約20年(?)は、すべてを2人で世話をする。
初めて慧を沐浴させた。両親学級で沐浴の練習をしたときは「沐浴っていうと、どうしてもガンジス河を思い出すんだよね」なんて言いながら余裕をかましていたが、実際やってみると大変。服を脱がせると大声で泣くし…。まぁ、初回にしてはよくできたかな。お湯につけると気持ちいいのか、すごく大人しくなる。
(というわけで、今日の沐浴中は全くガンジス河のことを思い出さなかった)

では、これから、初めての“川の字”してきます。おやすみ。
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2007年02月26日
抱き方
母:美紀は、「2人目ですか」などと、赤ちゃんの扱いに慣れない新米母親仲間から言われるらしい。抱き方が随分さまになってきており、慣れている人と思われるようだ。
父:恭も、いろいろなあやし方を覚えている。教科書通りの抱き方ではどうもしっくりこないのだが、慧の表情を見ながら、どうすればいいか自然に分かってきた気がする。

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2007年02月25日
命名: 慧(けい)
生まれたばかり、初めて対面したとき、
大きく見開いた目が印象的だった。
情報が氾濫する時代、些細な物事に心を奪われず、
その目で真理を見極めてほしい。
本質を見通せる立派な男になれ。

“真理を見通す心のはたらき”という意味を持つ慧を、美紀と恭の間に生まれた新しい命の名前に選んだ。
2人の最初の子として男子が生まれたら、父:恭の名に含まれる「心」を含んだ漢字を選びたいと思っていた。「慧」という字は、名前の検討を始めた最初のころに候補に挙がった字だった。常用漢字、人名漢字のリストを何度も見て、その度に漢字の少なさに驚き、中国の昔の偉人は意味などから漢字を作ったというエピソードを羨んだりした。最初のころに出会った「慧」という字は、ずっと心に残っていた。
生まれてすぐに、慣れない手つきで赤子を抱き上げたとき、しっかりとしたまなざしで父を見つめる子の姿があった。「慧」を直感的に候補とし気にかけていたことが、正しかったと確信した。

妊娠が分かってしばらくした頃から、この子のことを「くるみ」と呼んでいた。「お腹の子」という呼びかけ方をずっと続けるのもおかしいね、という話しをした頃に、エコーで見たときの大きさが胡桃ぐらいの大きさだったこと、そして母:美紀が胡桃が好物で、愛着がわく名前であることからこう呼び始めたのだ。いつの間にかすっかり自然に「くるみ」と呼びかけるようになった。
「くるみ」がこの世に生を受けたその日から、「慧、ケイ、けい」と呼び始めた。最初はその名をかみしめるように、そして7日目の今日には、この名がすっかり定着している。
「慧」という字は、以上のような理由で選んだのだが、名づけた後で面白いことに気づいた。
その漢字の中に、母:美紀の名が存在していた。

投稿者 beemanet : 20:00 | コメント (8)
お七夜
朝から墨をすって、十何年ぶりに書道の真似事をした。
子どもが生まれてから7日目なので、名前を筆で書いてみようと思ったため。友人ボブが強く「筆で書け」と勧めてきたので、いっちょやってやろうかと。

筆で字を書くのは難しい。ただでさえキーボードをたたいてばかりいて、ボールペンで書く字も崩壊しつつあるので、なおさらであった。しかし、綺麗に書きたいという願望は強い。先日、薬剤師の友人宅で、元厚労相の方の毛筆によるひどい署名を見て、悪筆は恥ずかしいと強く思った。これを機に練習するか…それとも子どもが少し大きくなったら一緒に学ぶか…。
半紙に書いたこの作品は3日間の期間限定版(だからぼかして撮った)。月末、僕の両親が初めて子どもに会いに来てお祝いしてくれるのだが、そのときに母(婆ちゃんになるのか)が色紙に書いて持ってきてくれる。
投稿者 beemanet : 19:59 | コメント (2)
2007年02月24日
今日もいい笑顔
我が子は午後3時から4時ぐらいまでは、いつもパッチリ目が覚めている。昨日は大人しく両親を見つめていたが、今日は朝から母乳飲みまくりの末、この時間大騒ぎだった。
まず、よく泣いた。そして、オムツ替えをしようとしたら、開放感に誘われておしっこを…。自らの肌着をたっぷり濡らした。
昨日から本当によく笑う。意識してるかどうかは別として、やっぱり嬉しい。

さて、今日で丸一週間病院に通ったことになる。平日は母子と看護婦以外はほとんどいないので、「旦那さんは赤ちゃんにベタ惚れですね」ということになっているらしい。母:美紀が個室に滞在していることもあり、僕自身も非常に居心地がいい。
今日は子どもと添い寝をしてみた。新生児の小ささが、この写真で良く分かるでしょう?

