六本木ヒルズでニアミス
今日、読売新聞の取材を受けていて記者の方と話をしていたとき、面白い縁を見つけた。
ライブドア事件の最中、六本木ヒルズでニアミスしていたのだった。「社内の様子を報じたんですよ~」というと驚いていた。ライブドア・ニュースは視点が面白かったですねぇと言われたのは嬉しい。好き勝手に書いていただけではあるが。
思えば、あの混乱からは2年、ライブドア・ニュースの閉鎖が決まってからはちょうど1年が過ぎた。一部連絡が取れていない人がいます。どうしてますか?
旅人と平和を創る社長の日記
2008年1月30日
今日、読売新聞の取材を受けていて記者の方と話をしていたとき、面白い縁を見つけた。
ライブドア事件の最中、六本木ヒルズでニアミスしていたのだった。「社内の様子を報じたんですよ~」というと驚いていた。ライブドア・ニュースは視点が面白かったですねぇと言われたのは嬉しい。好き勝手に書いていただけではあるが。
思えば、あの混乱からは2年、ライブドア・ニュースの閉鎖が決まってからはちょうど1年が過ぎた。一部連絡が取れていない人がいます。どうしてますか?
2007年11月15日
友人のみなさま
paxi house tokyo(パクチーハウス東京)が、11月20日についにオープンします。
これを記念して17-18日の2日間、オープニングレセプションを行います。両日とも午後3時から8時まで、パクチーハウスを開けて待っています。少しの料理と飲み物以外は用意できませんが、パクチーハウスの雰囲気を知っていただけると思います。ぜひご参集ください。
なお、当日会場で年末までの予約をしていただいた方には、もれなくパクチーハウス東京特製飾り皿をプレゼント致します。
2007年8月24日
2007年6月22日
友人と飲む約束をして、その友人がヨガをしている人を紹介してくれることになっていた。ちょうど夏至で「キャンドルナイト・ヨガ」をやっているというので、それに参加することになった。
会場に行けば“一緒に飲む人”が勢ぞろいしているかと思いきや…。友人は遅刻して参加できず。ヨガの人は翌日に急な取材が入り、来れなくなったという。結局、なぜか1人でその「キャンドルナイト・ヨガ」に参加したのだった。ヨガをするのは久しぶりだ。直前に久しぶりの友人と酒を飲んだ後だったということもあり(本当はあまりよくないらしいが)、気持ちよく身体を動かせた。2時間弱があっという間に過ぎた。よっぽど集中していたのか、それとも寝ていたのか!?
ヨガが終わると友人が来ており、ヨガ・インストラクターの卵の人を加え、飲み始めた。周辺の居酒屋が混みまくっていたのもあって、飲み始めたのは11時近くだった。身体にいいことしてるのか、悪いことしてるのか…。
ヨガに参加しているのは女性ばかりだった。オトコひとりだったので、最初少しひいた。このヨガ教室はだいたい2割ぐらい男がいるそうだが、夏至のこの日は僕だけだった。昔、「ライブドア・トレンド」で“男は黙ってヨーガ”という動画CMみたいのに出演したが、その影響力はかなり低かったようだ。男がまだまだ全然ヨガをしていない。
(そのCMタイトルが“ヨーガ”なのは、スポンサーの都合。ヨガとヨーガどっちがいいのかは知らないが、ヨーガだと地名を想起してしまう)

2007年4月 3日
2007年3月16日
堀江元社長の判決を聞きに東京地裁へ行った。しかし、抽選に外れた。63席に1679人が殺到。膨張希望者が多いのだから、どこかのホールでやるとか、中継するとかすべきと思う。裁判は公開されているのだ。普通のイベント企画者なら、客数を読んで会場を選ぶだろう。
と書きながら、どのぐらいの数の人がマスコミに雇われた抽選要員なんだろうとも思う。抽選終了後、東京地裁に近いアチコチで、列を作った集団を見た。外れても3000円程度のバイト代をもらえるようだ。当たったら1万円ぐらい出るのかな?