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2007年02月23日
百面相
新生児は1日の2/3を眠って過ごすという。
寝ている間も含めて、いろいろな表情をする。昨日ほとんど一緒にいなかったこともあってか、今日は激写しまくった。100枚も写真を撮ってしまったよ…。

ものの本によると、赤ちゃんは“意味のない微笑み”をするという。楽しくて、というわけではなく、寝ている間に笑顔と同じ表情になったりするということらしい。
“意味のない”と名づけたのは誰だろう。理由がどうであれ、いや、理由などなくても、微笑を浮かべる子どもの顔は親にとって嬉しい。僕の顔を見つめた後に、浮かべた笑顔に、意味がないことなんてあるだろうか。
幸せな気分のまま、今夜は高校時代からの友人と久しぶりに酒を飲んだ。子どもの名前、ぽろっと言ってしまうつもりだったんだけど、「まだ発表しないんだっけ、早く言っちゃえよ」みたいなことを言われ、もう少し黙っていようかなと思った。
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2007年02月22日
母子の絆
朝と夜だけ、子どもの顔を見に行った。
授乳など、苦労は絶えない。父親としては、残念ながらできないことも多いが、泣いているときに「よしよし」と抱いて、寝かしつけられただけでも嬉しい。
母:美紀の体調もかなり回復してきたので、父:恭は母子をおいて、神辺(福山の先)に出かけた。美紀は高校時代から、僕も2001年の花見で知り合ってからの親友であるコヤクミの実家を訪れるため。ポーランドからコヤジも帰ってきている。彼女もまもなく出産を控えている。無事に元気な子が生まれますように!
神辺は思っていたよりだいぶ遠かった。新幹線では24分だが、バスなら2時間、電車でも100分ほどかかるのだ。「同じ県だし…」と、特に深く考えずに行くことを決め、出発してから遠さを認識した。

夜6時半過ぎに戻ると、子と格闘して美紀はやや疲れた様子。でも、新しい経験をいろいろし、母子の絆もどんどんできているみたい。写真は、母の指を握る子どもの手。お父さんもよろしくねぇ~(^へ^)/
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2007年02月21日
思い出の布を使ったおくるみに包まれ…
泣くときは思いっきり。

今日は朝から長い時間を子どもと一緒に過ごすことができ、喜びを感じながらも、何度かオロオロしてしまった。何をどうしていいか、分からないことが多い。
昨日は控えめに泣いていることが多く、なかなか声を出さないなと思っていたら、今日は顔を真っ赤に染めて、大きな声で泣いた! 将来、人前で大きな声を出すこともあるだろうし、その調子で行けよぉ。

もちろん、母:美紀も元気。渋沢の両親が送ってくれた花束に喜んで、写真を撮った。子どもはすやすや寝ていた。今日から、美紀特製のおくるみにくるまれて幸せそう。
インド製の布を使ったおくるみにくるまれ、同じ病院にいる赤ちゃんたちの中で異彩を放っている(と両親は思い込んでいる)。この柄に見覚えのある人いますか? 長野・立科で行った結婚披露パーティーのときに、内装に使ったものです。
みなさま、メールや電話、書き込みなどどうもありがとう! 名前についての質問が多いですが、もったいぶっているわけで(笑)、お七夜の25日に発表します。すでにほぼ決まっており、その名前で呼んでるのですが…。
投稿者 beemanet : 23:24 | コメント (5)
2007年02月20日
でこぽん兄弟
いやぁ、よく寝ている。

父、母どちらに似ているかはいろいろ意見があるし、顔立ちはこれからできていくのだろう。ただ、父母の共通点であるデコの広さはしっかり受け継いでいるようだ。それを記念して撮った一枚。デコポン兄弟。
投稿者 beemanet : 23:34 | コメント (4)
2007年02月19日
長男誕生!
2007年2月19日(月) 午後8時ちょうど…

待望の長男誕生。今日から3人での日々が始まる。この湧き上がる喜びは、言葉では表現し難い。昨年6月から、この日が来ることを分かってはいたが、その瞬間から感じるものは想像をはるかに凌ぐものすごいものだった。心が熱く燃えた!