裁判の傍聴はできなかったが、同期のTくんやYさんに、1カ月半ぶりに会って話せたのは嬉しかった。それぞれまぁ、適当に新しい活動を始めている。その後、忙しそうなこの2人と別れ、ほかの3人と飯野ビルの喫茶店で数十分語った。
堀江元社長は2年6カ月の実刑だった。執行猶予なしとは厳しすぎるのでは、というのが率直な感想。否認して心証が悪いから執行猶予がつかないのだとしたら、恐ろしいことだ。他の元幹部の判決はどうなるのだろうか。逮捕後は仲違いしているが、もともと友達感覚でやっていたのだから、仲間として同様の判決を出すはずだ(どの程度親しかったとかは知らないが、サークル的ノリで経営が行われたのだと思うので=確証なし)。さて。
その後、渋谷で用事を2件すませ、話題の映画『それでもボクはやってない』を観に行った。取調べの状況って、ホントにあんななのだろうか。最近、いろいろな人がそうらしいと証言している。取調べの可視化は必要だなと思う。人目があれば、悪いことはしにくいだろう。今やってるかどうかは別として。
夜は、妻方の親戚の方と南インド料理屋「ダバ インディア」へ。南インド料理ってのは、非常にまろやかで食べやすい。美味しかった。ドーサが極小なのはガッカリ。「なんじゃこりゃ」というほど大きい、現地のドーサが懐かしい。
その方に、「バラナシに行きたいんだけど、その前に気分を高めたいから写真を撮ってきてくれ」と言われた(笑)。初めてインドに行ったときに、この地でガンジス河沿いにのべ10日ほど座っていたが、10枚ぐらいしか写真を撮っていないのだ。次にインドに行こうと思っているのは、慧が旅のことを覚えていられるぐらい大きくなっているであろう5年後。その前に呼ばれれば、行きますがね…。
2007年3月 6日
今日はリストラ社員対象のハローワーク説明会が会社であるという話があり、どうでもいいと思っていかないつもりだったが、「みんなと会えるんだから来なよ~」という人の強い勧めで、約1カ月ぶりに会社に行った。
驚くべきことに、その人は来てなかった…。二日酔いだって…。酔った勢いで、僕に「来い」と言ったのだからさぁ。でもそういうところいいよね。釈明コメントでもして(笑)
説明会はものすご~くつまらなかった。紙に書いてあることを、入れ替わり立ちかわり、読むだけで1時間20分。厚生労働省などの高給取りがそこまでしてくれなくても…。途中で質問を受け付けない徹底振り。彼らの仕事の仕方にはかなり問題あるね。僕らの税金をもとにしているのだから。
ハローワークのほかに、(財)産業雇用安定センターというところから2人が来ていて、「求人情報の窓口を広げる」(同センター)ための案内をしてくれた。話を聞いた限り、存在意義が全く分からない団体だ。失業者に対して何をしてくれるかも不明確だったので、ハローワークや民間の人材紹介会社との違いや、センターの存在意義について質問したのだが、明確な答えはなし。申し込む人いるんだろうか?
今年の1月末現在で、3万9512件の求人情報があるそうな。聞いてみると、毎年1万人もがこのセンターを通して職を得ているとか。本当だったらすごいねぇ。ものすごい効率のよい組織だ。すごすぎる。本当に。すごい。設立20年だから、単純計算で20万人がこの財団のお陰で職を得ているのだ。わけの分からない天下り法人が多い中、すごい組織ですねぇ(笑)。
ちなみに、このセンターは「在職中の人」だけが対象。今日説明を受けた人は、今月末までに申し込まなくては、サービスを受けることはできない。冒頭で担当者が「私どものことは知らないでしょう。全然知名度ありませんからねぇ」と自ら認めるぐらいな組織なのだが、こういう事態にひょっこりやってきて、1万人もの職を決めるというのはあり得ないぐらいすごい。47都道府県全部に事務所あるらしいし。すごいなー。
2007年3月 2日
2月は3週間も広島に滞在し、大変貴重な時間を過ごせた。長男誕生も予定日より8日遅れたが、幸運な状況下にあったため、生まれてすぐに出会うこともできたし、しばらく濃密な時を過ごすこともできた。
3月になり、東京に戻った。いよいよこれから本格的なスタート。いろいろ予定をこなそうと思ったら、今日は6カ所も行くことになった。失業者は多忙だ(笑)。会社に行かなければならないときは、平日の昼間には基本的に予定が入れられないけど、今はフルに時間を使える。行きたいところに行って、会いたい人には会うぞ~。慧を迎える前に、妻不在で荒れ果てた家の中を片付けなければいけないが…(汗)。
午後には厚生労働省の記者クラブにもぐりこんで、約1カ月ぶりに記者会見というものに出席した。なんと、同僚が記者会見を開くとの噂を耳にしたため。本件については僕はコメントは控えるが、すでに新聞などで報道されているので興味のある方はどうぞ。(中国新聞、毎日新聞、朝日新聞、レイバーネット日本、しんぶん赤旗)報道が正しいかどうかは分からない部分もあるが、事実として明らかなことを書いておくと、ライブドア・ニュースは「2004年12月にスタート、05年1月にニュース配信をスタート」(最初の記事)が正しいです。今後記事を書く方はご参考まで。もう誰も書かないかな?
なぜこれが“正しい”かというと、閉鎖が決まった後に広報からかかってきた電話をたまたま僕が取り、「いつ始まったんですか?」との質問に「終わりが決まったんだからいつでもいいじゃないですか」と答えたが、「決めてください」と要請され、僕を含めた初期メンバーが入社した「04年12月でいいんじゃないですか」と“決めた”からだ。編集長、勝手に判断させていただきましたことをここに告白します。
ライブドア・ニュースの中身について、メディアの人がほとんど何も知らないということに愕然としてしまった。ライブドアの冠がついていただためにアクセスはそれなりにあったが、存在感は示せていなかったのだなと関わっていた者として残念に思う。まぁ、このあたりのことはまた後日まとめようか。思わず会社ネタが長くなった。書き続けようと思えば本1冊ぐらいになるだろうが、ここで止めておこう。
その後会社に寄って諸手続きをしようと思っていたのだが、悪友(笑)らと会うことになり、日比谷でビールを飲んだ。この店7年ぶりだ。Lawyer Maruと初めて会った店だなぁ…と感慨にふける。その後、上場を控えた経営者の友人とひつじやで食事。充実した面白い飲みだったなぁ。
2007年2月 8日
連日、挨拶と飲み。日々こなすべき業務がなくなると、したいこと、会いたい人がどんどん出てきて、却って忙しくなることに気づいた。いろいろな人と話しをして、刺激を受けまくっている。
さて、7日に隣のリストラチームI君が企画した3チーム合同飲み会があり、そこで(あまり親しく仕事をしなかった人を含めて)大人数で最後の飲み会をした。そして翌8日、皆に声をかけてニュースセンター跡地(と呼ぶのは悔しいが!)に集まってもらった。
関連するメンバー・元メンバー全員に連絡したところ、一本締めをすることに、疑問を呈し、冷静さを欠いているという意見も頂いた。しかし、突然解散を宣告され、メンバーがそれぞれの思いを語ることなくバラバラになっている状況を思うと、とにかくなんらかの形でケジメをつける必要がある。僕のワガママではあるが、皆が幸先のいいスタートを切るために必要なプロセスだ。
メールでの遠隔参加3人を含め、一本締めの場にいたのは12人。僕が感想を述べた後、編集長に締めてもらった。六本木ヒルズの38階の乾いた空気に小さく響いた一拍。今後、このメンバーで仕事をすることはないだろうが、1万本に迫る数の記事をともに作った仲間との2年間は忘れない。ありがとう。
2007年2月 3日
ライブドア・ニュースセンター最後の食事会から飲み続け、徹夜した。
記者・デスクのコミュニケーションの場の1つとして月1で食事会の開催を始めてから10カ月。思わぬ形で、打ち止めとなった。「閉鎖」が決まった週の金曜日に、たまたまこの会が予定されており、さよならパーティーとなったものだ。
残念ながらここ数回、「全員参加」が果たせないでいたのは、チーム力の弱さを表していたのだなと感じる。1月末で今回の一件とは無関係に退職した記者がいて、その記者の送別会とするつもりだったが、「忙しい」という理由で不参加。閉鎖を受けてさらに2人が欠席を表明し、不参加率は過去最高になった。
最後だからきちんと顔を合わせ、これまでの振り返りと今後の野望について語り合いたいという思いが僕にはあった。しかし、突然の宣告や説明不足に対する不満もあるのだろう。全員でコミュニケーションを取る機会は、失われてしまった。個別にコンタクトを取ることにはなると思うが、不完全燃焼だ。
名残惜しさもあったのだろうか。来た人は全員2次会に行くという、これまでにない面白い結果となった。電車が終わっても飲み続け、僕は3人を引き連れて家に帰った。眠い目をこすりながら朝まで話し、その後泥のように眠った。
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